07 彼と彼女の自己紹介
俺はため息を付きながら思う。
……そりゃ封印されるわ。
俺が此処に居るのは間違いなく佐原が使ったあの魔術の所為だ。そんな無茶苦茶な魔術が記された魔道書なんて封印されて当然だ。
……でも、なんでそんな魔道書が佐原の家にあったんだ?
だがしかし考えても無駄だろう。
そんな事を考えても、その答えを知っているのは交通事故で死んだとされる佐原の祖父だけだろうし、ソレを知った所で俺に何の利点も無い。
もし此処が本当に異世界だとするならば、他にもっと優先して考えるべき事が山ほどある筈だ。
例えば……これから俺はどうするべきなのか、とか
「……大丈夫?」
俺の顔色があまりよく無かったのだろう。全く大丈夫じゃない少女が俺にそう問いかけてきた。
「まあ……なんとかな」
実際の所は全く大丈夫ではないのだが、弱った怪我人の前で落ち込んだ姿を見せるのもどうかと思う。
もっとも、大丈夫? と、問い掛けられてる時点で、俺はもうそういう姿を晒してしまっているのだろうけど。
「それよりお前こそ大丈夫か?」
「まあ少なくとも……会話ができる位にはね」
少女は苦しそうに笑みを浮かべてそう言う。
「俺は正直言って、お前の怪我じゃまだ昏睡状態でもおかしくないレベルだと思うけどな」
もちろん医学に疎い素人の考えではあるけども。
「ほら、えーっと……私、結構丈夫だから」
「今の状態と丈夫ってのは、関係ないと思うけど……」
丈夫ってのは怪我をしにくい。もしくは病気になりにくいって事じゃないのか?
今の酷い状態で目を覚ましている事とはまた違う気がする。
まあとにかくだ。
「でもまあ……とりあえず無事でよかったよ。俺、お前が死んじまうんじゃないかって思ったんだぜ?」
本当に危ない状態だった。あと少しでも遅ければ。そしてあと少しでも俺の魔術の出力が低ければ。本当にどうしようもない状態になっていただろう。
「えーっと……本当に、ありがとう」
「礼はもういいよ。別に礼を言われる為に助けた訳じゃねえしな」
まあ嬉しい事には嬉しいしんだけども。
というかそもそも、礼を言われるにはまだ早い。
「それに……まだ終わってねえだろ?」
まだ治療は終わっていない。依然危険な状態である事には変わりないんだ。
「此処からが、もうひと踏ん張りだ」
俺は気合いを入れ直し、少女の治療を続ける。
数分後、部屋の状況は一転していた。
少女の傷はまだ癒えていない。
数分の内に少しはマシになったが、まだ危険な状態だ。
そして俺は……床に座り込んで息を付いていた。
結論を言えば限界が来た。
まあ会話をしてたって事が、長時間魔術を使う事に慣れていない俺にとっては集中力を飛ばす原因だったのかもしれないけど……それが無くても限界が訪れるタイミングはさほど変わらなかただろう。
だがまあ俺が魔術を止めた今でも、少女の寝そべる床には緑色の魔法陣が展開されている。
そして少女の手の甲には魔法陣。
即ちバトンタッチしたのだ。
あの時瀕死の少女が電撃を放ったのを見る限り、今の状態で回復魔術を行使する事は辛いだろうが不可能ではなさそうだ。
「なぁ、変わろうか?」
「もう少しいける……だからアンタは休んでて」
……まあそう言ってくれるなら、お言葉に甘えて休んでおく事にする。
疲労困憊。
佐原との喧嘩にドラゴンとの戦闘。
そして回復魔術。
もう全身疲れ果てて何もしたく無いという気分まで沸き上がってくる始末だ。
こんな状態で回復魔術を再び扱う位なら、もう少し休んでからの方が絶対良いとは思う。
でないと絶対どこかで綻びがでる。
……だからほんと、この子が回復魔術を扱えてよかった。
使えなかったら場合によっては酷い事になっているかもしれなかった訳で、それは非常に幸運だった。
光の粒子の色素は俺のよりも薄い。となれば効力が俺のよりも低いわけで、当然治るスピードも当然俺より劣るけど、繋ぎだと考えれば十分だ。
早く変われる様に少しでも体力を回復させないとな。
そう考えた時だった。
「ところで、アンタもあのドラゴンを倒しに来たの?」
少女がそう尋ねてきた。
「いや……実は違うんだよ。此処に飛ばされてきたっつーか……正直、この場所が一体何処なのかすら分かってねえんだ」
「飛ばされたって……一体何があったのよ」
何が……か。
別に言っても支障はないだろう。
寧ろ俺が今どういう状況に置かれているのかという事を伝えられるのは好都合だ。
こっちの事情を知る人間が誰も居ない状態ってのはなんだか寂しいし、かなり辛い物がある。
「えーっと、どっから話せばいいのか……」
少し悩んだ結果、俺は佐原との喧嘩の下りから少女に語り始めた。
「……つまりアンタは喧嘩に負けて、その日本って所からこっちに飛ばされてきた。それでドラゴンにやられている私を見つけて助けに入った。それでいい?」
「まあそんな所だよ……で、反応を見る限り、本当に日本の存在を知らないんだよな?」
「ええ。聞いた事も無いわ……無茶苦茶な話だとは思うけど、此処がアンタが元居た日本から見て異世界説は、割とあってるんじゃないかしら」
「……だよな」
俺は自分以外からその事を言われて、改めてため息を付く。
まあ話の途中でそれは既に確信できていた。
まず少女いわく、今俺が居る国はブエノリアという国らしい。
当然ながらそんな国は地球上に存在しない。
俺が知らないだけという可能性もあったにはあったが、少女曰くこの世界の中心とも言えるらしい大国を、高校生にもなって知らない訳がなかった。
つまり目の前の少女が虚言癖でも持ち合わせていなければ、この場所は異世界という事になる。
「まあとにかく、助けてもらった恩もあるし、こっちの世界の案内位はしてあげるわ」
「悪いな、頼む」
「いいわよ、別に」
そう言って少女は薄っすらと笑みを浮かべる。
「じゃあ私が動けるようになったら……この塔から出ましょうか」
この塔はエジピアの塔と呼ばれているらしいのだが、当然聞いた事が無い。
理由はまだ聞いていないから把握していないが、彼女はこの場所にドラゴンを狩りに来たらしい。
「じゃあ、道案内頼むよ」
「任せて……って言っても、そんなに距離は無いけどね」
「じゃあ此処、結構低いのか?」
「ううん。二十階」
「高ぇ……」
それじゃあどうやったって、結構歩かないと駄目だろう。普通に距離あんじゃねえか。
「じゃあ何? 二十階から一気に一階まで降りられるショートカットでもあるのか?」
「違う……いや、あってるのかな?」
「どういう事だ?」
「転移術式」
少女は……俺が此処に来る原因にもなったソレを口にする。
「まあアンタを飛ばした大層な物ではなくて……こういう所から脱出する為の転移術式ね」
術式としての括りは同じでも、その効力は様々だ。
あくまで一括りにしているだけなのである。
例えばAという発火魔術があったとして、二人の魔術師がAを使った場合、その出力は異なってくる。
それはつまり場合によってはより上位の魔術であるBの発火魔術の一般平均値に熟練者のAの術が届いてしまい、効力は同じなのに術式が違うというややこしい事態が発生してしまう事だってあるのだ。
だから他との関連性の無い魔術以外は、基本的に○○魔術や、○○術式といった風に一括りにされるのが一般的だ。
転移術式に関しても建物から出る、どこか別の場所に移動するなど、何処かに移動するという括りで纏められている。
効果は違うけどそういう事情があるため纏められるのだ。
「でもさ、二人……運べるか?」
転移術式は回復魔術と同じ様に扱いが難しい魔術とされている。
術者一人を運ぶならともかく、他者を一緒に運ぶとなると相当転移術式に自信が無い限り無理だ。
「まあ私はそんなに転移術式には自信がないんだけどね」
「なら駄目じゃねえのか?」
「でも、この下の階にマナスポットがある」
「マナスポット……」
えーっとなんだったっけ、マナスポットって。聞いた事はあんだけどな……。
確か極稀にある特殊な場所で、そこで魔術を使うと、通常より大幅に魔術の出力が強化される場所……だったか? 以前授業でそう聞いた事がある気がする。
殆ど関わる事が無いから忘れてた……って、ちょっとまて。
通常より魔術が大幅に強化される……それって今の俺と同じ状態じゃないか?
……だけど。
「な、なあ……下の階って事は、此処はマナスポットじゃねえんだよな?」
「だったら私の傷だってもう大分マシになってるだろうし……移動しなくたっていいじゃない」
「……だよな」
同じような状態。
だけど此処はマナスポットではない。
……じゃあ俺の魔術が強化された理由は分からず終いか。
「……どうしたの?」
「いや、別になんでもねえよ」
どうしたのかと聞かれれば、「俺は何か知らないけど俺の魔術が強化されていて、此処がマナスポットじゃないんだったら、一体この力は何なんだろう?」という風に話をもっていくのが正直者のする事だ。
さっきの話で、俺は自分の魔術が強化されている事を話していないから、タイミングとしては今が丁度良かったのだろう。
だけど、さっきも話さなかったのには理由がある。
単純に……本来の俺は今よりずっと弱いって事を言うのが、なんとなく恥ずかしかったからだ。
折角こんな力を手に入れたのだから、女の子の前で位見栄を張りたいって思う。
誰だって自分を良く見せたいのだ。
多少後ろめたい気持ちはあるけれど。
「まあとにかく動けるようになったら頼むわ。えーっと……」
「……アリスよ。アンタは?」
俺が名前を呼ぼうとした所で、まだ名前を聞いていない事に気付き詰まっていた事を察してくれたようで、自分から自己紹介をしてくれる。
俺もその流れに沿う様に、自己紹介をする事にした。
「俺は浅野裕也。えーっと、よろしく」
結局自分の事が何も分からない現状で……俺はこうして、一人の女の子の名前を知ったのだった。
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