27. 美月を探せ!
「あー……だる……」
「口に出すな。余計だるくなる……」
仁とアサギは昼間からぐったりとし、息も絶え絶えな状態で部屋に居た。
何故か?
「クーラーが壊れるなんて……修理っていつだっけ……」
「明後日だな。それまではこの扇風機とやらで過ごすしかない」
団扇で胸元を仰ぎながらそう言うと、アサギは『強敵』と書かれたTシャツで汗を拭きながら立ち上がり、握り拳を作って叫ぶ。
「こんな時にバイトが無いなんて……! お店ならめちゃくちゃ涼しいのに! あ、そうだ、遊びに行こうよ。今日は美月ちゃんがシフト入ってるから、夕飯と迎えがてらにさ」
ふわぁと、フリーザーを扇風機に飛ばし簡易冷風を作り出しながらそう言うと、仁は即座に反論をする。
「金がかかるからダメだ」
「ぶー。ケチー」
あまり疲れた様子もなくフリーザーを使うアサギに、仁は扇風機の前、アサギの後ろに陣取り口を開く。
「……お前、いくら貯まった?」
「えっと、5万円、くらいかな……あんたは?」
「……18万円くらいだ。俺よりシフトが少ないし、昼間はごろごろしているから貯まってないな」
「い、いいじゃない! でも、それだけあるなら敷金になるんじゃない?」
「できなくはないが、生活費も欲しいからもう少し貯める。だから、酒盛りなどしている場合じゃない」
「ま、確かに。最初のころの、たくあんとご飯だけじゃないだけマシか。でも、出て行くかあ……」
アサギがソファにごろんと寝転がり、天井を仰ぎながら呟く。それを見て仁が尋ねてきた。
「いつまでもミツキに迷惑をかけるわけにはいかんだろうが」
「それはわかってるんだけど、居心地が良いいじゃない? なんか出て行きたくないっていうかそんな感じ」
四か月も済めば愛着も沸くと、部屋を見渡し笑う。だが、
「それに――」
そこで歯切れ悪く一旦口を噤み、アサギは言う。
「――海で見たあの男がどうも、ね。気になるのよ」
「……」
あの日からすでに夏休みが終わる直前まで日にちが経過していたが、あれ以降に男が現れることも、美月が感情を露わにすることもなく、穏やかに過ぎて行った。それこそ夏の夢のように、あれは何かの間違いだったのではないかと思うほどに。
しかし、あの男は美月を、美月もあの男を知っている風な会話だったため口には出さないが気になっていたのだ。
「あの男は何者だったんだろうな。父親にしては若かったし」
「まあ違うわよね。でも気になるのよ、雰囲気があいつらに似ているから」
「あいつら?」
「うん。仁は会ってるから知っていると思うけど、人間の国王や側近ね。一癖がある感じ」
「……おい、国お――」
悪く言われたような気がし、少し機嫌を損ねてから口を開こうとした仁。だが、そこでふと、海で敦司に言われたことを思い出す。
(人間だって犯罪を犯す奴がいるんだ。国王がけしかけた可能性だってあるんじゃねぇかな――)
「……」
「ん? どしたの?」
せんべいに被りつきながらソファに座り直すアサギをジッと見つめ、思い切って仁は尋ねてみることにした。
「お前、どうして人間の村を――」
「あー、やきもきする! 仁、私達今日は休みだし、美月ちゃんを探しに大学へ行きましょう! あの男のこと、聞いてみましょうよ」
話始めようとした仁の声を遮り、にゅっと顔を前に出してからそんなことを言いだした。腰を折られたので、仁は目を細めてアサギへと聞く。
「ふう……しかし大学には入れないんじゃないか?」
「ふっふっふ、そこは考えてあるわ!」
◆ ◇ ◆
「くあ……。クソ暑ぃなおい!」
敦司はひとり課題を終わらせるため部屋でペンを握っていた。だが、ひとり暮らしのアパートにはクーラーが無いため、扇風機で耐えていた。しかし、生ぬるい風をかき回すだけで汗をだらだらとかきながら敦司はごろごろと畳の上で悶え始めた。
「くそ……海は涼しかったな。某ファミレスでも行って課題をするか……」
ピンポンピンポンピンポーン!
「んだよ、うるせぇな!?」
敦司が資料やノートをまとめていると、けたたましくチャイムが鳴り、暑さでイラっとしている敦司はさらにイラっとする。しかし律儀な彼は覗き窓をそっと見た。
「ええー……」
「いるんでしょあっちゃん! ちょっと大学まで行きましょう!」
そこにはアサギと仁が立っており、また面倒ごとかと顔を顰める敦司だった。
◆ ◇ ◆
「すまんな。こいつがどうしても行くと言うから」
「あ、人のせいにする? 美月ちゃんのこと心配じゃないの?」
「あーもう、暑いんだから喧嘩すんじゃねぇよ……。だけど、よく俺んち覚えてたな。一回だけだろ、来たの」
「私の記憶力を舐めてもらっちゃ困るわよ! だいたいのことは覚えているわ! 子供時代のころもね」
そう言ってチラリと仁を見るアサギに首を傾げる。
「? なんだ?」
「な、なんでもないわよ……。さ、あっちゃん、大学へゴーよ!」
「へいへい……。おら! そこのおっさん歩きたばこをすんじゃねぇ! ガキが歩いてたらあぶねぇだろうが!」
「ひぃ!?」
と、いつもの調子で歩く三人はやがて大学へと到着し、学生証を見せてふたりの許可証を手に入れると早速構内へと足を運ぶ。
「さあて、美月ちゃんはどこかしら!」
「学部がそもそも違うから俺ぁ知らねぇな……。サークルとかに入っている感じも無ぇ。そういや、毎回俺のところに来るけど、あいつ本当に友達がいねぇのか……?」
「いそうなところはないのか?」
「図書館くらいかなぁ。とりえず行ってみようぜ」
「ごーごー!」
「まだ昼だぞ?」
「正気か、仁さん?」
そんな会話を交えつつ図書館へと向かうも、美月の姿は無かった。
「ふえー……涼しい……」
「早速くつろぐな!? 探しに来たんだろうが」
「えへー。やっぱ家だと暑くってさ。さて、それじゃ次を探しに行きましょう! 学食とか怪しくない?」
「……そういえばお昼時か。行ってみるか」
「仁さん、腹が鳴ってるぜ……」
いよいよ、美月を探しに来たのは怪しいなと思いつつ、学食へと向かうも発見できず。激安カレーを食べて学食を後にする。
「具が無かったけどまあまあ美味しかったわね」
「そうだな。よく煮込んでいて、二日目のカレーというやつだろう。しかし、次の日のカレーは冷蔵庫にいれておかないと食中毒とやらになるらしいから気を付けないとダメらしい」
「どうでもいい知識を……。それより、どうする? この広い構内で探すのは流石に難しいぜ? というか大学に来ているのか?」
敦司はふたりに尋ねると、仁が答える。
「ああ。今朝、そう言って出て行ったから間違いない」
「なるほどな。なら、もう少し探してみるか」
その後、一時間ほど構内を探索したが美月を見つけることはできず徒労に終わる。三人はどこへともなく歩きながら項垂れる。
「……なんで美月ちゃんを探して居たんだっけ」
「俺が知るかよ……」
敦司が呆れたように言い放つと、アサギが後ろ歩きをしながら口を開く。
「もう帰っちゃったとか? 入れ違いで。うーん……あ! そうだ、あっちゃんあれ、なんだっけ、素魔法持ってないの?」
「……? なんだそれ……?」
「恐らくスマホのことだ。素魔法ってなんだ……」
「ちょ、ちょっと言い間違えただけでしょ! で、どうなの?」
「そういやそうだな。……って、アサギさんあぶねぇ!?」
「ふえ? きゃあ!?」
敦司がスマホを取り出してからアサギの方を向くと、歩いてきていた初老の男性にぶつかっていた。直後、仁がアサギと男性の腕を掴み、倒れるのを阻止した。
「おっと」
しかし、すぐに控えていた男が、男性を仁から引き剥がし怒声を浴びせてくる。
「気を付けろ! フラフラしてえるんじゃねぇ! ……大丈夫ですか会長?」
「問題ないわ。ふん、ぶつかっておいて謝りもせんとは、育ちの悪さがわかるわい」
「あ、ごめんなさい」
「こちらが言ってから謝られてもな」
男性が威圧的にアサギを睨みつけると、仁が目を細めて口を開く。
「……確かにこいつが後ろ歩きをしているのも悪かったが、あんた達は前を向いて歩いていただろ。避けられたんじゃないのか?」
「はあ? 貴様本気で言っているのか? このお方に道を譲れだと? 馬鹿どもが……!」
お付きの男が仁の胸倉を掴みかかると、仁はその手を掴んでギリギリと締めあげた。
「う、うお……!?」
「どこの誰だか知らないが、今のはお互い様だろう?」
「こ、こいつ……!」
男が蹴ろうとした瞬間、初老の男性の激が飛んだ。
「やめい速水! そやつ、できるぞ。お主では手に余る」
「し、しかし会長……」
「良いと言っている。時間が惜しい、行くぞ」
「チッ……」
仁の手から逃れ、アサギを睨みつけながら初老の男性と、速水という男はスッと仁達を避けて構内へと歩いていく。ことが済んだ後、黙って様子を見ていた敦司が背中を見ながら言う。
「……どこかで見た顔だと思ったら、あの爺さん二階堂グループの会長じゃねぇか? なんでこんなところにいやがる?」
「それはなんだ?」
「日本の大企業の一つだ。ITや通信、鋼鉄産業、広告みたいにいくつも事業を持っている会社だな。あの居酒屋が1000軒あっても勝てやしねぇ」
「すごいわね。でも、なんか嫌な感じだったわ」
「魔王と同じは癪だが、同じ意見だ。しかし、ここに何の用があるだろうな」
「俺もそう思ったけどああいう手合いは何考えてるかわからねぇよ。ま、俺達には関係ねぇ。お、三叉路から連絡があったぜ。喫茶店に居ますってよ」
「佐々木さんのところか。行くか」
「うん! こーひーふろーとにしよっと!」
「まだ食うのかよ……」
面倒な場面はあったものの、三人は無事、美月と出会うことができた。海での男の話はすっかり忘れ、先ほどの騒ぎについてアサギがぷりぷりと怒っているのを美月が宥めながら笑っていたが、
「(三叉路……?)」
と、敦司は無理してい明るく振舞っているような違和感を覚えていた。
――そして、その後は何事もなく夏を終えた。さらに季節は秋を越え、冬へと移り変わろうとしていた。
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