25. 勇者VS魔王

 ――片づけが終わり、仁達は礼二がビニールシートにスイカをセットするのを遠巻きに見る。やがていそいそと戻ってきた礼二にアサギが言う。


 「なるほど、この棒であのスイカを叩けばいいのね? 簡単じゃない!」


 「くっくっく……異世界から来たアサギちゃん、甘いで。この目隠しを付けてから方向を狂わせてからがスタートや。仁君、試してみてくれんか?」


 「構わんが……」


 目隠しをつけて立つ仁を、礼二はぐるぐると回しはじめた。

 

 「お、お、お……」


 「なにそれ楽しそう!」


 「さあ、いっつしょーたいむや! 勇者仁君、スイカを割るんや!」


 「わ、わかった。うおお……」


 フラフラとスイカに向かおうとした仁に、月菜が声を出す。


 「仁さん、もうちょっと右。あ、左」


 「あはは! もう少し左ですよ!」


 美月も声を出し始め、ようやくアサギも趣旨を理解した。


 「ぷっ、くすくす! 仁、勇者なのに腰が引けているわよ! あ、右よ右!」


 そんな女性陣を見ながら、敦司は顎の汗を拭いながら戦慄していた。

 

 「えげつねぇな。もうスイカを過ぎちまってるじゃねぇか……!」


 「まあ、女の子は怖いっちゅうこっちゃな……」


 やがて、ずべしゃ! と、転んだ仁に腹を抱えて笑いながら、アサギが助けに行く。


 「あははははは! 『そこだ!』じゃないわよ! あはははは!」


 「むう……全然遠いじゃないか……!」


 珍しくムキになってアサギから抱き起される仁にさらに笑いをこらえられないアサギ。イラっとした仁はアサギを抱えてみんなの下へ戻った。


 「ひゃあ!?」


 「わぁお大胆やな」


 「……次はお前だ、魔王。そんなに笑うならやってみるがいい」


 「ふふ、これで私が上手く言ったらどうするつもり?」


 「……しばらく、晩飯はお前の好きなおかずにしてやろう」


 「のった! 美月ちゃん目隠し! カモン――」


 

 こうして始まったスイカ割り。それはもう白熱した。


 「きゃああ!? 全然違うじゃない!」


 海に突っ込むアサギや、


 「うぉらぁ! ……ぐわあああ!?」


 固い岩を殴る敦司に、


 「あーん、惜しかったです!」


 可愛らしく尻もちをつく美月と、


 「……」


 始まった瞬間、ぱたりと倒れる月菜。


 メンツは全滅した。そこへ礼二が不敵な笑みを浮かべて一歩前へ出る。


 「くっくっく……ここで華麗に俺が登場や! スイカ割りの礼二と呼ばれた俺のじつりょ――」


 「そうか、わざわざ叩きに行かなくてもいいのか。魔王、俺を回せ」


 「オッケー!」


 もう一度目隠しをした仁がぐるぐると回され、ふらつきながらも棒を構え、次の瞬間仁は大きく上に掲げ、一気に振り下ろした。


 「むん……!」


 「おおー!」


 美月がポンと手を合わせて驚いた瞬間にスイカがパカリと真っ二つになった。


 「うおおおお!? なんだ、衝撃波かよ!?」


 「あれは仁の必殺技”空斬剣”!」


 「知っているんですかアサギさん?」


 「ええ。剣を素早く振ることで衝撃波を起こし、相手を切り刻む技……。まあ、私には効かなかったんだけど」


 「魔王ってすごいんですね……」


 そんな解説をするアサギをよそに、礼二は膝から崩れ落ちる。


 「お、俺の見せ場が……」


 「あの人たちの濃さには勝てないですって」


 結局、何一ついいところが無いまま、礼二は月菜に慰められていたのだった。




 ◆ ◇ ◆



 「さて、この辺りでいいかしら」


 「そうだな。人影も無いし、ちょうどいいんじゃないか?」


 「どきどきしますね……!」


 「勘違いされる言い方はやめろっての……。で、ここで魔法を使うのか?」


 スイカ割りを終えた後、月菜は読書をしたいとパラソルの下で本を読み始め、礼二は近くで昼寝を始めたので四人は岩陰にやってきていた。部屋の中では小規模の魔法しか使えないので、大きな魔法を使ったらどうなるのかを試したかったのだ。海に向かって放てば迷惑にもならないだろうという打算もあった。


 「とりあえず適当に……<ブリザイン>! あきゃあああ!?」


 ピキィィンと海が凍り、直後、アサギが頭を押さえて転がりまわる。


 「あああ!? 大丈夫ですか!?」


 「ふむ、中クラスの魔法はまだ難しいか? <ファイアギア>! ……おげえぇぇぇぇ」


 「うわ!? きたねぇな仁さん!?」


 ボヒュン! と、炎の槍が飛び出し、海の中へと突っ込んでいく。ジュッという小気味よい音共に蒸気が発生し、仁は片膝を付いて吐いた。


 「うーん、最初のころは大きくない魔法でこんな状態だったからやっぱり慣れてきているのかもしれませんね。まだ魔力はあるんですか?」


 「あいたた……。うん、まだ大丈夫、かな?」


 「回復したらまた使いましょう! 何度も使えばどんどん慣れていくかも!」


 そこに復活した仁が頭を押さえながら美月へ言う。


 「……ミツキ、その、言いにくいんだが魔法を使うと――」


 「?」


 ニコニコしながら仁の顔を見て首を傾げる美月。


 「……頑張ろう」


 「頑張ろうじゃねぇよ!? 今結構死にかけてたろうが!?」


 仁は再び魔法を使う態勢に入り、敦司が突っ込む。そこへ、アサギが口を開いた。


 「あ、あのね、美月ちゃん。これ、結構シャレにならないくらいきついのよ? そんな連続で使ったら死んじゃう……」


 「元の世界へ帰るためですもの! 困難はつきものです!」


 「……ミツキの言う通りだな」


 「あんたは黙ってなさいよ!? ホント美月ちゃんに甘いんだから!


 べしっと頭を引っぱたきながらアサギが文句を言うと、頭を叩かれたことで不機嫌になった仁がアサギの頭を掴んで言う。


 「気安いな魔王。ここで決着をつけるか?」


 「ふん、望むところよ」


 「おい、喧嘩はやめとけよ」


 敦司が呆れたように止めるが、ふたりはバッと離れ対峙する。不敵に笑うアサギ、仏頂面の仁がスッと構えを取る。


 「おい、三叉路。お前止めてくれよ、お前の言葉なら聞いてくれんだろ?」


 「美月でいいですよ! それより、いいからいいから♪ 喧嘩するほど仲がいいって言いますしね!」


 「いや、仁さんはお前に惚れてるんじゃ……」


 「んー、かっこいいですけどね! 助けた恩を感じすぎちゃってるだけなんじゃないかなあと」


 「そんなもんかね……」


 そう言って美月の隣に腰掛け、ふたりの様子を伺う敦司。ちょうどその時、戦いが始まった。


 「はあああ! <ファイアギア>!」


 「とおおお! <ブリザイン>!」


 「おお!?」


 ふたりの気合に当てられ驚く敦司。先ほどと同じ魔法がお互いに向かって飛び出した!


 ドォォォン!


 炎と氷、ぶつかれば爆発を起こすのは必然。


 「チッ……」


 「フッ……」


 お互いの魔法が相手に届かず、仁は舌打ちをし、アサギが笑う。


 そして――


 「ぐああああ……! あ、頭が……!?」


 「きーんってなった!? 今、きーんってなったぁぁぁぁ!」


 ふたりとものたうち回るのであった。


 「……そりゃ、さっきと同じ魔法を使ったらそうなるわな」


 「あはは! ファイトですよふたりとも!」


 無責任な美月の応援が響く中、ぐぐぐ……と立ち上がり、


 「<ライトアロー>」


 「<フリーザー>」


 と、初級魔法でちまちま攻撃し始め、敦司はガクっと崩れた。


 「なんだよ! 全然みみっちぃいじゃねぇか! これならどかんといって散った方が潔いぞ!?」


 敦司の叫びはスルーされ、ふたりはしょぼい戦いを繰り広げた。


 そこでどこからか悲鳴が聞こえてきた。


 「きゃー!? うちの子が!」


 「!」


 美月が慌てて声のする方へ目を向けると、小さな女の子が浮き輪のまま沖へ流されているのを目撃する。


 「いけない! 助けないと!」


 海へ入ろうとする美月を敦司が慌てて止める。


 「止めとけ、素人がいくのはやべぇ! ライフセイバーがいるだろうが!」


 「で、でも!」


 泣きそうな顔で見る美月に困惑する敦司。すると、争っていたふたりがザっと子供の方角を見る。


 「あの距離ならいけるかしらね。その後は仁、頼むわよ」


 「言われなくてもやるさ」


 コキっと首を鳴らし、そんなことを言う仁に敦司が声をかける。


 「まさか助けに行くんじゃねぇだろうな!? 結構遠いから泳いで子供を連れて帰るのは難しいんだ、ここはプロに任せとけって」


 自分も飛び出したい気持ちを抑えているのだと言い、止めようとする。しかし、ふたりの返答は予想外のものだった。


 「大丈夫だ。泳がないからな」


 「へ?」


 「<カースド・ブリザイィィン>!」


 間の抜けた声を上げた敦司に続き、アサギの甲高い声が響き、直後海に向かって氷魔法を放った。


 ピキピキ……


 海がみるみるうちに凍り付いていき、女の子の近くまで一気に凍った!


 「す、すげぇ! アサギさん――」


 チーン


 「……」


 「……」


 急に最大魔法を使い、言葉もなくアサギは白目を剥いて気絶していた。敦司はもちろん、美月もその姿に声も出なかった。

 

 それはさておき、その横では氷の道に仁が飛び乗り駆け出して行く。


 「……冷たい」


 「そりゃそうだろ!? サンダルはいてねぇのかよっ」


 「仁さん頑張ってー!」


 美月の声援に、ぐっと速度が上がりすぐに女の子のところへと辿り着いた。


 「わああ! すごおい!」


 「掴まれ、戻るぞ」


 「うん!」


 女の子は仁に引き上げられると、そのまま元来た氷の道をゆっくりと戻って行く。しばらくすると、氷の道はガラガラとくずれ文字通り海の藻屑となった。


 「おにいちゃんありがとうー!」


 「うむ。こいつのおかげでもあるからきちんとお礼を言ってくれ」


 「きゅう」


 「おねえちゃん大丈夫?」


 「ああ、良かった! すみません何が何だかわかりませんが、本当にありがとうございます!」


 女の子の母親がこちらにきて何度も頭を下げながら女の子を連れて戻って行った。


 「ふふ、良かったですね!」


 少し羨ましそうな顔で親子を見送り、喜ぶ美月。膝にはアサギが目を回していた。


 「もうちょっと騒ぎになると思ったけど、思いのほかとんでもなかったから逆に近づいてこなかったな……」


 「まあ、それなら面倒ごとがなくてもいいだろう。それにしても、最上級魔法を使うとは。俺の予想では少しずつ道を作っていくと思っていたんだがな」


 「子供を助けるのに必死だったんですよ。優しいですよね、アサギさん」


 「……」


 「なんだよ仁さん」


 「いや、元の世界に戻るのに近づいたかと思っただけだ。そろそろレイジたちのところへ戻るか」


 「あ、待ってくれよ。アサギさんを連れて行かねぇと!」


 仏頂面でスタスタと歩いていく仁に、アサギをおんぶした敦司と背中を撫でながら後ろを歩く美月が追いかけていくのだった。

 

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