第3話 厄介事は村長宅から


薬屋の戸口から出て、少し離れた場所でニコルは大きく深呼吸した。


セラとアミスの優しさに触れ、一度は沈んだ気持ちが少し楽になった気がする。

とりあえず、今やれる事をやるだけだ。そう自分に言い聞かせ薬屋を離れた。



医者であるヤーデン先生には真っ先に挨拶に行ったので、残るは村長だけになる。


村の奥にある村長の屋敷に着いたのは、薬屋を出て暫く経ってからだ。

途中で会った村人に挨拶をしながらだったので、思いの外時間が掛かってしまった。


扉についているノッカーを鳴らし、来客だと告げる。

暫くすると重々しく扉が開き、中から召使いのノアが姿を現した。


ノアはニコルの顔をじっと見つめると。


「いらっしゃいませ、ニコル様。ハイデン様に御用ですか?」


抑揚のない声で言いながら、来客を屋敷に招き入れた。


「おはようノアさん。ハイデン村長に快気のご報告を、と思いまして」


「そうですか。ハイデン様は只今ご来客中です。伺って参りますので、暫くこちらでお待ちください」


ノアは一礼して屋敷の奥に消えていった。


この、大きな目をした年齢不詳の女召使いも、ニコルが村内で苦手にしてる一人だった。

表情を表に出さないので何を考えているのか分からない。


そして一番苦手なのが、話している時に視線を一切逸らさない事だ。

あの大きな目で見据えられると、心の内側を覗かれているような・・・・そんな気持ちになる。

実は失われた力を持つ魔女で、夜な夜な森で怪しげな呪文を唱えているとか、そんな噂もあるくらいなのだ。


「ニコル様」


「うわぁっ!」


いつの間にか隣にいたノアに声を掛けられ、ニコルは思わず飛び退いてしまった。


「お会いになるそうです。どうぞこちらへ」





通された居間には二人の男が座していた。

一人は確か、山師やましのステファン、その向かいに座っているのが村長のハイデンだ。

ハイデンは大きめのソファーに腰を下ろしているのだが、太っているため、座っているのか埋もれているのか分からない。


「おぉニコル殿。もう体調は良いのかな?」


恰幅かっぷくの良すぎるこの紳士は、話すと頬の肉がプルプルプルと揺れる。

だが、見た目の愛らしさとは正反対で、罪に厳しく人に優しいこの紳士は村人に好かれていた。


知り合ってから日の浅いニコルだったが、村長として振舞うハイデンの姿を何度も目にし、尊敬できる人物だと感じていた。


「お陰様で何とか動けるまでに回復しました。ここ数日、ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした」


「いやいや、なんの。病気の時はお互い様です・・・・焦りは禁物ですぞ、ニコル殿」


闊達かったつに笑うハイデン、愛想笑いをしながらニコルはここでもまた年長者に心情を見透かされている、と痛感していた。

早く一人前になりたい、そう強く思えば思うほど、焦れば焦るほど空回りする自分がいる。


ゴールドに注意された外套も、剣や鎧の整備に熱心になる余り備品の確認を忘れてしまったのだ。

そして、整備に熱心になる余り体調管理を疎かにしてしまった。


「はい・・・心に留めます」


しっかりしなければ。ニコルは心の中で反芻はんすうした。


来客中との事で、挨拶を済ませ帰ろうとするニコルをハイデンが引き留めた。

勧められるまま席に着く。


「実は今、ステファンから厄介な話を聞きましてな。思案していたところへ貴殿が訪ねて来られたのです」


「厄介な話?」


ハイデンに促され、ステファンが話し始める。


「北の山の坑道は知ってるよな?あの大昔に掘られたやつだ」


「はい、知ってます。何度か探索で通りましたから」


ステファンが身振り手振りを交え説明してくれた話によると、まだ世界に魔法が溢れてた頃に作られた坑道で、今では用いれない高い技術で作られているため、数百年経っても朽ちずに利用できているそうだ。


この世界にはそういった旧世代の遺物がまだまだ残っている。


パーティーが調査に行った白い遺跡もその中の一つだ。

ギルドに所属している冒険者には、時折そういった遺物の調査の仕事が回ってくる。

今回の調査は、先日起こった大地震により白い遺跡に崩落が見られた、との村人の証言があったため、近くに駐留しているニコルたちのパーティーが調査確認に向かうことにした、という訳だ。


ニコルは風邪で参加できなかったが。


「山をブチ抜いて作られてるんでな、山仕事をする俺らみたいな人間には便利で、良く使うんだわ」


そう言った所で、ステファンが身体を寄せ、小声で囁いてきた。


「でな・・・・あそこの奥には、うんめぇ茸が採れる場所があってな」


「はぁ・・・茸、ですか」


「そうなんですよ。私、その茸が大好物なんですよ!」


今までステファンに話を任せていたハイデンが食い気味で参加してきた。

その勢いに、よほどその茸が好きなんだろうな、とニコルは思う。


「で、坑道に行く用事がある場合は、ステファンにお願いして探してもらってるんです」


天を仰ぎながら、うっとりとした顔をするハイデン。

その表情から、どれだけ好物なのかが伺える。


「そんなに採れないもんでよ、場所とかは秘密なんだわ」


その後も、二人は茸についてあれやこれやと語り合っている。

料理法がどう、食感がどう、味がどう・・・と。

傍で聞いていたニコルは、あぁこれは話が逸脱してるなぁ、と感じていた。


「お話、逸れておりませんか?」


突然の第三者からの発言。


『うわぁぁっ!』


その声に、ハイデンを除く二人が声を上げ仰け反る。

見ると、トレイにお茶を載せたノアが一堂の横に立っていた。


「ノア、お客様が驚いておられるではないか」


「申し訳ございません、ハイデン様。お声掛けしたのですが御返事がなかったので」


テーブルに紅茶の支度をしながら、ノアはなにか問題が?という面持ちで答えている。

各々のカップに紅茶を注ぎ、恐怖の召使いは部屋を後にした。


腹が邪魔なのか、体勢を変えながらなんとか手を伸ばして掴んだカップに口をつけ、ハイデンは使用人の非礼を客人にわびた。


「お二人共申し訳ない、アレはいつもアアなのだよ」


ステファンは余程驚いたのだろう、手に持ったカップが小刻みに震えていた。


山師という仕事柄、暗い森やくだんの坑道等に入っているはずなのに、意外と怖がりなのかな?とニコルは思う。

そして、進行役は無理と判断し引き継ぐことにした。


これ以上茸の話を続けられては、日が暮れてしまう。


「それでハイデン村長、先程の厄介な話と言うのは?」


おぉ!と声を上げステファンの方を見るハイデン。

彼も今のステファンに話をさせるのは無理と判断したのか。


「それですが。ステファンが言うには、坑道の奥の通路に穴が空いているらしいのです」


「穴ですか?・・・もしかして、先日の地震で」


「えぇ。恐らくそうではないかと。白い遺跡でも崩落がありニールセン殿に調査をお願いしたばかりですしな」


ニコルは考えた、坑道は白い遺跡のように村道に面している訳でもなく、利用する人間は多くない。

だが、奥とはいえ穴が空いているのは見過ごせない。

万が一、誰かが落ちた場合は命に関わるかも知れない。


それに、坑道なら村から歩いて半日かからない。

確認をしに行くだけなら、自分1人でもできるのではないか。


「分かりました。もし宜しければ、私が調査確認に行って参ります」


姿勢を正し、自分を鼓舞するようにニコルは言った。

世話になっている村人達の役に立ちたい、風邪で不甲斐ない姿を見せてしまったパーティーのメンバーに誇れる報告をしたい、とういう願望がニコルにはあった。


少し思案した後、ハイデンはニコルの提案を受け入れる事にした。

引き留めた時点で、この厄介事の調査を若者に依頼するつもりではあったが、

いささか前のめりなところを心配もしていたのだ。


だが、この誠意ある若者自らの意思表示を年長者として見守る事にしよう、そうハイデンは考え、送り出す事に決めた。




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