08 だから俺はこの手を伸ばす
その後、何度か交代しつつアリスに回復魔術を掛け続けた。
正確な所要時間は分からないけども、その行為に費やした時間はプロの回復魔術師と比較すると大幅に遅れているのだろう。
それでも瀕死だったアリスが立ち上がっている姿を見ると、掛った時間やそれに伴う疲労なんてのはどうでもよく感じられた。
結果良ければすべて良しだ。
「しっかし……とんでもねえ絵面だなオイ」
俺は立ち上がれる様になったアリスを見て、思わずそう呟く。
やや小柄な背丈にそれ相応の……いや、多分相応と呼ぶにはやや膨らみが小さい胸元。
ソレらを覆い隠す衣服は、当然の事ながら血塗れだった。
日本を歩いてたら間違い無く職質される。
もし俺が何の先入観も持たずに今のアリスを見たとするならば、きっと俺は何処かで誰かを殺って返り血でも浴びたのか? とでも考えて全力疾走で逃げ出すと思う。
流石に事故にでもあった被害者が病院にも運ばれず普通に出歩いてるとは思わないしな。
「確かに、酷い事になってるわね……」
「……それで街とか歩いて大丈夫なのか?」
職質とかされないんだろうか。
もうそれが凄い心配である。
だって俺だったら通報するもん。
「うーん、まあ多分大丈夫だと思うわ。アンタ……ううん、裕也の居た日本はどうかしらないけど、この世界はモンスターが普通に街の外をうろついているから。いつ怪我しても可笑しく無いわけだしね」
「……物騒な世界だなオイ」
まあ確かに、こんなドラゴンが存在している時点で物騒な世界だし。
結構簡単に受け入れられた。
で、受け入れたから納得する。
「まあ物騒な世界だからこそ、お前の言うギルドってのが機能するのか」
アリスを治療している間、俺はアリスに尋ねた。
どうしてドラゴンなんか倒しに来たのか、と。
するとアリスはこう言ったのだ。
『このドラゴンが塔の周囲にモンスターを呼びよせているから、討伐して欲しいって依頼があったの』
アリス曰く、この世界にはギルドと呼ばれる組織が存在しているらしい。
依頼を受けてソレをこなす何でも屋の様な職。
それがギルド。
アリスはそのギルドに飛び込んできた依頼を受け此処へやって来た。
そういう事だそうだ。
「にしてもお前、あんな奴相手に一人で来るか普通。話じゃギルドってのは所謂組織みたいなもんなんだろ?」
だとすれば、複数人で討伐に来るのがセオリーだろう。
仮にああいうあからさまな強敵では無かったとしても、それでも一人だと緊急時にどうにもならなくなるだろうし……やっぱり二人以上でこの場に居ないというのは、いささか不自然だ。
だけどその不自然さを一発で打ち消す言葉をアリスは放つ。
「だってしょうがないじゃない……ウチのギルド私しかいないんだから」
「ああ、そういう……なんか、ごめん」
「ちょっと、同情しないでよ!」
いや、だって……なぁ。
「と、とにかく、一人で来たのはそういう事。文句ある?」
「いや、ねえけどよ……」
アリスが此処に一人でやって来た事に対して、俺に文句を言える筋合いはない。
ただ文句そのものが無いかと言えば嘘である。
アリスは死にかけた。
もし誰も此処に現れなければ、確実に死んでいたのだ。
正直俺が言える話ではないのだろうけど……もう少し自分の身を案じろと、文句の一つでも言いたくなるのが本音だ。
「……あんまり無理すんなよ」
だからこれは気使いだ。
文句なんかじゃ無い。
俺の気使いに、少し間を開けてからアリスは口を開く。
「……分かってる」
その表情に反省の色が混ざり始めた。
「流石に無茶しすぎたわ。アンタがいなきゃ死んでた訳だし……自分が一人じゃ何も出来ないって事が改めて良く分かったから」
一人じゃ何も出来ない……か。
「なぁ、アリス」
「何よ」
「お前ん所のギルドって……人、募集してねえのか?」
俺はアリスにそう尋ねた。
「募集してるけど……それがどうかしたの?」
「いや、えーっと……」
今、俺達は互いに問題を抱えている。
まず俺。
アリスに色々案内して貰う事にはなっているけど、それでも最終的には行くあてが無くなる。
知識の方は何とかなっても、ただ放浪しているだけでは多分詰む。
そしてアリス。
本来複数人で構成するギルドを一人で運営していて、一人じゃ危険極まりない。
コレらの問題を纏めて解決できる方法があるとすれば……こういう事だろう。
「もしよかったらでいいんだけどよ……俺を、雇ってくれねえか?」
俺がギルドに加入する事。
俺はこの世界で一応の居場所と職を得る事ができる。
そして……多分、今の俺のこの力があれば、アリスの無茶を無茶ではなくしてやれる。
考える限り、メリットしか浮かんでこない。
……だがしかし、アリスは難しい顔を浮かべる。
「ねえ……なんでウチのギルドに誰も人がいないか分かる?」
「……いや、分からない」
そもそも他のギルドの事を何も知らないので答えようがなかった。
何も分からなかった俺に、アリスは言う。
「結局のところね、ポッと出の新人の所になんか誰も来てはくれないの。有名所とは規模も、受注できる依頼も、報酬も。何もかもが変わってくる。ウチのギルドに入るメリットなんか何もないから」
そう言ってアリスは表情を曇らせる。
「本当はね、今日のドラゴン討伐。自分でも無茶かなって思ってたの。でも無名のギルドが……たった一人しかいないギルドが、見事討伐なんて事になったら、ちょっとはウチのギルドに入ってくれる人が出て来るんじゃないかって、そう思ったんだ」
確かに。あのドラゴンが一般的に一体どの程度の認識をされているのかは分からないけど、俺は結構強敵に値するモンスターだと思っている。
それを無名が一人で倒せば……もしかすると、それなりに名は広がるのかもしれない。
「だけど無理だった。裕也に助けてもらわなかったら死んでいた位に……私は弱かったんだ」
だからね、とアリスは言う。
「ウチのギルドに裕也みたいな人が入るなんてのは、悔しいけど間違ってるんだと思うの。裕也ならきっと、トップクラスのギルドでも余裕で入れると思うから」
つまりアリスは遠慮しているのだ。
俺を……自分の所に収まっていい器じゃないとか思っているんだ。
……本来俺よりも遥かに強い筈なのに。
「街に戻ったら案内してあげる。確か名前はよく思い出せないけど、結構有名所が採用試験の告知してたから」
「……んな事しなくても別にいいよ」
俺はアリスの申し出を拒否する。
「もう一度言うぞ。俺を雇ってくれねえか? アリス」
アリスは予想外とばかりの表情を浮かべる。
条件だけで言えば、アリスの言う有名所の方が圧倒的にいいだろう。
この力の正体は今だ分からないけど、今後もコレを使って行けるのなら、俺はきっとアリスの言う通りその有名所にだって入れるかもしれない。
だけど……こんな右も左も分からない世界で、誰も知らない所に飛びこむより、こうして普通に会話できるようになっている、アリスと共に活動した方が気が楽そうだ。
そしてそんな俺の私情とは別に……きっとまた俺の悪い癖が出て来ているんだと思う。
目の前で困っている女の子を……一人にしておけなかった。
見捨てたくなかった。
……昔友人に言われた通り、やっぱり俺はお人好しだ。
止めようと思って、止められる事じゃ無い。
「い……いいの?」
その声は、僅かに涙声のように聞こえた。
「ああ」
「ウチのギルド、碌な仕事がまわってこないのよ? 今回のドラゴンの討伐だってやっとまわしてくれた依頼だし……そんな状態だから、お金だって全然払えないわよ……?」
その瞳は、僅かに潤んでるように感じた。
「だから、別にいいって」
俺は笑みを作ってアリスにそう返す。
どうでもいいことではないが……そういう事は二の次だ。
俺は一拍開けてから……ゆっくりと手を差し出して言う。
「頼めるか? アリス」
そうして数秒の沈黙があった後、静かに俺の手は握られた。
こうして俺は、アリスのギルドに加入したんだ。
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