第2話
「ねえ、美冬ちゃんってさ、秋人くんと仲いいよね」
「え?」
私の記憶は、遠く中学生の頃に遡っていた。
四方を山に囲まれた、この陸奥の町に唯一存在する中学校は広い校区から子供たちがかき集められ、それなりの人数が在籍していた。
ある日の昼休み、クラスメイトの女子数人に「ちょっと話があるんだけど」なんて呼び出されたときは、すわイジメの始まりかとびくびくしたが、聞いてみればなんのことはない。私の幼馴染に告白したいから事前に私に釘を刺しておきたかっただけのようだ。
とにかく不用意な言葉を使ってはいけない。自分に舌禍のきらいがあることは小学生の頃には分かっていたので、私は慎重に対応した。
仲がいいのは親同士であって、ほとんど姉弟みたいなものだ、自分にその気はないしもちろん邪魔はしないけど、残念ながら彼の好みとかは知らないから積極的に協力はできかねる、そんなようなことをつっかえつっかえ説明すると、メインの一人はほっとしたような顔、残りの数人は特になんの感慨もいだかない無表情で私を解放してくれた。
「良かったぁ。美冬ちゃんと勝負したら、私負けちゃうもん」
これでお前もコッチ側な、と言わんばかりに態度を軟化させた女子たちに囲まれて、教室に戻る。
はいはい。社交辞令のターンね。分かってますとも。
「そんなことないよ。私なんか、根暗だし」
「ええ~?」
「美冬ちゃん、大人っぽくてキレイだよ」
いやお前ら、陰で私のことキモオタとかブサイクとか言ってるの知ってるからな?
晴れて無罪放免となった私は、残りの昼休みを閑散とした図書室で過ごした。
ギャリコの『雪のひとひら』のページをめくりながら、ぼんやりと窓の外に耳を傾ければ、遠くからぽろぽろとギターの音が零れて聞こえてくる。
窓ガラスに遮られて歪に欠けた旋律は、それでもその音の主を確かに私に教えてくれた。
揺れるように、転がるように。
跳ねるように、落ちるように。
音の粒が弾けて、その振動がほんの僅かな熱を持つように。
――秋人、また屋上使って弾いてるんだ。
彼の両親は音楽家だ。
父親はジャズピアニストで、母親はチェリスト。
子供のころから彼の家にはミュージックが溢れていて、自然と彼の血肉にもそれが溶け込んでいた。
残念ながら私の家は父系母系共にミューズに愛されていないらしく、当然私も音楽的素養は皆無だったが、それでも彼らの演奏が心地よいということだけは分かった。
中学入学と同時にロックに目覚めたらしい秋人は嬉々として海外のロックミュージシャンたちのアルバムを私に聞かせてきたけど、何一つ良さが分からない私が「そんなのより秋人の曲聞かせてよ」と適当に言うと、一層顔を輝かせて彼の自宅の防音室でジャカジャカと弦を鳴らしては気持ちよさそうに歌っていた。
結局、件の女子の告白はうまくいかなかったらしい。私はとにかく自分に累が及ばないようにするのに必死で、しばらくの間秋人には近づかないようにしていた。
そのあたりのことは秋人も察してくれていたらしい。あいつは男子の癖に空気が読める。そうして、いつしか私たちは疎遠になっていった。
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