09 採用試験
「とりあえずそろそろ此処を出ようぜ」
「そうね……あ、ちょっと待って」
あまりこの部屋に長く居ても仕方が無いのでアリスにそう促すと、アリスは思い出した様にドラゴンの方へと走り出す。
「おーい、どうしたんだ?」
「倒した証拠を持ってかないと」
ああ、言われてみれば確かにそうだ。
例え依頼主に「私達がドラゴンを倒しました」なんて事を言っても、現場を見ていない依頼主からしたら、本当に俺達が倒したのか分からないだろう。
そう考えれば証拠は必要だ。
俺も小走りで追いかけ、ドラゴンの元でしゃがみ込んで、何か作業しているアリスに声を掛ける。
「証拠っつったって一体何を持ってくんだ?」
「倒れたドラゴンの写真と皮膚よ」
覗きこむと、アリスはどこからか取り出したナイフでドラゴンの皮膚を剥ぎとっていた……すげえ生々しい。
「で、コイツの写真はどうやって取るんだ? カメラ持ってきてんの?」
「カメラなんて持ってきたら、戦闘で壊れちゃうでしょ。だからこういう時は魔術を使うの」
「ああ……念写魔術か」
念写……本来の意味は、心の中で思い浮かべている事を画像として焼き出すって感じだった気がするが、念写魔術はやや異なる。
目に映った光景を術式がストックし、それを後々紙に映し出す。それが念写魔術。
まあ目で見ると必然的に心の中……いや、脳に情報が行きわたるから、やや異なるとは言ったものの、念写とさほど変わらないのかもしれない。
「えーっと、裕也は念写魔術使える?」
アリスがドラゴンの皮膚を剥ぎとりながらそう尋ねて来る。つまりは剥ぎとってる間に済ませて欲しいという事だろう。
「いや、悪いけど俺は使えねえ」
残念な事に、俺に念写魔術は使えない。
多分その気になれば覚えられるだろうけど、覚えた所でメリットが少ないからな。
念写魔術ははっきり言って画質が悪い。常日頃から持ち歩いているスマートフォンと画質を比べてみると天と地の差……否、インスタントカメラと比べても天と地の差が付いてしまう。
つまり使い所は、カメラを使えない場面で緊急に写真を取りたい場合に限定されるのだ。
だからまあ覚える必要もなかったし覚えようともしていない……今後、覚える必要はあるだろうが。
「そっか。じゃあそっちも私がやっとくわ。裕也は少し休んでて」
「ああ、任せた」
俺はそんなやりとりの後、ドラゴンから少し下がってアリスの作業を眺める。
アリスの手際は正直に言ってあまりよくなかった。いつ指を切ったりするか、見てるこっちの心臓が止まりそうだ。
「……よし」
だがやがて無事に剥ぎとりが終わると、アリスは掌サイズ程のドラゴンの皮膚を手にして立ち上がり、右手に白色の魔法陣を展開させた。
端から見てもそれ以外の変化は訪れず、やがてその魔法陣も消滅する。
念写魔術も肉体強化と同じで体内で事が進む。
だから紙に焼き出すとき以外は、発動を意味する魔法陣と、目の色の変化以外は端から見ても分からない。
まあそれらが元に戻った事により無事撮影できたって事はわかるんだけど。
「終わったわ」
「お疲れさん」
ドラゴンの元からこちらに歩み寄ってくるアリスに、俺はそんな労いの言葉を掛ける。
「とりあえずこんな風に、事前に伝えられた部位を掌サイズにカットして剥ぎとればいいわ。あくまで素材加工用じゃなく、倒して無いのに念写術式でうまい事やって騙してるんじゃないか? って思わせない為の証拠品だしね」
まあ証拠品で巨大な物持ってこられても困るからな。
「まあとりあえず、コレを参考に覚えといて」
「わかった。大きさはとりあえず覚えて参考にしておく。大きさだけはな」
「私の手先が不器用みたいな言い方やめなさいよぉ……私だって頑張ったのよ? 今日はナイフ使っても手を切らなかったし」
「やべえ、想像以上に危なっかしいぞコイツ……」
コレ今の俺みたいなポジションの奴が居なかったら、その内割とどうでもいい場面で悲惨な事になってただろ絶対。
「と、とにかく私が不器用なのは一旦置いておいて」
……不器用って認めるんだなオイ。
「今度こそ行きましょうか」
「ああ、そうだな」
形は歪だが証拠品も剥ぎとったし、念写魔術もやった。後はこの部屋から出るだけだ。
俺達はゆっくりと扉の方へ歩き出す。
「そういえばあの扉、触れただけで開いたんだけど、魔術でも使われてんのか?」
「ええ、そうよ。裕也の世界じゃああいうの無かった?」
「少なくとも俺が住んでた所にはな。俺ん所は前に立つとウィーンって横にスライドして勝手に開く。ちなみに魔術は使ってない」
「え、何ソレ。アンタの世界どうなってんのよ……」
「その反応を見る限り、こっちの世界にそういうのは無いって事か……」
異世界って説が濃厚になってはあいるが、仮に異世界だったとしてこの世界の文明がどういう事になっているのかは分からない。
アリスをみる限り服装は割と俺達と変わらない感じはするけれど、それでも世界が違えば文化はまるで違う。
一体どんな風になっているのだろうか。
街に行くのがやや楽しみではある。
そんなやり取りをしていると、扉の前へと辿りついた。
「じゃ、開くわよ」
そう言ってアリスが扉に手を置くと、入って来た時の様にゆっくりと音を立てて開き始めた。
そうして広がる廊下の景色。
そして目の前にトロールさん御一行。
「ま、まだ居たのかよ……つーか、増えてるし」
俺がこの部屋に入るきっかけとなったトロールは、何時の間に四体に増えてしまっていた。
図体がデカイもんだから、廊下に通れそうな死角が見つからない。
だけどまあ……今は通り抜ける必要はねえか。
「裕也!」
「ああ、分かってる!」
俺は白い魔法陣を展開させ、肉体強化の魔術を発動させる。
通り抜ける必要なんて無い。
道が無ければ作ればいい。
トロール? ……ドラゴンに比べれば、全くもって怖くねえ。
「アリス、お前は下がってろ」
俺と同じ様に、何かの魔術を発動させようとしていたアリスを制止させる。
「でも……」
「お前、まだ動けるようになったってだけで完治してねえだろ。ここは任せろって」
二人居た方が楽な事は間違いない。だけど今の状態のアリスに荒事をさせるのは気が引ける。
アリスは尚も不満そうな表情をしているので、俺はこう言ってやる。
「文句があるんだったら、コレはギルドの採用試験って事にでもしといてくれよ。それなら一人で戦うのは当然だろ?」
「……分かったわ」
それだけ言うと、アリスはやや不満そうな表情を浮かべたまま後ろに下がる。
勿論こんな事をしなくても俺はもうギルドの一員だ。
少なくとも俺はそう思っているし、アリスもそう思ってくれているんじゃないかと思う。
だからこの試験は、自分のモチベーションを上げる為の……けじめだ!
「いくぞ!」
俺は全力で地面を蹴った。
次の瞬間、先頭に立っていたトロールの顔面に右拳を叩きこむ。
呻き声を上げて後ろに倒れるトロール。俺は追い打ちを掛けるように蹴りを入れて腹に着地。次の個体へと跳ぶ。
振り下ろされた棍棒を躱し、側頭部に蹴りを放つ。
ゆっくりと床に倒れるトロールを視界に入れながら、蹴った勢いで後退しつつ左手に赤い魔法陣を展開させ、右手に巨大な炎を発生させる。それを勢いよく倒れたトロールに向けて放った。
先程のドラゴンには殆ど有効なダメージを与えられなかったその炎は、トロールを焼き尽くすかの如く全身に燃え広がり、トロールはやがて動かなくなる。
「……あと二体」
俺は再び地面を蹴る。
振り下ろされた棍棒をサイドステップで躱し、隣に居た別のトロールに回し蹴りを放つ。
呻き声と共に大きくバランスを崩したトロールの持つ棍棒は、もう一人のトロールの後頭部に直撃し、二体ほぼ同時に地面へと沈む。
……まあそりゃ、後頭部をあんなんで殴られれば倒れるわな。
後頭部を叩かれ倒れたトロールは起き上ってこない。当たり所が悪かったのか相当ダメージが深刻の様だった。
だがもう一体のトロールは起き上る。浅かったか。
そして棍棒を持つ右手には……魔法陣!?
「……ッ」
次の瞬間、突然床から鎖が出現し、俺の両足首を絡め取る。
完全に物理攻撃しかしてこねえもんだと考えていたけど、それは考えが甘かった。
最悪だ……動かねえッ!
「裕也!」
アリスの叫びにハッとして視線を鎖からトロールへと戻すと、そこには俺に向かって棍棒を振り下ろそうとするトロールの姿があった。
一瞬、どうしようもない程の恐怖が全身を駆け巡った。
だがそれと同時に……俺はドラゴンとの戦いを思い出す。
そして棍棒は振り下ろされ……次の瞬間砕け散った。
否、砕いた。
「冷静に考えりゃ……そんな棍棒、躱す必要もなかったんじゃねえか?」
あのドラゴンに踏みつけられた際、俺は辛うじて受けとめていた。
だとすれば……棍棒だって受けとめられる。否、全力で拳を叩きこめば棍棒位破壊できる。
「次はこっちの番だ!」
俺は再び赤い魔法陣を展開させ……そして放つ。
放たれた炎はトロールの全身に燃え広がり、トロールは仰向けで倒れ伏せる。
先程のトロール同様もう動く事は無かった。
「……よし」
トロールを倒した事により、俺の両足首に絡み付いいていた鎖は消滅する。
そしてそれと同時に、俺達に立ちふさがった脅威も消滅した。
放っておけばいずれ立ちあがるかもしれないが、ひとまずここを通る分には一件落着と言ってもいいだろう。
「終わったぜ、アリス」
俺はアリスの方に向き直す……って、アレ?
「あの……なんで涙目なわけ?」
「なんでじゃないわよ馬鹿!」
アリスがそう言いながら、俺の方に歩み寄ってきて……抱きついてきた!?
「……何が下がってろよ。急な事で私も援護できなかったし、あの棍棒だって壊せなかったらどうするつもりだったのよ。裕也はもう私のギルドの一員なんだから……心配させないでよ、バカ」
「……悪い」
俺はとりあえず謝るが……何だろう、女の子を泣かせてるのに、あまり悪い気はしなかった。
良く分からないけど、心配という感情を向けてくれた事が純粋に嬉しかったんだと思う。
別にそういうのに飢えていたわけではないけれど、元々知り合いだった奴ではなく、まだ知り合ったばかりの女の子に涙目でそういう感情を向けてくれたって事に、なんとなく優越感が沸いてくる様な、そんな気がする。
もう少しこうしていたい気分だったが、やがてゆっくりとアリスの方からゆっくりと俺から離れる。
「……行くわよ」
「そうだな」
涙を拭いつつそう言ったアリスと共に、俺達はマナスポットのある十九階へと歩き始めた。
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