26. 夏の一コマ

 ひと騒動が終わり、野次馬が近づこうとしたが仁と敦司の威圧感が凄く、誰一人声をかけてくるものは居なかったのはもしかしたら良かったのかもしれない。

 四人はパラソルのところまで戻ると、本から顔を上げて


 「おかえりなさい。って、アサギさんはどうしたの?」


 「特大魔法を使って気絶したんだ。ちょっと開けてくれるか?」


 はい、と月菜がシートの端に移動し、アサギを寝かせる。美月がタオルを枕にしていると仁がアサギの額に先ほど魔法で出来た氷を乗せていた。


 「あ、仁さん優しいですね!」


 「役に立ったからこれくらいはな。さて、海の中でもう少し魔法を使って慣れよう」


 「あ、俺も手伝うぜ! へへ、さっきの炎の槍凄かったな」


 「あれでも初級クラスなんだがな」


 「気を付けてくださいねー。私達は休憩してますから!」


 美月に見送られ、男二人で海へ向かうと、腰までくらいの場所で仁はライトやアクアスプラッシュといった当たり障りのない魔法を冷や汗をかきつつ休みながら使う。

 それをサメ型フロートを掴んだ敦司が感嘆の声をあげたり、拍手をしていたが、不意に仁へ質問をした。


 「なあ仁さんよ。どうしてアサギさんにゃキツイ態度を取るんだ? 悪い人じゃねぇのによ」


 「……あいつは魔王だぞ? この世界で倒すととんでもないことになるから生かしているだけだ」


 「そうは言うけどよ。本当に悪い人なのか? 向こうの世界で何をしたってんだ?」


 敦司は振り回されてはいるが、決して憎めないアサギに対して仁の態度が硬化していることに納得がいかず、つい語気を荒げて近づく。


 「お前は知らないからそんなことが言えるんだ。あいつのせいで村が襲われたり、魔物が増えたりしたんだ。……俺の村もその一つだ」


 「マジか……。えっと、アサギさんが指示したってのか?」


 「恐らくな。国王に討伐を依頼された時に、周りの者達も口々に言っていた。本来、魔王は国と共存関係にあるものなんだ。だが、あいつはそれを破ったというわけだ」


 渋い顔をして話を聞く敦司。だが、やはりアサギがそのようなことをするとは思えないと口を開く。


 「でもそれって、そいつらが言ってるだけだろ? アサギさんに確認はしたのかよ?」


 「……必要ない。現に俺の村は襲撃された」


 「なーんか納得できねぇ。そんな極悪人が気絶するような魔法を使ってまで女の子を助けるかぁ?」


 その瞬間、ぴくっと耳が動き動きが止まる。敦司は「お?」と思い、追い打ちをかけるように、語りだす。


 「その、国王だっけ? のことを疑うわけじゃねぇが、仁さんをけしかける為に実は国王が仕組んだ、みたいなことはねぇのかなあ。国と魔王が共存関係ってんなら、人間側……国王が魔王を疎んでもおかしくはねぇだろ? もし仁さんが負けても、負傷した魔王なら倒せるから、とか考えていたんじゃねぇかな――うお!?」


 黙っている仁が気になり目を移すと、何とも言えない表情で、睨んでいるのか驚いているのかわからない顔をしていた。


 「……よくそんな考えにいたるものだな」


 「ああ、仁さんみたいな『異世界』の物語ってのは本であるからな。中には魔族より人間の方が悪だって話もあるくらいだぜ? この世界にきてからニュースを見ていると思うけどよ、俺達人間だって犯罪を犯すんだ。仁さんの世界の人間だって、いいやつばかりとは限らねぇだろ? 国王だって人間だ。……ま、俺みたいな恰好をしたやつにゃ言われたくねぇだろうがよ」


 一応、最後は気を使って自分のことを言ってひひひと笑いすいーっと流れていく敦司。それを横目で見ながら仁は頭を冷やし、胸中で呟く。


 「(……そう言われれば、敦司の言うことも一理ある、か? しかし、襲ったのは確かに魔王配下の魔族だった……)」


 そう思いながらアサギ達の方を向くと、なにやら美月と月菜のところにガラの悪そうな男達がいるのを発見する。困った顔で何かを言っているようだが、男達は引かず、美月が手を掴まれたところで敦司に声をかける。


 「敦司」


 「わかってんよ!」


 ふたりがパラソルへ戻り始めたころ、美月たちは―― 



 「いいじゃん、女の子ばかりで本当は男なんていないんでしょ? 酒もあるし、飲もうぜ」


 「大学生なんだろ? へへ、そこで伸びてるお姉ちゃんも可愛いな」


 男がアサギに手を伸ばしたところで、美月がそれをぴしゃりと遮って言う。


 「アサギさんに近寄らないでください! それとあなたたちとは遊びませんからお引き取りください」


 「手を離しなさい。あなたたち、やばいことになるわよ」


 「眼鏡の姉ちゃんも美人だな。ハッ、やばいことなんてあるわけねぇだろ? こうなったら強引にでも連れて行くか」


 「どこへだ?」


 「そりゃもちろん……ってなんだ!? いてて!?」


 美月の腕を取っていた男の頭を鷲掴みにし、無表情で力を入れる仁。


 「てめえ、いきなりなにしやがる! ……ぶへ!?」


 仁に掴みかかろうとした男を、今度は敦司が横から蹴りを入れて、サングラスを上に上げてから睨みつける。


 「こっちのセリフだぜ。嫌がってる女をどこに連れて行こうってんだ! ああん!」


 「ひっ!? な、なんだこの金髪、やべぇ……!」


 「あがが!? 無表情がこえぇよ……!? 逃げるぞ!」


 「あ、こら! 待ちやがれ!」


 だばだばと逃げていく男達を追いかけようと敦司が叫ぶと、美月がそれを止めた。


 「私達は大丈夫ですし、もういいじゃありませんか! それより、また絡まれたら嫌なんで、みんなで遊びましょう!」


 「お、おう、三叉路がそれでいいなら……」

 

 「美月でいいですよ! それじゃ、アサギさんが復活するまでビーチボールで――」


 そう言って浜辺へ飛び出す美月に、毒気を抜かれた仁と敦司はため息を吐きながらそれに応じるのだった。そこから数十分してアサギも復活し、緩やかなビーチバレーが、ただのぶつけ合いに発展するまでそれほど時間はかからなかった。



 ――そんな楽しいひと時も陽が傾き始めたので終わりを迎え、みんなで片づけをしたあと更衣室へと向かう。やはり男達は早いので先に駐車場へ戻り、余ったジュースを飲みながら女性陣を待つ。


 「なんか久しぶりにはしゃいだ気がするな。楽しかったぜ、ありがとよ店長さん」


 「わははは! もっと感謝しいや! ……と、言いたいところやけど誘ったんは美月ちゃんやから、礼はあの子に言い。ま、俺も食材を無駄にせんで済んだしな」


 「……少し出すぞ?」


 「かぁー、気にせんでええって! その代わり明日からお盆や、客がぎょうさん入るさかい、きばって働いてくれや!」


 サムズアップして笑う礼二に、真顔で小さく頷く仁。そんなやりとりをしていると、アサギと月菜が戻ってくるのが見えた。


 「おまたせー」


 「シャワーが気持ち良かったわ」


 そこで美月が居ないことに気付き、仁が声をあげる。


 「ミツキはどうした?」


 「まだ着替えているわ。待ってるって言ったんだけど、先に戻っていいって」


 「そうか」


 「あの子の水着のほかにもパレオとか荷物が多かったからね」


 特にみんな気にした風もなく、のんびりと潮風を浴びながらジュースを飲みつつ美月を待つ。


 だが――


 「……なあ、遅くねぇか?」


 アサギと月菜が戻って20分ほど経ったところで更衣室がある方へ顔を向けて敦司が口を開く。いくら荷物が多いといってもここまで遅いのはおかしいと思ったのだ。


 「……見に行こう。流石に心配だ」


 「そうね。私と仁、あっちゃんで行くわよ。月菜ちゃんは店長とここで待ってて」


 「何かあったらやべぇし、アサギさんも待ってた方が――」


 敦司が気を利かせてそう言うが、すぐにアサギは遮るように返す。


 「馬鹿ね。更衣室で倒れていたりしたらあんた達だけじゃ何もできないでしょうが! さ、行くわよ!」


 「……」


 そういう機転も利くのか、と、仁が目を細めながら後を付いて行く。同時に、なにも無ければいいがと思いながら更衣室へ近づいていくと、更衣室近くにある自販機の陰に美月の後ろ姿が見えた。

 

 「なんだ、着替えてるじゃねぇか」


 「無事で何よりだ」


 「まあ、念のためよ美月ちゃ――」


 三人はホッとし緊張を解いて口々に呟いた。そしてアサギが声をかけようとしたその時、

 

 「私は帰りません!」


 と、今まで一度も聞いたことが無い美月の怒鳴り声が聞こえてきた。驚いてその場に固まるアサギ達。美月の前には眼鏡をかけた、この浜辺にまったく似つかわしくないスーツ姿の男が困った顔で立っていた。


 「しかし、このままというわけにも行かないでしょう? 自宅に得体のしれない男女を連れ込んでいるという報告もあります。まだわがままを言うようであれば、そのふたりにも……」


 「……! 私を脅すつもりですか! あの人のやり方はいつも! ……私は帰りません。お引き取りください」


 「ですが……! ……わかりました、今日のところはこれで」


 スーツの男が眼鏡をくいっと上げながら美月の後ろに目線を移したので、美月がハッとして後ろを振り向く。


 「みなさん……!」


 「や、やっほー……」


 「……お、おう」


 「……」


 三人が恐る恐る近づいていくと、スーツの男は踵を返して歩き出す。途中、一度立ち止まって口を開く。


 「今は私が出向いているからいいですが、業を煮やすとあの方は何をするかわかりません。くれぐれも油断なきよう」


 「……」


 美月はその後ろ姿を無言で、睨むように見つめていた。男の姿が見えなくなったところで、美月がいつもの笑顔でアサギの手を引いて歩き出す。


 「迎えに来てくれたんですね、ありがとうございます! それじゃ帰りましょうか! 店長と月菜さんを待たせちゃいましたね」


 「……あいつは何者だったんだ?」


 「……っ」


 仁の言葉に詰まる美月。そこへ敦司が割って入る。


 「ま、まあ、ナンパか何かだったんだろ? 俺達が迎えに行って良かった。な、三叉路?」


 「美月でいいですよ先輩! そうですそうです、しつこくて困ってたんですよー」


 「え、でも『帰らない』って……むぐ!?」


 アサギがそう口にしようとして、敦司が口を塞ぐ。


 「(やめとけ、人間言いたいことの一つや二つあるもんだ。今はあいつを困らせるな)」


 「(むう……心配だ……)」


 「? さ、早く帰ってお風呂に入らないと♪」


 三人の心配をよそに、美月はいつもの笑顔で車へと戻る。事情を知らない礼二と月菜に笑顔で迎えられ、海水浴場を後にし、楽しかった海水浴はほんの少し陰りを残して終わりを告げた――

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