35. 決着

 

 「おじい様、もうやめましょう」


 そう宣言する美月の言葉に、会長は杖を床に突きながら激高する。


 「止めろ、だと? 何様のつもりだ美月! この儂に逆らい、その上命令までしようというのか!」


 「そうじゃありません。仁さんは異世界で勇者をやっていた人です。そして魔力も返ってきた今、力づくではどれだけ人を集めても抑制することはできませんよ? それに、さっきも言いましたけど、私は不本意でここに連れてこられました。おじい様がいくら叫んでも、その事実は変えられません。火事の件もありますし」


 美月がみんなで暮らした部屋が無くなったことに寂しそうな顔をしてそう言うと、敦司が肩に手を置いてから告げる。


 「いや、部屋は元通りになっているぜ。アサギさんが何かしたみたいだが、今は病院のベッドの上だ」


 「え!? ほ、本当ですか!?」


 「……ああ。だから帰るところはある」


 「ば、馬鹿な……」


 それを聞いた速水が床に座り込んだまま項垂れると、会長は歯ぎしりをしながら杖を床に叩きつけながら誰にともなく怒鳴りだす。


 「どうしてどいつもこいつも儂の言うことを聞かんのだ! 二階堂グループの会長だぞ! 霧人も儂に逆らってあの女と結婚した挙句勝手に死におって! グループを大きくすれば何不自由なく! う、うう!?」


 興奮しすぎたのか、持病でもあるのか、直後に胸を押さえて会長が苦しみだした。


 「おじい様!?」


 「う、うう……く、苦しい……」


 「どうしたんだ……?」


 「病院へ連れて行かねば……! おい、貴様ら! 運ぶのを手伝え!」


 速水が会長に手を添えながら勝手なことを言い、敦司が激高する。


 「ふざけんな! 仁さんを刺そうとしたくせに何を言ってやがんだ! 迷惑な爺さんだぜこのまま――」


 「よせ」


 死ねばいい、そう言おうとした敦司の口を塞ぐように仁が言う。腐っても美月の祖父なのだと仁が窘めると、敦司は顔を歪めて謝罪を口にした。


 「す、すまねえ……カッとなってよ……」


 「すみません先輩……こんな人でも身内ですから、死にそうな状況を黙って見ている訳には行きません。手伝ってくれませんか?」


 「ああ」


 「その必要はないよ」


 仁が会長を背負うと、入り口から聞きなれない声がして全員がそちらへと目を向ける。するとそこには、ブラウンのスーツを着た長身のイケメンが立っていた。


 「誰だてめぇ?」


 「僕は五条。五条コーポレーションの社長だよ。僕に嫁を紹介すると言われて待ってたんだけどさ、呼ばれないから来てみればこんなことになっているとはね? 病院への連絡は僕がしているから……ほら、ちょうど来たみたいだよ」


 ピーポーピーポー……


 「あんた……」


 「ふふん、まったく無粋な爺さんだよ。自分の孫を道具にしようだなんて、僕が一番嫌いなことなんだ。事実を知ったからには考えないといけないね。それじゃ、また♪」


 美月にウインクをして去っていく五条をポカーンとして見ていると、やがて救急隊員がやってきて会長を連れて行き、アサギと同じ病院ということだったので付き添いとして美月と仁、敦司が救急車に乗り込み、速水はビルの後始末をするように美月に言われていた。


 「ち、ちくしょー!? かいちょー!!」




 ◆ ◇ ◆



 ――病院


 「……む、ここは……」


 「病院ですよ、おじい様」


 「美月……儂は、倒れたのか……」


 「はい。検査してもらいましたけど、過労でしょうと言っていました。ゆっくり休んでくださいね」


 「……」


 会長は微笑む美月の顔をじっと見た後、口を開く。


 「……目元は霧人にそっくりだな……お前が……付き添ってくれるとは思わなかった」


 「一応、お父さんのおじい様ですから当然です! でも、さっきの件は許してませんからね! 次こんなことをしたら仁さんをけしかけます!」


 そう言って珍しく怒る美月に、目を丸くする会長。


 「仁とはあの理不尽な男か……? ……くっく……はっはっは! 言うようになったわ小娘が! ……ふう……。分かった、今後はお前に近づくのを止めよう」


 「え?」


 「聞こえなかったのか? もう近づくのは辞めると言ったのだ、それが望みなんだろう?」


 「うーん、それはそうなんですけど、私を自由にさせてくれるなら会うのはいいんですよ? お金もお父さんの遺産がありますし。おじい様が私を嫌っているなら会わなくてもいいですけど。困りませんし、さっきも会いたくなかったって言ってましたからね」


 「う、むう……。そうハッキリ言われると……」


 ハッキリとあなたは必要ないと言われているようなものなので、会長が呻くように呟くと、美月は少し微笑んでから口を開く。


 「昔は優しかったのにね、おじいちゃん? ……やっぱりお父さんが死んだから?」


 美月が子供のころ、会長とふたりの時だけは優しかったことを思い出し、そんなことを口にする。すると会長はフッと笑い美月の目を見て話し出す。


 「そうだな。儂とて人よ、孫娘が可愛くないわけはない。だが、他の者の前でわけのわからぬ女の子をと結婚したなど世間体が悪い。それでも霧人が継いでくれれば良いと思っていた。その内、男児を授かる可能性もあったからな」


 「……」


 「だが、事故であやつは死んだ。そうなれば跡取りはお前ひとり。事故は仕方が無かった。だが、女のお前に継がせることはできん。どうしてお前は女だったのだ、と憤慨したものじゃ。……お前が悪いわけではないのにな……それでも、父親に似ている顔を見ると怒声を浴びせてしまう故、会いたくなかったのだ……」


 そう言って目を伏せる会長に、美月はずっと気になっていたことを尋ねた。


 「お友達を遠ざけたのはどうしてですか?」


 「……霧人と同じように、変な男に騙されて消えてしまうのではないかと思ったからだ。五条を選んだのは、グループのためでもあるが、ヤツは真面目な男だ。だからお前を幸せにできるであろうと見込んでのこと」


 全ては自分のためを思って空回りした祖父の暴走だとわかり、美月は盛大なため息を吐いた。


 「はあ……。おじいちゃんはお金を稼ぐ力はあっても人の気持ちが全然わからないんですねえ。お父さんがどうしてお母さんと結婚したのか分かりますか? お互いが好き合っていたからです! おばあちゃんと結婚したのがお見合いだからって息子や孫に押し付けたらダメですよ?」


 「う……。し、しかし、さっきの金髪の若造みたいなのは絶対お前を不幸にするぞ!」


 そう言われて美月は顔を赤くして声を荒げる。


 「せ、先輩はまだそういうんじゃありません! もう……。とにかく、私は知らない人と結婚するつもりはありませんから!」


 「そういうだろうと思ってさらってきたというのに……! ええい、この二階堂 重道、五条に顔向けが出来んではないか!」


 「知りませんよ! 勝手に話を進めたおじいちゃんが悪いんでしょう! 次勝手なことをしたらだーれも知らないところへ逃げますからね!」


 「う、むう……!」


 怒る会長に、珍しく美月も怒りを露わにして言い合いをし、流石に肉親が居なくなってしまっては困ると重道が何と言っていいか図りかねてていると、後ろから声がかかる。


 「そうですね。僕としてもお断りさせていただきます」


 「あ、さっきの」


 美月が振り向くと、そこには扉に背を預ける五条 信也の姿があった。彼はふたりに近づき話を続ける。


 「改めてご挨拶を、美月さん。五条 信也です」


 「あ、これはご丁寧にどうも」


 美月が頭を下げると、会長……重道が不貞腐れた態度で五条へと目を向けて口を開く。


 「……そういうことじゃ。呼びつけてすまんが次に強硬手段に出たらこやつ何をするかわからん。この話は無かったことにしてくれ」


 「まったく。僕が真面目だとわかっていて強硬手段を取ろうとすること自体が間違っているんですよ? 嫌がる女性と結婚、というのはお断りします」


 「そうですそうです! 言ってやってください!」


 「美月ぃ!」


 こめかみに怒りの四つ角を出して顔を真っ赤にしながら美月に怒鳴りつけるが、美月は楽しげに椅子から立ち上がって、開け放っていた扉の横にいた敦司の腕に絡みつく。


 「きゃー♪ 先輩助けてください!」


 「うおお!? 何故俺に!? こういうのは仁さんだろうがよ!」


 「ぐぬぬ……そんな頭の悪そうなヤツを……」


 「いや、そうでもないですよ――」


 「何? 本当か? ほう……」


 五条が重道へ耳打ちした後、敦司の顔をまじまじと見つめて目を細める。


 「な、なんだよ……?」


 敦司が気味悪そうに後ずさると、仁も入口の陰から顔を覗かせ、手を上げてから口を挟む。


 「……とりあえず、あんたはもうミツキに何もしない、ということでいいか?」


 「ふん! しかたないじゃろうが! 貴様のようなヤツが傍に居ってはな! ……腕っぷしか……ふむ、お主――」


 重道が何か口にしようとしたところで、看護師が慌てて廊下の向こうから仁に声をかけてくるのが見えた。確かあれはアサギを見てくれていた人では、と仁が首を傾げる。


 「大変! 神薙さんが!」


 「!? アサギがどうかしたのか?」


 「何かヤバそうな雰囲気だな……」


 「行きましょう仁さん! おじいちゃん、ちょっと待っててね!」


 「あ、おい! 美月!」


 重道の声を背中に受けながら、三人はアサギの病室へと走った!

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