33. 囚われの姫は――


 「……久しぶりだな、美月よ」


 「こっちはまったく会いたくなかったですけどね」


 ビルの最上階。


 16階にある応接室で、高級そうなソファに腰掛けた美月が声をかけてきた会長へ睨みつけながら返答をする。それを聞いた会長は、舌打ちをし、持っていた杖を一度床に突きつけて向かいのソファへと座る。

 その横には美月をここまで連れてきた男、速水の姿もあった。


 「ふん、気の強さは母親譲りか。儂とて会いたくなどなかったわ。しかし事情が変わってな? 五条コーポレーションは知っているか?」


 「……名前くらいは。若い起業家が大きくしたってテレビで言ってましたからね」

 

 「結構。その社長、五条 信也。美月よ、お前はその男と結婚するのだ」


 急に自分の話に変わり、美月は目を大きく見開いて会長を見る。内容を反芻し、美月はカッとなって叫ぶ。


 「私を政略結婚の道具にする気ですか!? 大方グループに恩を売らせるためにとかでしょう? ……嫌ですそんなくだらないことで連れて来たんですか? 私、帰ります。二度と私達に関わらないでください!」


 そう言って立ち上がり、部屋から出ようとする美月の背中に、嫌らしい笑いを張り付けた会長が余裕そうに喋る。


 「良いのかそんなことを言って? 一緒に住んでいるふたりのことを知らんとでも思っておるのか? お前が首を縦に振らなければ、あのふたりがどうなるか……」


 「……!?」


 その言葉にビクッと身体が固まり冷や汗をかく美月。その様子を知ってか知らずか、会長は話を続ける。


 「女とは言え、三叉路の姓を名乗っておるとは言え、お前も二階堂の者。友人は選ばねばな? それにどこの者ともわからん男女を家で一緒に暮らしているなど五条に知られたらどうなるかわからん。殺しはせんが――」


 「やめて! もういい……聞きたくない……」


 「なら首を縦に振れ。そうすればお前のこと、認めてやってもいい」


 ニヤリと笑う会長。


 今まで美月に友達ができなかった理由。それはこの会長の根回しのせいで、お金を積まれた者や脅迫されたものなど被害者は多数に及ぶ。息子が思い通りにならなかった憎しを、孫にあたっていたというわけである。


 「本当に卑怯で大嫌い……!」


 「儂も同じさ。霧人が居なくなった今、お前は跡取りの男を産むだけの存在だ。なあに、儂もまだ70を過ぎたくらいだ。今から産めば成人前には間に合うじゃろう」


 絶望する美月を見て愉快そうに顎髭を触る会長に、速水がにやにやと笑いながら会長へ尋ねた。


 「あの生意気な女はいただいていいんですよね?」


 「お前は美月をここまで連れてきた功績がある。好きにすれば良かろう。どうせ焼け出されて行くところも無かろう。男とは仲が悪いようだし、小金でも渡しておけ」


 「へへ……ありがとうございます」


 「仁さんとアサギさんに手を出したら許さない……!」

 

 「ではどうするか? 明日にはもう、お前は本邸へと移送する。結婚まで家から出ることはならん。そのために、大学を退学扱いにしてもらったのだからな」


 「え!? そ、そんな……!?」


 きちんとした職につくため大学は出ようと思っていた美月は膝から崩れ落ちた。もう、どうしようもない……ここで逃げても仁とアサギに迷惑がかかると、諦めかけていた――


 ――その時だ



 「なんだ?」


 速水の携帯が鳴り、苛立ちながら通話に応じるがすぐに顔色が変わり焦りの声を上げた。


 「そ、そんな、馬鹿な……!? どうしてここが? それよりも! 二階堂グループだと知って何故……!」


 「どうした速水?」


 ただごとならない様子に会長が問うと、速水が目を見開いたまま口を開いた。


 「……お嬢さんを助けにきたと叫ぶ男がふたり、こちらへ向かっているそうです……!」


 「ふたり……まさか仁さんと先輩……!」


 「な!? 警備は何をしている! 警察を――」


 会長が声を荒げるが、そこで美月が遮るように言う。


 「いいんですか? 私、ここまで不本意で来ているんですよ? 警察にどれだけあなたの力が及ぶか分かりませんが、誘拐はまずいのでは? おじいさま?」


 「ぐぬ……! ええい、蹴散らせ! 腕に自信がある者がいただろう!」


 杖を床に叩きつけながら速水へ指示を出す会長に驚きながら、携帯の向こうに居る人物へそれを伝えた。


 「(仁さん……先輩……!)」


 美月は祈るように手を合わせ目を瞑る。


 そんなふたりはというと――



 ◆ ◇ ◆


 

 「おらよ!」


 「ふん」


 「ぐあああ!?」


 「な、なんだこいつら……異様につよ――」


 男達は仁と敦司の進軍を止められずにいた。仁はもちろん、敦司もとんでもない強さでロビーに沸いて出てくる男達を蹴散らしていく。


 「流石に銃とかナイフはもってねえか。映画の中だけだな。仁さん、三叉路は16階らしい。エレベーターで行くぜ」


 「わかった」


 ふたりがエレベーターに向かっていると、ちょうど一階にエレベーターが到着したところだった。


 「おう、ラッキー!」


 敦司がエレベーター前に立つと、仁がすぐにその場から引き剥がす。直後、開いたエレベーターから蹴りが飛んできた。


 「チッ、待っていなかったか」


 「おいおい、三人だけか?」


 「せっかちだねえ。他は酒飲んで寝てるかキャバだよ。お、小僧じゃねぇか、元気?」


 「てめぇ……!」

 

 身体の大きなふたりと、気安い声で声をかけて来た男の三人がエレベーターから降りてきた。敦司は気安い声をかけてきた男を睨みつける。


 「さて、お前等か侵入者ってのは?」


 角刈りでTシャツの男がそう言い、仁が返す。


 「お前達から見ればそうだろうな。悪いが通してもらうぞ?」


 「ほう、この総合格闘技のベスト8に残る俺に舐めた口を聞く男だ」


 「そういや、テレビで見たことあんな……。でも微妙だなベスト8は」


 「ははは! 小僧言うねぇ俺もそう思うわ!」


 気安い男……スーツを着て無精ひげを生やした男が敦司の言い分に腹を抱えて笑い、微妙な格闘家が殺気を噴出させる。


 「いいだろう、おい、俺がふたりともぶっ潰していいか! 分け前はやるよ!」


 「いいぜー。楽できるってもんだ」


 もう一人、金髪の男がひらひらと手を振り言い放つ。角刈りの男は一歩前へ出て指を鳴らす。


 「どっちからでもいいぜ? ふたりがかりでもな!」


 「本物が相手は初めてだな……」


 敦司が汗を拭いながら呟くと、仁が手で制して前へ出る。


 「俺がやろう」


 「いい度胸だ! 一撃で終わらせてやるぜ!」


 「……それはお前が一撃で倒れるからか?」


 仁の言葉にきょとんとしたが、すぐに意味を理解し顔を真っ赤にして襲い掛かってきた。太い腕から繰り出されたパンチは見た目より速く、格闘技をやっているというのが伊達ではないとわかる。一般男性ならすぐにノックアウトされるであろう。


 だが。相手は仁。勇者である。


 「なかなか鋭いな、だが、それだけだ。これなら轟焔将軍の方が何十倍も強い……な!」


 「ぐう……!?」


 「!?」


 「へえ……」


 角刈りの男のパンチが仁の顔面に届く前に、仁の拳が角刈りの鳩尾にささっていた。宣言通り、一撃で沈められた角刈りが膝から崩れて泡を吹いた。


 「い、一撃だと? なんだこいつ……!」


 「言ってる場合じゃあねぇぜ。油断もあったろうが、鍛え抜かれた筋肉は本物だ。真面目にやらねぇと報酬どころの話じゃねえ」


 無精ひげの男が目を細めてそう言うと、金髪も腕組みを解いて構える。その瞬間、仁は胸中で呟いた。


 「(金髪よりこっちの方が手ごわいか? 角刈りが油断していたことをアピールして、金髪も沈めたかったが)」


 すると敦司がしかめっ面で仁の横に立ち、言う。


 「仁さん、この髭は俺にやらせてくれ。仮はかえさねぇとなあ?」


 「小僧、痛い目を見たいか?」


 「……任せるぞ。俺はこの金髪をやる」


 「ぶっ殺してやる……!」


 奇しくも二対二。


 「さっさと倒してあいつを助けねぇとなあ!」


 時間の惜しい敦司が仕掛ける形で戦闘が、始まった。








 ◆ ◇ ◆






 「いっくし!?」


 「おや、リーヨウ風邪ですか?」


 「いや、健康だぞ? なんか俺の噂をしてるんじゃないか?」


 「またまた」


 「それはどういう意味での『またまた』なんだ!?」

 

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