10 力の正体
俺が飛ばされてきた地点を超えて暫くすると、下の階へと続く螺旋階段があった。
その螺旋階段を降り約一分程歩いた所で、俺達は小部屋を発見する。
「此処よ」
アリスの言葉に俺は立ち止まった。
「……別になんの特徴もねえ部屋だな」
分かってはいた事だが、折角魔術が強化される場所なんだから、特殊な地形だったりしても良いと思うけど……別にそういうのは関係ないんだよな。
「まあマナスポットなんてそんな物よ。前に風の噂で聞いたんだけど、自宅のトイレの座標が偶然マナスポットだったって人も居る位だし」
「……意味ねぇ」
「でもおかげで便秘が解消できたらしいわ」
「え、なに? マナスポット便秘に効くの?」
いや、すげえ事なんだろうけど、なんだこのガッカリ感。
流石にそれガセ情報だろ?
「ま、こんなどうでもいい話は、街に戻ってからしましょ」
「そうだな」
移動中トロールの様なモンスターと遭遇する事は無かったけれど、これから先がどうかは分からない。
あのドラゴンがこの塔の周囲にモンスターを呼びよせていたとするならば、塔内にも呼び寄せたモンスターはまだ居る筈だ。
ドラゴン関係なく元々生息しているモンスターが出るって可能性もあるけど。
まあそんな考察が当たってしまう前に、この塔を出る事に越した事は無い。
俺達二人はその部屋へ足を踏み入れる。
「マナスポット……初めて入ったけど、さっきまでの廊下と何にも変わった気がしねえな」
「あくまで魔術が強化される場所だから。魔術以外に変化は起こらないわ」
「そりゃそうか」
……って事はさっきのうわさはガセって事でいいよな? いや、別にどうでもいいけども。
そんなやり取りをしながら、二十畳程の部屋の中心までやってくる。
「そうだ」
アリスが何かいい事を思い付いたかの様に、俺の方を振り返る。
「裕也、折角マナスポットに来たんだから、試しに魔術を使ってみたら?」
「俺が?」
「うん。素であれだけ凄い魔術なんだから、とんでもない事になると思うの」
「……確かに」
俺はそう呟きながら自分の掌を見つめる。
この世界にやって来て全ての魔術が例外無く強化されている。それはもう別物と言わんばかりに。
そんな状態の俺がマナスポットで魔術を使ったら……一体どうなる?
その事に純粋な好奇心が沸いてきた。一体今の自分がどこまで行けるか試してみたい。
そして沸き出した好奇心を止める術を俺は知らないし……止めなければならない理由も存在しない。
だったら……やってやろう。
俺は右手に白い魔法陣を展開させ……発動させる。
素の状態でドラゴンを受けとめ、トロールの棍棒を砕いたその魔術を。
そしてその結果、俺に訪れたのは放心だった。
「なんで肉体強化なんか使ってんのよ。私にも分かる様な魔術にしなさいよ」
「あ、ああ、そうだな」
だがしかし、俺はそれを拒む言葉を紡ぎだす。
「で、でも俺が使える魔術で目に見えて効果が分かるのって言ったら、あの発火術式しか無いわけだし……あんなもんこの小部屋で使ったら、何起きるか分からねえぞ?」
「た、確かにそうね……遠慮しとくわ」
アリスは何か大惨事を想像したのか、少々真剣にそう返してきた。
そしてその後、一拍置いて俺に尋ねる。
「で、どうだった?」
それは今、俺が発動している肉体強化についての問いだろう。
俺はそう察して答えた。
「やべえ……自分で引く位に凄い事になってる」
「自分の力に引くって、それはそれで凄い話ね」
そう言ってアリスは微笑を浮かべる。
だが俺の表情はもしかすると、あまりいい顔ではなかったかもしれない。
俺の発動した肉体強化。
確かにソレは凄い事になっていた。驚愕と……そして疑念が俺を覆い尽くした。
殆ど変化が無い。
それはあのドラゴンと戦った時と比べてではなく……あの時、佐原と喧嘩した時の様に、地球で肉体強化を発動させた時と同じ感覚。
まるでこの部屋、この空間だけが地球だと思わせるように……今の俺は碌に力を持たないお人好しの浅野裕也に戻っていた。
「……」
……気が付けば、俺は部屋の外に向かって歩き出していた。
「さーて。さっさと此処を出ましょうか……って、裕也?」
部屋を出て行こうとする俺に気付いたアリスが、俺に声を掛ける。
「何処に行くのよ。もう脱出するわよ?」
「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。十秒だけでいい」
「……? 分かったわ」
アリスは首を傾げるが了承はしてくれた様で、少し待ってくれる様だった。
そんなアリスに感謝しつつ、俺は部屋の外……マナスポットの外へと出る。
「……ッ!?」
外に出た瞬間、突然溢れんばかりの力が全身から沸き上がって来た。
マナスポットから一歩出た俺は……力のあるお人好しの浅野裕也に戻っていた。
「……どういう事だ?」
俺は眼前で拳を握りながらそう呟く。
マナスポットに入って使った肉体強化は、地球で肉体強化を使った時とまるで感覚が変わらなかった。
そしてマナスポットを出ると、そこは部屋の中とはまるで別世界の様に、力が溢れて来る。
それはさながら……地球から異世界へと一歩踏み出したかの様に。
「……まさか」
この瞬間、俺は一つの仮説へと辿りつく。
根拠なんてまるで無い仮説……それは、マナスポットの正体に関する事。
俺は弱い。
だけどこの世界に来た途端に強くなった。まるで自分がマナスポットに居るかの様に。
そうしてそんな俺がマナスポットに入った途端に弱体化したんだ。それはつまり……こういう事になるのではないだろうか。
マナスポットとは……異世界の空気、いや、きっと言葉で表せない様な何かが漏れだしている様な場所。
つまりこの部屋、否、この世界のマナスポットは地球と普通の土地と変わらない、そんな場所……。
当然、仮説ではある。
だけどこの仮説が当たっているとすれば、俺のこの力の正体はこういう事になる。
……この世界の普通の土地が、俺にとってのマナスポット。
そしてこの世界のマナスポットが、俺にとっての普通の土地。
「これは……すげえ事って思っていいのか?」
マナスポットは本当にごく僅かな場所で、多くの人は一度もその場所に足を踏み入れないままその人生を終える。
その場所でこの力は使えないけど、それ以外の場所ではその希少な力が使い放題。
「凄いん……だよな?」
……ああ、凄い。これは凄い事だ。
碌に力の無かった俺が、ほぼ常時この力を使っていられるんだ。
凄く無い訳が無い。
マナスポットでのみ元に戻る?
そんなもの、この力の代償にしては安すぎるだろう。
そう、思う事にした。
俺は肉体強化を解除し、再びアリスの元へと戻った。
「どうしたの一体」
「なんでもねえよ」
俺は軽く笑みを浮かべてそう返す。
そう……なんでもないんだ、この位。
俺は寧ろ喜ぶべきなんだ、この状況に。
「じゃ、頼むぜアリス」
「任せなさいよ」
俺とは対照的に、マナスポットで魔術が強化されているアリスは転移術式を発動させる。すると部屋の床全体を覆うほどの巨大な魔法陣が出現した。
「ちょっと嫌な浮遊感があるかもしれないけど、我慢しなさよ」
「大丈夫。ジェットコースターとかフリーフォールとかは大好物だ」
「じぇっとこーすたー? ふりーふぉーる?」
「まあ今度教えてやるよ」
「分かった、楽しみにしてるわ。じゃあ……行くわよ!」
そうして、俺の周囲が白く染まった。
この力の正体を知り、歓喜と少しばかりの不安を抱いた俺は……ようやく旅立つ事になる。
塔の外の景色。全く知らない未知の異世界へと。
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