05 目覚めた者

「ふっざけんな……こんな時に……ッ」


 俺は魔術を継続させたまま、ドラゴンの方に視線を向ける。


 詰めが甘かった。

 あまりにも、甘すぎた。


 動かなくなった時点で大丈夫?

 ドラゴンは倒した?

 ふざけるな。

 俺は殺した事を確認したか?

 もうそれ以上俺達に危害を加えない事を確認できたか?

 ……否、できてない。


 生き物は、生きている限りは何度だって立ち上がる。

 佐原に倒された俺がこうして立っている様に、あのドラゴンだって絶命しない限り立ち上がるのだ。


 ……どうして、殺す事を考えなかった?

 あのまま踵落とし一発だけではない。

 確実に殺したと思える位の一撃を何度も放っておくべきだったのだ。


 それを無意識に行わなかったのは……日常的に何かを殺すなんて環境に置かれていない日本人の性なのかどうなのか、それは分からない。

 だけどこの状況が成す意味は良く分かる。


 絶体絶命。


 治療を続けないと危険な状態の少女を庇いながらドラゴンとの戦闘を行う。そんな無謀に等しい選択を迫られている今が絶対絶命じゃなければ、一体この状況を何と言えばいいのだろうか。


 そしてその時、ドラゴンの咆哮が再び響き渡り……頬がやや膨れ上がったのが見えた。


「まさか……ッ」


 まさかあのブレスか……ッ!

 そう認識した瞬間、この子を抱えてとりあえずブレスを避けようという風に考えを瞬時に纏めて動き出そうとする。

 だけど俺が動き出すよりも早くソレは放たれた。


 ドラゴンの口から白い霧が放たれる。


「目暗まし……」


 霧に寄って一気に視界が悪くなり、文字通りドラゴンが視界から消える。

 炎のブレスではなかっただけマシではあるが、それでも状況が最悪なのは変わらない。

 僅かでも衝撃を与えられない女の子を抱えてあてずっぽうに動けば、運が悪ければそこで終わりだ。

 それ故に動けない。

 霧が晴れるまでこの子の傍を離れず、全方位どこから攻撃が来てもこの子を守れる様に構えていなければならない。

 俺は暫くこの子の生命力が持ってくれる事を祈りつつ回復術式を一旦打ち切る。

 そして再び肉体強化を発動させ、周囲に警戒を向ける。


「くそ……何処から来る……ッ」


 見えない遠距離からのブレスとかを放たれれば、俺の取れる手段で対処できるか?

 いや、例えブレスでなかったとしてもマジでどうにもならないんじゃないのか?


 そう思った時、ドラゴンの居た方から大きな地響きが鳴り響いた。

 そしてそれを耳にした直後、それは俺達を殺しにやってくる。

 真上から……巨大化したドラゴンの尻尾が。


「なに……ッ!」


 俺は辛うじてそれに反応し、振り下ろされた尻尾を受けとめる。

 訪れる衝撃に腕が痺れるが……何かおかしい。想像よりも軽すぎる。

 振り下ろされる力が……押しこむ力が殆ど感じられない。まるでただ重たい物が落下してきただけだという風に。


「……まさかッ」


 俺は気合いでその尻尾を払いのけようとする。

 それと同時に再び正面から地響き。

 俺が思いのほか楽に尻尾を撥ね退けた次の瞬間、霧の中でも見える範囲までやって来たドラゴンの姿は……尻尾が無い。

 つまり今の攻撃は囮……本命は、


「巨大化!?」


 尻尾と同じく巨大に膨れ上がった足。

 俺と少女を纏めて潰すかのように、それは躊躇なく落とされる。


「ぐぉ……ッ」


 それをなんとか両手で受けとめた。

 だがその衝撃は尻尾の時の比では無い……全身の体重が掛ったこの攻撃は、尋常じゃ無い力を秘めている。

 骨が軋む。全身が悲鳴を上げる。追い返すどころか徐々に押し込まれる。


「グ……あぁあああああああああああああああああああッ!」


 身動き一つ取れない。確実に相手を圧倒し、圧殺に追い込む最悪の一撃。

 つまりはこの状況に追い込まれた時点で……俺の負けだったのだ。


「ぐ、うおおおおおおおおおおおおッ!」


 俺はなんとか押し返そうとするが、やはりびくともしない。寧ろまだ体が持っている事が奇跡と思った方がいいのかもしれない。それ程に追い込まれている。


 ……どうすりゃいい。


 俺は必死に考えるが、俺の持ち駒でやれる事は無に等しい。

 まるで打開策は浮かんでこない。


 詰み……王手。

 俺が使えるどんな手段を使おうと、この状況は打開できない。


「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 もう終わりだ。

 どうしようもない。

 本当に冗談抜きで、このままコイツに殺される。

 そう思った次の瞬間、俺は先程考えた事を否定する事になる。


 俺の持ち駒では、どうする事もできない。


 だがこの状況において、持ち駒と呼んでいいかは分からないが、確かに俺とドラゴン以外の駒は置かれていた。


 俺を横切る様に、一筋の電撃が走る。

 それはそのままドラゴンへと突き刺さり、咆哮を上げたドラゴンは大きくバランスを崩した。

 突然変貌した状況に一瞬何が起きたかまるで分からなくなったが、それでもすぐに正気を取り戻す。

 この隙は絶対に逃さない。

 逃して……たまるか!


「うらああああああああああああああああああああッ!」


 俺は全力でドラゴンを力ずくで押し切り、ドラゴンを後退させる。

 そして自由になった体でそのまま飛び上がり、バランスを崩し今にも倒れそうなドラゴンに放つ。


 全身全霊のとび蹴りを……再び腹部にッ!。


「倒れろォォォォォォォッ!」


 俺の叫びと共に叩き込んだ右足に衝撃。次の瞬間ドラゴンが大きく揺れ、轟音と共に床へと沈む。



「……ハァ……ハァ……」


 俺はなんとか着地して、その場で肩で息をしながら前方で倒れるドラゴンに視線を向ける。

 ひとまずは動かなくなった。

 気絶か、それとも今度こそ絶命したのかは分からない。

 だけど目先の危機が一時的にでも去ってくれた事だけは確認出来た。


 それもこれも、この場にいたもう一人の駒のおかげで。 

 俺は少女の方に視線を向ける。


 少女は依然血塗れだった。

 まだ安堵はできず、継続した治療が必要になってくる。

 だけど確かに……目を覚ましてくれた。


 目を覚ましたのは、何も敵だけではなかったのだ。

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