02 覚醒の時

「なんだ俺……夢でも見てるのか?」


 俺は視界の先で繰り広げられる戦闘を目の当たりにして、そんな感想を漏らした。

 全部夢と考えれば納得がいく。


「……うん、俺がどうするべきかってのは、分かってるよな」


 全力疾走でドラゴンに向かっていき、少女に加勢する……訳が無い。

 いくら夢だとしても、流石にアレに向かって行く勇気など無い。

 勝ち目が無いのに佐原に向かって行った奴が何を言ってんだって気もするが、それとコレでは話が別だ。


 ……あまりにも手が届かない。


 これはいくらなんでも無理だろう。

 俺が一歩後ろに後ずさると、それに合わせるようにドシンという足音が響いた。


「……ドシン?」


 俺は恐る恐る背後を振り返る。


「……ッ」


 そしてその光景に絶句した。

 トロール。

 RPG風に例えるとすれば、そんな感じの名前が一番しっくり来るだろう。

 巨体の両手には巨大な棍棒が握られておりその力強さを感じさせる。

 そんな化物が……目の前に居た。


「……マジかよ」


 完全に退路が塞がれている。

 いくら夢だとしてもコイツを突破する程の勇気は俺には無い。

 トロールは呆然と立ち尽くす俺に戦意を見せるように棍棒を床に叩きつける。それだけで……物凄い陥没しましたが!? なんか工事現場みたいになってんだけどオイ!?


「……」


 自然と唾を呑みこんだ次の瞬間。


「……ッ!」


 俺は肉体強化を使う事すら忘れて全力で部屋に飛び込み……後方では再び棍棒を振り下ろした轟音が響き渡った。


「あ、あぶねえ……」


 体制を立て直してさっきまで立っていた場所をみると、既にそこは工事現場となり果てていた。

 一瞬でも遅かったら確実に肉片になっていた。


 そうならなかった事に胸を撫で下ろそうとした、その瞬間だった。


「……ッ」


 正面から再び轟音が響き渡る。

 ただしそれはトロールが棍棒を振り下ろした音では無い。

 ある意味で、もっと絶望的な音だ。


「扉が……」


 扉が勢いよく閉じた。

 それはまるで俺がこの部屋に入ったタイミングを見計らった様に。


「助かった……のか?」


 そう呟いた次の瞬間、その考えが間違っている事に気付く。

 確かにトロールの危機は一旦去ったと考えて良いだろう。

 だがこの部屋はどういう部屋だ?


 俺は恐る恐る後方を振り返る。


 そこにはやはりドラゴンがいて……少女を巨大な尻尾で弾き飛ばしていた。


「な……」


 何が……起きた?

 理解している筈の事が理解できなかった。

 弾き飛ばされた少女は床をバウンドして壁に叩きつけられ、ぐったりと動かなくなる。


 気を失っているのか、それとも……いや、それは考えたくない。

 そして少女を弾き飛ばしたドラゴンはその少女に向かって一歩踏み出した。


「くそ、冗談だろ!」


 確実に、目の前のドラゴンはあの少女を敵として捉えている。

 あのドラゴンがこのまま少女に近づけばどうなるか。それを想像するのはあまりにも容易だった。


「だ、誰か……」


 周囲にこの状況をなんとかできる様な奴が居ないか、俺は必死に周囲を見渡す。

 だけどもこの部屋に居るのは俺とあの少女。そしてドラゴンだけで、その絶望的な事実が変わる気配はまるでない。


 これは夢……だよな? 夢であってくれ。

 夢じゃないとすればこの現実は最悪だ。どうしようもない位に最悪だ。

 俺にはどうする事も出来ない。

 あの少女を助けられない。

 本当に最悪な状況。


 そんな状況である事は分かっているのに、気が付けば俺は一歩前に踏み出していた。


 それはあの時、佐原と対峙した時の様に。

 勝てないと分かっていても、気が付けば足が動いた。

 本当にあの時と同じだ。

 ……本当に馬鹿だ。何も反省していない。


 昔友人に言われた事がある。お前はお人好しすぎるから絶対その内損する。だからその性格は直した方がいいと。

 アイツの言うとおりだ……本当に多分、損しかしない。

 だけど止められなかった。止めようだなんて思えなかった。

 あの時も……今も。


 俺は瞳を赤に染める。

 ……注意を逸らす。

 逸らした先にどうすればいいかなんてのは何も思いつかない。だけどとりあえず、あのドラゴンがあの子に向けている意識をどうにかしなければ全てが終わる。


 だが叫んだところで振り向くかどうか分からない。

 肉体強化で接近したとして、それでは結局あのドラゴンは少女の近くに居たままだ。

 だとすればどうすればいいか。

 答えは簡単だ。

 俺は右手の甲に赤い魔法陣を展開させる。


 発火術式。


 掌から炎を出現させる、日常生活ではキャンプの時位しか使い所の無い魔術。

 俺の魔術師としての実力は並より下。精々硬式の野球ボール位の大きさの半分程度の炎しか出す事ができない筈だ。

 だけどそれでも、小さかろうが炎は熱い。気を引く事位はできる。

 できる筈だ!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 俺の叫びと共に右手に熱が籠り、掌サイズ以下の炎が出現する……筈だった。

 が……現実ではそうはいかなかった。

 予想だにしなかった現象が右手を中心として発生していた。

 だけど今はそれに驚愕している暇はなくて。

 俺は全力で右手に出現したそれをドラゴンに向かって飛ばす。


 俺の予想していた炎の数倍……否、十数倍にまで膨れ上がった巨大な炎の塊を。

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