第2話 苦い薬と苦い助言

窓から入るほのかな月明かりに照らされた室内。

ベッドに横たわりながら天井を見ていたニコルは、朧気おぼろげな意識の中で昨日の事を思い出していた。


メンバーが調査に行く前に様子を見に来てくれたのかと思うと嬉しかったが、

自分の不甲斐なさに腹が立っていた。

故郷の村を発つ時、立派な冒険者になると誓ったはずなのに。


「・・・情けないなぁ」


そう独りごちたニコルだったが、ふと、何か違和感を感じていた。


調査に行くと言ってきた、リーダーのニールセン

新米に忠告をしてくれた・・・ような、ゴールド

いつものようにゴールドをからかっていた、サニアとシルビア


記憶の糸を手繰っていたニコルだが、

脳裏に、黒髪を肩で短く揃えた猫目の女の顔が思い出された。


「あれ?・・・・そう言えば、ハシュさんが居なかったような」


そう思ったが、睡魔と倦怠感が記憶の旅に出ようとするニコルに襲いかかってきた。

抵抗できずに目を閉じたニコルだったが、額になぜか冷たくて優しい感触が残っている気がした。



  ◇



「おはようございます!」


パーティーが出立してから5日後、回復したニコルがバタバタと走り回る足音が村中に響いていた。

自分が寝込んでいる間、世話を掛けた村人に挨拶周りをしているのだ。


若者が少ないこの村では、ニコルたちパーティーの若いメンバーは子供や孫の様な扱いを受けていた。

色々と世話を焼いてくれる村人たちに、ニコルも故郷にいる家族を重ねている。


「おはようございます!セラさんいますか?」


薬屋の戸を開け、ニコルは店内を見回した。

入った途端に薬草特有の匂いがしたが、同じ商いをしている祖母の手伝いをしていたニコルには馴染み深かった。


奥から声がし、杖をついた老婆がゆっくりと姿を表した。


「おやおやニコル、風邪はもう良いのかい?」


ニコルを見て目を細めながら、老婆はいつもの椅子に腰を下ろそうとしている。


「はい、ありがとうございます。セラさんから頂いた煎じ薬、効きました」


介添かいぞえをしながら、ニコルはそう言って老婆を座らせた。


セラは確か、今年で86歳。

故郷にいる祖母は78だったはず、年齢こそ違うがつい面影を重ねてしまう。


ぼんやりとそんな事を考えていると。


「あ~~~~っ!なに起きてるの、ニコル!」


奥から出てきた少女が、ニコルを見るや大声で叫んだ。

薬草を籠いっぱいに抱えた少女は、籠を近くの台に置くとズンズンと詰め寄ってくる。


「あなた、先生は明日まで寝てるようにって仰ってたでしょ!」


そう迫ってくる少女の勢いに、ニコルは鼻白む。


「大丈夫だよ、アミス。ほんと、もう体調も良いんだ」


ニコルは、この少し年下の少女が苦手だった。

いや、苦手というより、なんというかやり辛い。

会う度、いつも先手を取られ、いつまでも取られっぱなしなのだ。


今まで同世代の娘との関わりが少なかったせいか、気後れせずに近づいてくるアミスに対して、どう対応すれば良いのか分からない自分が居た。


手振りで落ち着かせようとしたが、分が悪いのは変わらない。


「ほらほら、アミス。ニコルは病み上がりなんだから、そのくらいにしておやりなさい」


セラの出してくれた助け舟に、ニコルは胸を撫で下ろした。

さすがのアミスも祖母に逆らってまで問い詰める気はないらしく、もうっ!との一言を発しニコルから離れていった。


「でもね、ニコル。冒険者は身体が大事よ。決して無理をしてはダメ」


「・・・すいません」


セラにそう言われると心が沈んだ。

心配をかけまいと振る舞っていた相手に、それを見透かされたような気がして恥ずかしい気持ちになる。


「まったく。お婆ちゃんはニコルに甘いんだから」


そう言いながら、アミスは先程から店の中を小走りで回り、薬の入った麻袋と小瓶を紙の袋に詰め込んでいた。


返す言葉もなく、それを眺めていたニコルの前に。


「はいっ」


その紙袋が突き出された。


「今までの煎じ薬の他に滋養強壮剤も入ってるわ。どうせ健康管理の相談をするために来たんでしょ」


「良く、分かったね」


唖然とするニコル。


「あなたみたいなひよっ子冒険者の考えるような事、手に取るように分かるわよ・・でも」


アミスは俯いて憮然としながらも。


「メンバーに迷惑かけないように・・って気持ち。その・・・良いと思う」


二人のやり取りを老婆は優しく見守っていた。


アミスには3歳離れた兄がいる。

2年前に冒険者として旅立って行った兄と、ニコルを重ねているのだろう。


兄の旅立ちを見送った後、甘えん坊だったアミスは自ら率先して何事も行動するようになった。

まるで兄に心配掛けないように毅然と振る舞っているようだったが、老婆には寂しさを打ち消すために無理をする孫娘の姿が時に痛々しく思えた。


そんな折、新たにギルドから派遣されたパーティーに兄と歳の近い冒険者が居たのだ。

異性としてではなく、兄にしたくても出来なかった事をし、見てもらいたかった自分の成長を披露しているのだろう、そんな気がしていた。


「分かった?煎じ薬は今まで通り朝夕、小瓶はそれぞれ一滴ずつを毎食摂るのよ」


「そんなに?毎回?」


「当たり前でしょう、それと訓練も毎日続けなさいよ。薬なんて補助の一環でしか無いわ。真に必要なのは訓練と、その後にきちんと休息を取る事よ!」


厳しさはニールセン以上だな、ニコルは長身体躯のリーダーを思い出していた。


「聞いてるの!?ニコル!」


「はいっ!聞いてます!」


「だったらさっさと用を済ませて、今日は宿屋で休息なさい!」


「わかりましたっ!」


直立後、アミスに一礼するニコル。

振り向き様にセラにウインクをし、優しさ溢れる薬屋を後にした。

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