06 現在地の手掛かり

 俺はとりあえず少女の方に駆け寄る事にした。


 先程の過ちを繰り返さない為にも余分に攻撃を加えて置くべきかと思ったが、すぐに治療すべき相手の意識が戻ったにも関わらずそれを放置するのは、なんというか……放置される側にとって酷な気がする。

 あくまで俺の主観でしか無いわけで、こういう状況における正しい選択肢を取れているかどうかは分からないけれど。

 ……まあもし万が一ドラゴンが再び動き出したとしても、今はあの子も意識を取り戻している。

 先程よりは幾分も立ち回りやすい。

 だから今はとりあえずあの子優先だ。


「大丈夫か? 待ってろ、今もうもう一度回復魔術を掛けるから」


 少女の前まで戻った俺はしゃがみ込んで、か細い息をする少女に再び回復魔術を掛けてやる。


 ……しかし凄いな、こんな状態だってのにもう目を覚ますなんて。

 今だ出血が止まらないのだから、普通はもう少し昏睡状態が続くと思うけど……まあ医学にまるで詳しく無い俺が考えて分かる事ではないし、そもそも考える必要だってない。

 目を覚ました。

 今この状況においては、それだけで充分なのだから。

 俺がそう考えていると、少女はゆっくりと体を起そうとする。


「馬鹿、無茶すんな。もう少し寝てろ」


 俺がそう諭すまでもなく、再びその場にぐったりと寝そべる。

 まだどうやら満足に体を起こせないらしい。

 それでもやはり回復には向かっているようで、顔をこちらに向けてゆっくりと口を開いた。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 俺はそのままそう返す。

 ……やっぱり誰かを助けてお礼を言われるってのは気分がいい。

 もちろんコレを目当てに誰かを助けるなんて事は無いけど、それでもやっぱり感謝されるってのは良い物だと思う。

 頑張ってよかったって、少し報われる気分になる。


 ……しかし、そんな気分に浸っていながらも、やはり気になる事が一つ。

 俺は自分の後方に倒れている巨体をチラチラとみる。


 ……まだ起き上ってくんのか? 大丈夫だよな?


 やはり何処かのタイミングで魔術を再び打ち切って確認した方が良いのだろうか?

 いくら先程よりも状況が好転しているとはいえ、次もうまく切り抜けられるとは限らない。

 ……やっぱり先にあっちをどうにかした方がいいか?


「大丈夫」


 俺がドラゴンの方に注意を向けている事が気になったのか、少女はそう言って続ける。


「あのドラゴンはもう死んでるわよ」


「そうなのか……?」


「うん、多分大丈夫……女のカン」


「全く信用ならねえんだけど……」


 それ信憑性ゼロの奴じゃん……。


 ……でもまあ、ああして戦っていた所を見る限り、この少女はあのドラゴンの事を俺なんかよりよく知っているのかもしれない。

 そう考えれば、あのドラゴンが死んでいるという事も分かったりするのかもしれない。


「まあ、俺には判断付かねえし……とりあえずお前の言葉信じとくわ」


 やっぱり今から回復魔術を打ち切るのもちょっと気が進まないからな。そういう事にしておこう……まだ何かあるんじゃないかって不安は拭えない訳だけど。


 ……だけど拭えた不安もある。

 こうしてこの少女が、この出血量であるにも関わらず、多少辛そうながらもある程度喋れる位に回復しているという事。

 そして俺が……この子の言葉を理解できたという事。

 俺はその事に対し本当に安堵し、深く息を付く。


「しっかし……どうやら此処が日本みたいで良かった。知らない世界に飛ばされたんじゃないかって真剣に思ったぞ」


 俺は日本語が分かる以外は、若干英語ができる位である。

 海外に飛ばされたのならば、そのカタコト英語と現地警察の手助けなどで辛うじてなんとかなりそうだけども、マジでさっきから可能性に入れていた別の世界……異世界みたいな場所に飛ばされたのであれば、英語も当然使えないし、きっと警察なども当てにはできなかっただろうから。


 そう考えるととりあえず異世界じゃなくて一安心。

 そして恐らく此処が日本だと言う事も本当に良かった。

 俺が心中で胸を撫で下ろしていると……少女が安堵を掻き消すような発言をする。


「日本……どこよ、それ」


 まだ喋り辛そうなその言葉は……嫌な予感を全身に駆け巡らせた。

 そして俺はその嫌な予感を否定する為に言葉を紡ぐ。


「えーっと、ほ、ほら、日本だよ日本。寿司とか有名だろ? というかお前日本語喋ってんじゃん」


 俺はそうやって必死に日本の存在を立証しようとするが、少女は再び訳が分からないという風に口を開く。


「日本語? なに言ってんのよ……これ、ダイラーン語じゃない。もしかして、今の戦闘で頭でも打った?」


 打ってない。

 だけど……たった今、精神的には後頭部を鈍器で叩かれた様な衝撃はあった。

 それも当然だ。


 少女の言葉を分かりやすく変換すれば、こういう事になる。


 どういう訳か俺が日本語だと感じているこの言葉は、ダイラーン語という未知の言語となっていて……、


「……冗談だろ?」


 少女が嘘を付いていなければ此処は……異世界に分類される様な場所という事になるのだ。

 俺は今度こそ、深いため息を付いた。


 ……全然地球でも日本でも無かった。

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