03 強化されし魔術
放たれた炎は自分でも驚く様な勢いでドラゴンとの距離を詰めて着弾。
肌を焦がされたドラゴンが咆哮を上げる。
……効いていた。
注意を逸らすだけでは無く紛れも無く攻撃として俺の炎は作用していた。
だがそれは即ち、ドラゴンがより明確な敵意を俺に向けるという事になる。
「……ッ」
ドラゴンが鋭い目付きで俺を睨めつけた。
思わず竦み上がり、一歩後ずさる。
圧倒的威圧感。
普通に生活していればまず感じる事の無い重圧。
そんな物が今、俺に向けられていた。
「ク……ッ」
俺は再び右手に炎を出現させる。
例えこのまま後ろに下がっても、何一つ状況は好転しない。
今俺がやるべき事は……とにかく目の前の脅威をなんとかする事だ。
「うぉらあああああああああああああッ!」
俺は原因不明の強化が成されている炎を、再びドラゴンに向けて放つ……が。
「何!?」
ドラゴンが口から吐いた炎……ブレスとでも言うべきソレが俺の炎を相殺した……否、完全に呑みこまれたッ!
「クソッ!」
勢いよく放たれた炎のブレスは、二十メートル近く離れた俺に向かってまるで火炎放射機の如く迫ってくる。
俺は咄嗟に右方へと跳びこみ、転がりながらもブレスを交わした。
「ハァ……ハァ……」
ブレスの通った後の床は黒く焦げてしまっていた。もし生身の俺が喰らっていたら、冗談じゃ無く消し墨になっていただろう。
そして分かった事……どれだけ強化されていようが、この炎の魔術じゃあのドラゴンを倒す事ができない。
この炎がどれぐらいの威力を持っているか明確な判断はできないけども……多分、威力云々以前に、あのドラゴン相手に炎の魔術は相性が悪いのではないだろうか?
実際あの女の子も雷を操って戦っていた。そう考えれば俺の読みは合っている気がする。
だけど俺に雷は出せない。
たとえ強化された今であっても、殺傷能力が期待できる魔術は発火術式を含め二つだけ。
「だったら……一か八か、やってみるしかねえか」
できる事なら攻撃を躱しつつ遠距離からの発火術式で攻めたかったけども……それが無理なら使うしかない。
発火術式以外の魔術も強化されている事を祈って正面からぶつかるしかない。
右手の甲に白い魔方陣を展開。
俺は再び目を赤く染め……発動する。
佐原との喧嘩で使っていた……大した恩恵も得られない肉体強化を。
「……ッ!?」
発動した瞬間、自分の体の異変に気付く。
本来俺の微弱な肉体強化では実際に物を持ち上げてみたり百メートル走のタイムを計ってみたりでもしない限り、その効果を実感できないような物だった。
それがどうだ。
何もしていなくても自分の体に力が溢れるのが分かる。
それこそ……自分を圧倒した佐原を、赤子の手を捻るかの様に倒す事ができるんじゃないかと思える程に。
「これなら……いけるか?」
……いけるかじゃない。やらないといけないんだ。
俺は右拳を握りしめ、腰を低くして構える。
そして、勢いよく右足で床を蹴った。
「……ッ」
突如得た推進力に俺は思わず驚愕するが、さっきと同じでそんな時間は何処にもない。
ほんの一蹴り。
たったそれだけの動作で……二十メートル程あった距離が一瞬で詰められた。本当に一瞬の出来事。
それ故に……ドラゴンは反応できず、それどころかスピードがどの程度が理解していなかった俺もすぐには反応できなかった。
それはつまり、こういう事になる。
「グハッ!」
殴るつもりで飛んだのに、結果は不格好なショルダータックル。
いや、ショルダータックルとは名ばかりのただの追突だ。
それ故に全身に激痛が走る。
完全に自爆……いや、諸刃の剣だった。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
今の一撃に合わせるかのようにドラゴンが咆哮を上げ……その巨体が後方によろめいた。
ドラゴンが後方によろめいたのと対をなす様に、俺の体も弾かれて後方に四、五メートル飛ばされる。
滑る様に着地して相手を見据えるとまだドラゴンは必死に踏み留まり、倒れない様に体制を保とうとしている様だった。
だったらその隙を逃す訳にはいかない。
俺は再び右足に力を込め、ドラゴンの腹部に向かって飛ぶ。
眉間を狙いに行った時ならともかく、腹狙いだったらあの体勢でこちらにブレスを撃ってくるとは考えにくい。
つまり腹は今現在反撃が飛んでくる可能性の低い、付け入る隙!
「倒れろォォォォォォォォッ!」
俺は今度こそ握りしめた拳をドラゴンに向かって放つ。
人間が何かを殴ったとは思えない衝撃が周囲に響き、その直後、ドラゴンが倒れた事により発生した轟音が部屋の中を支配した。
「ハァ……ハァ……どうだ……」
俺の一撃が相当効いたのか、それとも倒れた時の打ち所が悪かったのか……もしくはあの女の子がそうとう体力を削り死に掛けていたのか、それは分からない。
だけどとにかくドラゴンは倒れたまま動かなくなった。
本当にもう大丈夫なのか不安だったので、仰向けで倒れたドラゴンの頭に乗って眉間辺りに全力の踵落としを放ってみたが、特に反応は無い。
きっとやっぱりあの子がほぼ倒しかけていたのだろう……まあなんにせよ、当面の危機は去った。
そう思って今度こそひとまず胸をなでおろすが、途中で気付く。
気づいてしまう。
危機は去った? ……本当にか?
俺は半ば反射的に、壁に叩き付けられてぐったりとした女の子に視線を向ける。
まだ意識が回復していないのか、あちらも動く気配は無い。
そして動く気配が無いという事は、先の状況を考えるに最悪な事態が連想される。
「生きてる……よな?」
そうは言ってみたものの、正直なところ生きている気がしなかった。
あのドラゴンの巨大な尻尾で弾き飛ばされて生きているような光景が、中々浮かんできてくれない。
段々と自分の顔が青ざめて行くのが分かった。
俺はドラゴンの頭から飛び降り、肉体強化を解除して少女に駆け寄る。
そして段々と鮮明に見えて来る少女の状態を見て、更に顔を青ざめさせる事となった。
「……ッ」
絶句する。
それは絶望以外の何物でもなかった。
生きているのか死んでいるのか、それは分からない。
ただ、少女を中心に……血の海が広がっていた。
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