31. 魔王の真相


 「火の回りが早い……! 待て!」


 「とう! 熱っ!? まだ間に合うはず……<フリーザー>!」


 仁の腕をスルリと抜け、キィィン……と、氷の粒がドアノブを冷やし、ドアを開けてアサギが部屋へ入る。間に合うはず、そうアサギは呟いたが――


 「あ、ああ……」


 部屋はもはや火の海と化しすべてが炎に包まれていた。寝ていたソファも、美月のベッドも、テレビも何もかも。


 「あ……! <ブリザイン>!」


 そこで床に転がる狼のぬいぐるみを見つけ、魔法で道を開けて駆け寄ろうとするアサギ。だが、炎の勢いは一度魔法を使っただけではおさまらず、無情にも狼のぬいぐるみは炎に飲まれてしまった。


 「う、うそ……」


 「おい、ここはもうダメだ! 逃げるぞ! ごほ……」


 「嫌……」


 「何を言ってい――」


 振り返ったアサギの顔を見て言葉を詰まらせる仁。アサギの目には大粒の涙が零れていた。この強気な魔王がこんな顔をしていたことがあっただろうか。

 自分と戦っている時も、この世界に放り出された時も、本気で泣いたことはただ一度も無かった。アサギの腕を掴んで固まっていると、アサギがポツリと口を開いた。


 「……私ね、魔王でしょ? お父様たちに溺愛されていた理由、ちゃんとあるの。一人娘ということもあるんだけど、私自身にも秘密が……」


 見たことのない儚げな表情に困惑しながらも、仁は言う。


 「……そんなことは今言わなくていい。ほら、今日ぬいぐるみを買ってきたからそれでいいだろう?」

 

 するとアサギは首を振って仁の手をそっと外す。


 「ダメよ。あの狼のぬいぐるみはあんたが最初にこっちでくれたプレゼントだもの。代わりは無いわ。それに、私たちが過ごした部屋はここだけ。最後になるかもしれないから言っておくね? 私、元の世界に戻りたくなかったの。今から使う力、このせいで魔王としてお父様か、あんたの国の礎としていつかは利用される運命だったから」


 「それはどういう――」


 「あんたの村を襲わせたのは国王。仁を勇者として焚きつけ、私を倒して手に入れるつもりだったから」


 「な、なんだと……!?」


 アサギは両手を天井に掲げて仁に背を向けて続ける。


 「仁のお兄さんは、無事よ。死んだように見せかけて隣の国の魔王に預けたから。あんた、気づいてなかったでしょ? 監視がついていること。本当なら、仁が将軍たちを殺して、私を倒しかけたところであんたを始末。私の身柄を手に入れるつもりだったんでしょうけど。あはは! あんた、将軍たちを殺さないから監視者が城の入口で困ってたわよ!」


 そんな馬鹿な、と仁は思うが、確かに村が襲われた後、兄が勇者として連れていかれたのは早すぎたと思い返す。手際が、良すぎたのだと。


 「今、それを言う必要はない。行くぞ」


 嫌な予感が仁を襲い、アサギに手を伸ばすと、バチっと魔力の壁に阻まれた。全盛期とまではいかないが、相当な力がアサギをまとっていた。


 「お前……その力は!?」


 「言ったでしょ、帰りたくなかったって。あんたと一緒に、美月ちゃんとあっちゃんとずっと暮らしていきたかったなあ」


 そう言って笑った後、


 「ごめんね、仁はいつか帰してあげるつもりだったんだけど……【ディメンジョン・リターン】」


 「待て――」


 魔法かなにかを使ったアサギ。次の瞬間、ぐるぐると目の前が回り、仁はたまらず膝を付く。気持ち悪い頭を振りながら周囲を見ると、空間が色を失ったような状態になり、炎が動きを止め外の様子も静かになっていた。


 そして――


 「ば、馬鹿な……!?」


 仁は驚愕する。


 それも無理はない、部屋の中が、外が、みるみるうちに逆再生の映像のように修復されていくように見えた。しかし、仁はふらふらと立ち上がりながら言う。


 「いや、違う……戻っているんだ……! 燃える前、俺達が出かける前の状態に! こ、こんな魔法が存在するはず。おい、魔王! これは一体どういう――」


 ドサッ……


 仁が目の前に立つアサギに声をかけると、急に周囲は色を取り戻し、アサギは糸の切れた人形のように倒れた。


 「全部元に……おい、しっかりしろ!」

 

 いくら揺すってもアサギは返事を返さず、死んだように眠っていた。最後に呟いた『ごめんね』は一体どういうつもりだったのか。


 仁は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じ、ハッとしてアサギの胸に手を当てて鼓動を確かめた。


 「心臓は……動いている……生きてはいるようだが……」


 ホッとする仁。


 「……だがまだ話は終わっていない、他にも聞きださなければいけない……!」


 窓の外を見れば、野次馬や消防団員が面くらった顔でざわざわしていた。どうやら、あの魔法を使っている間は周囲の時間は止まっているらしい。


 「なんで俺は動けたんだ? いや、それよりも病院へいかねば」


 アサギを抱えて立ち上がり、病院へ行こうとした仁に、さらに恐るべき事態が起こる。それはドアを蹴破るように入ってきた敦司によってもたらされた。


 「よくわからねぇが火事が消えたみてぇだな! それより大変だ仁さん! 三叉路が……連れ去られた……!」


 「何だと!?」


 顔を腫らした敦司が血をペッと吐きながら事情を告げる――



 ◆ ◇ ◆



 ――数十分前



 「ああ……アサギさん……」


 「大丈夫だ、仁さんが連れ戻してくれるって! それにしてもお前の部屋が火事になるなんてな……」


 「はい……。でも、思い返してみると火を扱ってたのは昨日の夜で、今朝は電子レンジしか使ってなかったはずなんです」


 「んだと……? ……放火、にしちゃピンポイントすぎるしそれならゴミ集積場でも燃やすだろうし……」


 そう敦司が呟いたところで、美月の姿がフッと視界の端から消えて敦司は即座に振り返る。


 「……!?」


 野次馬の中に引きこまれる美月の姿が見え、敦司はそれを追う。


 


 「は、離して!」


 美月は路地裏へと引き込まれていた。向こう側には先日攫われそうになった時に見たリムジンが見えていた。抱えて走る男はやはりその時の男、速水だった。


 「やっと隙ができたな……! このまま連れて行く。あの生意気な女も連れて行きたかったが、まさか火事の中にへ突っ込んでいくとは思わなかったぜ」


 「あなたはやっぱり……! まさか、部屋を燃やしたのは!」


 「黙ってついて来ればいいんだよ! 次はお友達が痛い目を見る番だぞ?」


 「ぐ……」


 美月の顔が悔しさと後悔で歪んだ瞬間、速水が吹き飛び、美月が地面に転がった。


 「ぐあ!?」


 「はあ……はあ……大丈夫か三叉路!」


 「美月です! 先輩助けに来てくれたんですね!」


 「当たり前だ! こいつ、この前の……やっぱり三叉路を狙ってやがったのか! てめぇ、目的はなんだ? って、嫌らしいことに決まっているか」


 速水は敦司に怒号を受けながらも立ち上がり、忌々し気な目を向けながら言う。


 「その娘がどういう人間か知らないのか? 話していないならそれでいい。ガキが首を突っ込むな!」


 「ハッ! 友達が困ってるなら助けるもんだろうが!」


 手を伸ばしてくる速水を殴り飛ばし、激高する敦司。


 「こいつが嫌がってるなら、てめぇらは悪い奴らだろうが! こいつが何者かはどうでもいい。俺の友達ってだけで十分だ!」


 「ぐっ……クソが! 強い……! 仕方ない! ……やれ!」


 「何だと? うぐあ……!?」


 「先輩!? きゃあぁぁ!」


 速水が合図した瞬間、背後から殴られ敦司が美月から離れてしまう。その隙に速水が美月を連れて走り出す。


 「ま、待ちやがれ……!」


 「残念だが諦めな。あの娘は友達にするにはちょっと身分が足りないな」


 「!?」


 男に蹴り上げられ呻く敦司。


 「追おうなんて思うなよ? 次は手加減できん」


 「く、そ……」


 咳きこむ敦司が回復するころにはすでに姿が見えなくなっていたのだった。

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