32. 勇者と狂犬、再び
不意打ちじゃなきゃ負けなかったと悔しそうに言う敦司の話を聞き終えた仁。心配は心配だが、やはり無視できない要因が頭にあり、疑問を口にする。
「……一体ミツキは何者だというのだ? ただの誘拐じゃない。そんな気がする」
「あいつがどんなやつでも関係ないだろうが! 助けを求めてるんだ、探しに行こうぜ!」
「しかし……」
アサギを見て口を噤む。ハッとして敦司は俯いてから謝罪した。
「すまねえ……そうだな、アサギさんを病院へ連れて行かねえと……」
「ああ。探しに行くのは構わんが、どこに行ったかわかるか?」
「いや……」
そう言われて、相手の顔くらいしか覚えていないことを思い出し唇を噛む。探しようがないのか、そう肩を落とす敦司に一つ閃きが出てきた。
「いや、主犯の男……名前は速水とかいったな。ほら、仁さん、大学でアサギさんがぶつかった爺さんの横に居たやつだ、その爺さんが誰だか言ってなかったっけか!?」
「……確か二階堂グループだとか言っていたような――」
その時、入り口に気配を感じて仁が目を向けると、そこにはあの海岸で見かけた眼鏡の男性が立っていた。
「あんたは……」
「失礼、玄関が開いていたので勝手に入らせてもらったよ。まあ、元々、美月ちゃんの部屋だから私が入るのは問題ないんだがね」
「てめぇ……何もんだ?」
「そう睨まなくても私は敵じゃない。……一条 敦司君」
「俺の名前を……」
「そうだ。君達のことは調べている。楯上 仁君にそちらの娘、神薙 アサギさんのことも。さて、話したいことはあるが、アサギさんの容体が心配だ、まず病院へ行こう。私の名は蒼冶……四ケ所 蒼冶だ」
そう言って踵を返す蒼冶に、仁と敦司は顔を見合わせた後にお互い頷いて車に乗り込んだ。すぐに病院に到着すると、衰弱しきっていると診断されて治療室へと運び込まれた。
「もうすぐ暗くなるな……」
「ああ……そうだな」
青い顔をしたアサギの手を握りながら生返事を返す仁。そこへ手続きが終わった蒼冶が部屋へ入ってくると、仁と敦司の目を見て語り始める。
「……もしかしたら知っているかもしれないが、あの子の父親は二階堂グループ会長の息子”二階堂 霧人”母親は三叉路 小夜という一般人なのだ」
「野郎の口ぶりから関係がありそうだとは思ったがまさか、な」
「となると、攫ったのは父親なのか?」
仁が尋ねると蒼冶は首を振り悲し気な表情をして返答する。
「違う。彼女の両親は、十年前に事故で亡くなっているんだ。自動車事故でね。だから美月ちゃんを連れて行ったのは、会長……彼女のお爺さんだ」
「亡くなって……? ということは両親がいないのか?」
「ああ」
「なら誘拐まがいなことをしてあいつを連れて行ったのはどうしてだ? 会いに来るか、ただ迎えを寄越せばいいだけだろうが」
憮然とし、納得がいかない顔で詰め寄る敦司に肩を竦めて返す。
「それは美月ちゃんが会長を嫌っているからだ。元々、会長は父親、霧人さんと母親の結婚には反対していたんだ。だが、霧人さん家を出て行くとまで言い出したため会長は渋々許可した。産まれた跡取りが男なら良かったんだが、産まれたのは女の子。男でなければ後は継げないという考えがあった会長は姉さんを叱責した。そして役立たずだと言われ続けた美月ちゃんの気持ちはわかるだろう? 一条君なら」
「……クソが……」
「? それならなおのことミツキを攫った理由が分からないんだが」
「結局、後継者だよ。他の企業と合併することが決まっているんだ。そこの若社長に美月ちゃんを差し出すつもりらしい」
真顔でそう言い続ける。
「海岸ではそのことを告げたんだ。だけど、私の姿を見て、連れ戻されると思ったんだろう。話を聞いてもらえなかったよ」
「あんたは一体なんなんだ……?」
「私は二階堂グループで会長の部下のひとり……だが、元々は霧人さんの部下だったんだ。生前、霧人さんは会長のことを色々言っていたんだ。もし何かあれば美月ちゃんを頼むと言われていました。だから、会長の下で美月ちゃんに被害が起きないよう陰ながら見守っていたんだが……こうなってしまってはもう……」
会長の手が及ぶ前に逃がしたかった、と語る蒼冶。この弥生町にあるビルが二階堂グループのものがあり、恐らくそこから本邸へ戻されて隔離されるであろうと。
「君達にも迷惑をかけた。火事がどうして無かったことになったのかはわからないが、あれも速水の仕業だろう。焼け出されたところを攫うつもりだったに違いない」
「なんだって!? 野郎、そんなことのために関係ない人間まで巻き添えにしようとしてたのかよ!?」
敦司が激高するが、そういうことも厭わないと首を振り、蒼冶は続けた。
「あの部屋はあのまま仁君とアサギさんで使ってくれていい。名義はこちらで変えておく。友達を作ろうとしなかった美月ちゃんがここまで肩入れしたんだ、きっと楽しかったに違いない。アサギさんの治療費もこちらで持つ。ありがとう」
ふたり……いや、三人に頭を下げたところで無言になり、部屋は静かになる。家の問題ならこれ以上は関われないか、と仁と敦司が考えていた時、仁の手がぎゅっと握られた。
「!? お前意識が……!」
「い、行ってあげてよ……美月ちゃん、きっと助けを……待ってる……はあ……はあ……」
「喋るな。しかし、相手は大企業だ。流石に手が出せない……」
「何を言ってるのよう……うぅ……あ、あんたは勇者でしょう? 魔王を相手にするようなやつが、たかが異世界の貴族にびびってどうするのよ……あんたが警察に捕まったら……私も一緒にいってあげるから、さ……。お姫様を助けるのは……勇者でしょ?」
呻きながらそう口にするアサギ。
「馬鹿なことはよせ! 社会的に抹殺されるかもしれんのだぞ!?」
焚きつけるアサギに驚愕する蒼冶。すると椅子から立ち上がった敦司が口を開く。
「なあ、おっさん。さっきあんた、俺ならわかるって言ってたよな? その通りだ。だからこそ、俺はあいつを助けなくちゃならねぇのかもしれねぇな。速水って野郎と、俺を不意打ちしてきた野郎には礼もある。俺は、ひとりでも行くぜ」
「あっちゃん、頑張って、ね……」
「! おい! ……眠っただけか……」
冷や汗を拭う仁も椅子から立ち上がり、カバンを手に敦司に並ぶ。
「蒼冶と言ったか? 済まないがアサギを頼む。敦司」
「ああ、店長と月菜ちゃんにはメッセージ済みだ。直ここへ来るぜ」
仁は頷くと、病室を出て行き、敦司がそれに続く。
「止めろ! お前達、本当に――」
「うるせえ! あんたも三叉路の親父に恩を返したいなら何とかしやがれってんだ! 行くぞ仁さん、ビルの場所は分かっている」
病院を出ると、空にはキレイな満月が登っていた。敦司は携帯を見ながら道案内を務め、二十分ほど走ったところで、駅近くにあるビルへと到着した。
そしてそのまま入口へと近づいていく。
「? なんだ、お前達は?」
「ここにミツキという女性がいるはずだ。返してもらいにきた」
「なんだあ? ガキと陰気臭い男が何の用だ? 会長がいらっしゃってるんだ、お引き取りねが――」
バキッ!
「つべこべ言う必要はねえんだわ。道を開けろ、俺にぶん殴られてくなかったらな!」
「おい、しっかりしろ! 応援を――」
ゴッ!
携帯を取り出した男の横面に仁がカバンから出した聖剣の柄がクリーンヒットし、昏倒する。
(なんだ? どうした? 応答しろ! や――)
グシャっと携帯を踏みつぶし通信を遮断した後、敦司はビルの扉を蹴り抜く。
「それじゃ、いっちょ行きますか!」
「……アサギがあの魔法を使う羽目になったのも、あの爺さんの仕業らしいからな。勇者と狂犬を怒らせたことを……後悔させてやる……」
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