第5話 Green curtain !


 前回のあらすじ。義眼の少年の眼窩に謎の物体が刺さってしまった!


「俺がその眼窩に指突っ込めってか!? 無理無理無理! っつーか素人にそんなことさせてもいいのかよ!? 感染症対策とか!!」

「別に私がやっても構わんが、生憎鏡がないからなぁ。それとも何だ。怖いのか、私の姿が」

「……べ、べっつにぃ!! 怖くなんか全然ねーよ!!」

「急に言い訳がましいな。目玉が一つだろうが二つだろうが私は人間だぞ」

「わーってるよそれくらい!!」


 叫びながら全身をばたばたとはたく青年。長髪が振り乱されて左右へ行ったり来たりする。


 作業着ズボンの大量のポケットの中に何か使えるものが無いか探していたようだが、どうやらめぼしいアイテムは無かったようで項垂れる。


「あー、その、別に構わないけどな。手を洗わせて欲しい」

「ならこれを使え。ここの井戸は使い物にならん」

「ういっす……」


 青年カラベルは逃げる事を諦め、手にしていたグローブを外した。普段から油と鋼を相手にしている掌の皮は厚く、しかし若々しい。


 洗浄液を少し貰って、利き腕を濯ぐ。指の間と爪の間と手相、親指、手首、指の甲。順番に手際よく垢を落とす。


「よし、こっち向いてくれ」

「あい分かった」

「……瞼、上げるぞ」


 義眼が外れている分、内側に凹んだ瞼を押し上げて固定し、中を覗く。

 眼球が収まる筈のスペースには、肉の壁紙が貼られていた。


 想像していたよりもずっと綺麗な肌質に、青年ののどが鳴る。

 口腔内の肉質とも違う、血走った薄い膜の裏側に、少年の脳味噌やら脳幹やらがあると考えると。青年の背筋を冷たい汗が流れ落ちる。


(今日が初対面だって言うのに、命預け過ぎ)


「……あんたライトとか持ってないのか?」

「持っていると思うか?」

「持っていて欲しいとは思った」


 ピンポン玉を嵌め込めるような球体の形状故に、眼窩の上下左右から光を取り込むことはできない。簡単に言うと見えづらいのだ。

 しかし無いものは仕方がないので、青年は木漏れ日の下に少年を移動した。


 照らし出された肉壁の底には、少年の掌を突き破った謎の黒曜石(?)が突き刺さっていた。


「まだかかるか?」

「いや、これだけ見えれば問題ない」


 青年は目測で大まかな位置を覚えると、中指と薬指を少年の頭部に差し込む。爪と爪の間で摘まむと、恐る恐る引き抜く。


 ――ずるり。


「……今、妙な感触が……」

「抜けたようだぞ」

「お、おう」


 少年に促され、ゆっくりと指を引き抜いていくカラベル。


 青年の爪先程の黒いそれは眼窩の底から引き摺りだされるように――文字通り根っこを引き摺りだすようにして引き抜かれた。


 青年は何とかそれを引き抜いた。

 息を吸って吐いて、整える。


「ぎぇああああああああああああああああああああああああっ!?」

「この程度で騒いでくれるな」

「ひぇえ!? い、いや、だってそれ、今さっきまで根っこなんか」

「お前があたふたしている内に根を張ったのだろうよ」

「そういう事は先に言えよなぁ!?」


 どろりとした何かの液体を根に纏わせ、今しがた眼窩から抜かれた双葉はこの会話の間にも根を伸ばしていた。


 目に見える速さで成長するその様子に口をおさえる青年。よくよく周囲を観察してみれば先程少年がばらまいた歪な欠片たちは全て根を出していて、日の光に当たっている物は緑の炎に包まれ灰になっていくものの、そうでない個体は成長を続けている。


 根をはり、葉をつけ、茎をのばし、大地にはりつく。生命の息吹とでも呼べる異質さそのもの。

 青年は思わず手にしていた双葉だった植物を木漏れ日に叩き付けた。日を受けたそれは緑色の炎に包まれると、一瞬で灰になる。


「……っ!」

「まさに雑草根性ともいえそうだが。しかし、人のコミュニティまでも飲み込むその雑食性は捨ておけん。通常の植物とは食事の規模が違いすぎる」


 言いながら、少年は思いっ切り仰け反ると左眼窩に洗浄液を突っ込んでぐるんぐるんと頭ごと振り回し始めた。首と腰に負担がかかりそうなそのブリッジもどきが直立に戻ると、だばだばと決壊した涙の滝が左頬と地面にぶちまけられる。


 眼窩を潤した少年は適度に水分を拭き取って後、スペアの義眼を嵌め込んだ。


 きゅっぽん。


「お、終わったか!?」

「ああ、お蔭で大事なかったようだ。礼を言う」

「はぁ。まあ、役に立ったって言うんなら良かったけどよ。それで、どうにかできるのか?」


 赤茶の髪を揺らし、腰に下がる工具を指で弄りながら青年は口をとがらせる。


「あんた、ここに来るまでの間に『銀弾』っていうのを使いすぎて困ってるんだろう? この村にはあんたのような……その」

異形殺しブレイカー

「そうだ、それそれ。異形殺しブレイカーって奴? は居なかったからな。何処かで調達しようにも無茶だろう。この状況でどう解決するつもりなんだ?」

「無理だが?」


 少年はさも当然であるかのようにそう言って、首を傾げる。

 青年は開けていた口を閉めて、一度咳払いをした。


「……失礼、今幻聴が聞こえた気が」

「無理だ。既に浸食された範囲が広すぎる。今日一日でどうにかなる規模でもない。しかし、日没までに片付けなければこの辺り一帯が緑地地帯となるのは目に見えている。故に我々は考える必要がある」


 半樹海と化しているこの村の植物たちを、どう滅却し灰に帰すかを!

 言い終わる前に青年は少年のことをはったおしていた。


「……」

「……」


 しばし沈黙し、青年は握りしめていた拳を解いた。少年は黒い髪に軽く指櫛を通しながら恨めしそうに振り向く。


「……可愛げが無いと重々自覚しているつもりではいたが、まさかこの歳になってまで力強いツッコミを入れられるとは思わなんだよ」

「いやいやいやいやいや! 何で俺の反応がおかしい事になってんだよ!?」


 一人「大人げない」の烙印を押されそうになった青年はカラス頭の胸ぐらを握りしめ鼻をぶつけそうな距離まで引き寄せた。

 当の少年は上手くもない口笛を吹くばかりである。


「ふすーっ」

「いや、口笛めっちゃ下手――じゃねえ! 誤魔化すんじゃねーよ何だ今の台詞は!? 狩る側が『無理』とか言い出したらこんな突飛な事件に巻き込まれる一般人の命はきりがねぇぞ!!」

「何だ、私は現状を鑑みて最適解を導き呈示したはずなのだが」

「どこが最適解だ! あんたが今日この村をどうにかできないとこの辺一帯が緑地化すんだろーが!? そんな簡単に諦めてくれるなよ!」

「はぁ。まあ、確かに放置していれば一月で大陸が飲み込まれることになるだろうがなぁ」


 陶器の瞳が、木漏れ日を弾いて鈍く光る。


「落ち着け青年。考えれば自ずと活路は開くもの。故に整理しようじゃあないか」

「せ、整理」

「私はこの異形に見覚えがある。これは――宿り木やどりぎを模した怪物だ」







宿り木やどりぎ――ミスティルテイン。尤も名付け親は宿り木がどのような形状や生体をしているのかすら知らなかった様だが」

「名付け親」

「私の雇い主の話だ。脳内お花畑の厄介な奴でな……」


 宿り木とは本来、球状に葉をつけるものだろう。と、指をくるくる回しながら説明するカラス頭。青年はよく分からないままにタンポポの綿毛のような形状を想像する。


 成程。それを考えると空から町中に蔦の根が下りたようなこの様子は、バニヤンツリーならまだしも宿り木とは似ても似つかない。


 そも、宿り木は宿主を殺さず生かして栄養分を横取りする植物である。


「寄生先が人のコミュニティである以上、樹木に寄生するそれとは似て非なるという事なんだろうが――私は以前、これと似た異形の相手をした事がある」

「そうなのか!?」

「昔、森の中でな。人里で無かった故に被害もほぼ無いに等しかったが、日の光に弱いところは共通している」


 灰の積もった黒土の地面を眺めつつ、外していたジャケットに袖を通す少年。おっかない黒曜石は全て払い落としたらしい。


「前回はどんな風に駆除したんだよ」

「燃やした」

「は」

「周囲の木々の枝を落として日の光を取り込み、鏡に反射させて核を潰したのだよ」

「核? それを潰せばどうにかなるのか?」

「まあ、一発逆転は狙えるな」


 拳銃サイズの銀鉄砲(と仮に呼ぶとして)を手に、少年はその動作を確認すると胸元に戻した。


「しかし、この村がただの宿り木に侵されただけなのであれば、既に灰に還って然るべきだ。そもそも太陽が空に在る以上、その下に彼らが根をはることは難しい筈なのだよ」


 日の光に弱い筈の異形が、日の光そのものに耐性を得たかもしれない。

 事実、彼らが見上げたそこに空は無く、木漏れ日を落とす蔦の網が整然と広がっている。


 海風と砂岩を切り崩した山の間に作られた小さな村。黄色い煉瓦を汚す黒い土。壁際に立てられた無数の酒瓶とペットボトル。ティータイムの痕跡。下ろされた根。生活の痕跡を飲み込む蔦と葉。


 青年はその様子に眉を顰めた。木漏れ日程度で灰に還るこの異常な蔦が、どうしてあんなに太陽に近い場所にあっても燃えないのだろうか?


(蔦を守ってる何かが、上にあるって言うのか……?)


 しかし、思考は程なくして中断される。青年は前触れも無く盛大に咳き込んだ。いつの間にか、鼻が曲がるぐらい、息ができない程にむせかえった臭いが辺りには立ち込めている。


「なんだ……?」

「……生存者がいる以上長話もできんか。ともかく上を目指すぞ」


 少年は口早に言って周囲を見回すと、絡みついた蔦で頂上が隠れてしまっている宿舎に目をつけ、その扉を蹴り破ろうとした。


 ――がんっ。


 内側にも外側にも壁を這う蔦が貼り付いたそれが、簡単に蹴り破れる筈も無いのだが。


「……」

「……」


 青年は無言でナイフを取り出し、少年はその煌めきを目にして大人しくその場から退いた。


 適材適所、二人三脚。

 黒土を踏みつけ、二人は道を切り開く。


 宿舎の中は樹海の様相を増していた。それこそ草の海を泳ぐように道を切り開き、屋上の扉を目指す。


「なぁ、カラス」

「なんだ」

「この……異形? をどうにかできたらさ、墓を作らせてくれないか」

「今は、自分が生き残る方法だけを考えていろ。用が済めば、いくらでも墓は見繕える」

「……おう」


 屋上の鍵を壊し、蔦を切り裂いてぶち破る。


 ――蔦の網の上。


 そこにあったのは、それまで下にあった陰惨な様子とは程遠い、ただの宿り木ではない何か。


 日の光が降り注ぐ中、黄色の巨大な菊系の花がいくつも咲き誇る――異様な光景が、そこには広がっていた。





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