二章 ブラインド・ブラック
01 塔の外への第一歩
「ん……」
ゆっくりと目を開くと、最初に見えたのは雲一つない青空だった。
今の季節は春なのだろうか。さんさんと照らす太陽の日が気持ちいい。
昼寝に最適な環境だ。
もうひと眠りしたい所……って、ちょっと待て。
「……なんで俺寝てんだ?」
佐原の転移術式でこの世界に飛ばされた時も気絶はしていたが、多分アレは世界を跨ぐような移動をしたからだろう。
でもたかが建物から出る位で気絶なんかするか?
……というか全身が痛い。
「あ、目が覚めた?」
アリスが俺の顔を覗きこんで来た。
突然の出現でやや驚いたが、取り乱す程でも無かったのでそのまま平然を保って尋ねる。
「なあ……なんで俺寝てんだ? あとさっきから地面がガタゴトと揺れてんだけど」
あとなんかガタガタという音もする。
昼寝に最適な環境と言ったが訂正しよう。
気候以外は最悪である。
ヤバイなんか酔いそう……。
そんな最悪な気分で体を起す。
途中全身に葉っぱが付いていたのが見えたが今はスルーだ。
それより……。
「……荷台?」
どうやら俺は移動中の荷台……というより、馬が引くリアカーの様な物に乗せられて移動している事が分かった。
どうりで揺れて音もする訳だ……で、その疑問が片付いたら、次に手を付けなければならない疑問が当然出て来る。
「……一体何がどうなってんだ? 置かれた状況が何一つ理解できない」
隣に座っていたアリスに尋ねると、申し訳なさそうな表情で言う。
「まあ一言で言えば……失敗しました」
「失敗?」
「そう、失敗。自分の服を見れば、なんとなくその時の状況が分かると思うわ」
服……さっきスルーした、葉っぱだらけの服である。
「ああ……なんとなく理解できたよ」
失敗。葉っぱだらけ。
「つまり俺は、木の上にでも落ちたと」
「……正解」
本当に申し訳なさそうに答えるアリス。
「思ったよりもマナスポットの恩恵が強くて出現地点が大幅にずれたというか……まあ木の上に落ちたのよ、私達」
「……散々な第一歩だな」
異世界への第一歩。
まあ正確には塔の中も異世界だったけど、気持ち的には第一歩みたいなもんだったのに……それが木の上に出現して気絶かよ。
情けねえ。
「……そうだ、お前は大丈夫だったか?」
まあ起きてるから大丈夫なんだろうけども、一応心配だから聞いてみた。
「えーっと……木には突入したけど、裕也がクッションになってくれたおかげで地面直撃は免れたというか……」
「気絶した理由ソレじゃね!?」
なんかソレが一番ダメージでかそうだもん!
「えーっと、その節はお世話になりました」
「お、おう……」
いや、まあ俺がクッションになったおかげでアリスが無事だったんなら良かったけど……あれ、それでいいのか俺?
「……まあいいや、過ぎた事はしょうがねえ。誰にだってミスはあるし」
実際マナスポットでの魔術の扱いは難しい。
二度目以降の魔術ならともかく、初めてマナスポットで使う魔術というのは効力が予想以上に高いのだ。
その結果がドラゴンへのショルダータックルである。
だからこの結果は仕方ないのだ。そう考えておこう。
「で、アリス。俺達はなんでコレに乗ってるんだ?」
俺が載っている馬の引くリアカー……否、馬車とでも言っておこうか。
そもそも俺達はどうして馬車に乗って移動しているのだろう。
「偶々通りかかった運び屋のおじさんに乗せてもらったの」
そう言ってアリスが視線を向けたのは、馬に乗る気弱そうなおじさん。
そのおじさんはアリスの視線に反応するように、少しだけ視線をこちらに向けて言う。
「まあ向かうところが一緒だったからね。本当に何かと思ったよ。この辺りは今、モンスターが多くなってるってのに、あんな場所で気絶してるんだから」
どうやらこのおじさんは、俺達の事を心配して声を掛けてくれたみたいだった。
それで乗せて行ってくれる事になったのだろう。
「あの……本当にありがとうございます」
「いいっていいって。人間困った時は助け合いが大事だからね」
そう言っておじさんは俺達に向かって笑みを向ける。
その笑顔からこの人は本当に良い人なんだと思えた。
ちゃんと思えたから前を向いてくださいお願いします。
やがておじさんが再び前を向いた所で、俺は気になった事を尋ねてみた。
「あ、あの」
「ん? なんだい?」
「あ、いや。前向いたままで大丈夫です。安全運転しましょうよ」
俺はそう促して、おじさんが前を向いたのを確認してからこう尋ねる。
「えーっと……この辺、モンスターが集まってるんですよね? おじさん、そんな中一人で運び屋なんかやってて大丈夫なんですか?」
塔の周辺は、まだ結構モンスターがうろついている筈だ。
危険だろう。
「ああ、大丈夫だよ」
だけどおじさんはまたもこちらに視線を向け、満面の笑みを浮かべて言うのだ。
「轢き殺すから」
「……」
その言葉には絶句するしかなかった。
……いい顔でなんて事言いやがるんだこのおじさん。
「ああ、でもこの前盗賊に襲われた時は、まさに絶体絶命といった感じだったねぇ」
そう言って嫌な事を思い出したという風な表情を浮かべたおじさんは、やがて再び俺達の方向を向いて笑う。
「まあ、轢き殺したけどね」
「……」
「……」
俺とアリスは完全に黙りこむ事になった。
おじさんはなんだかフランクに笑っているけど、もはやその笑顔は狂気にしか見えなくなっていた。
「……異世界怖ぇ……異世界人怖ぇ……」
「……あの、お願いだからあの人をこの世界の基準にしないで」
俺達はおじさんに聞えない様にそんなやり取りをして……最終的にこの案を言わざるを得なくなった。
「……なあ、アリス」
「……何?」
「……降りねぇか?」
「……降りたい」
こんな安全運転とは程遠い、殺戮運転の馬車にこれ以上載っていられる程、穏やかな日本で育った俺のメンタルは強くは無い。
そして多分普通なアリスもそれは同じだった。
「あ、あの、おじさん。私達此処まででいいです」
「え? それまたなんで……お、モンスターみっけ」
「降ります! 降りますから一旦ストップ!」
こうして、少なくとも俺達が乗っている間は馬車による殺戮は起きなかったけど……その後どうなったかは知らない。
ただ少し歩くと、モンスターの悲惨な姿を数匹発見した事から、俺達は一つ新しい生活の知恵を得たのだ。
……多分あの人に任せれば、何でも無事に届けられる。
極力使いたくはないけど。
俺達はそんな、ややげんなりとした気分で、街まで歩く事にしたのだった。
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