24. 海! そして海!

 「なんちゅーか、海はそんなに遠く無いのが幸いやなあ」


 「天気もいいし、絶好の海水浴日和ですねー」


 「バーベキューやるで! 俺はそのために今日は休みにしたんや!」


 「……客が来なくて食材が勿体ないって言ってなかったか?」


 「いらんことは言わんでええねん仁君! ……お、見えてきたで!」


 運転席にわーわー言うアサギや仁をシッシと口で追っ払い、礼二はふと横を見て色めき立つ。続いてアサギも目を輝かせてから海側の仁の上に乗りながら叫ぶ。


 「うわー! あれが海? でっかい湖くらいだと思っていたけど、向こう側が見えないじゃない! うわー!」


 「重い……! はしゃぐな!」


 ペッと元の席に力づくで戻していると、後ろでクスクスと美月が笑い、助手席に座っていた月菜が呆れた顔をして肩を竦め、バックミラーを覗き込みながら口を開く。


 「仲がいいわねー。ところで敦司君、大丈夫?」


 「……ぜ、全然平気だぜ……」


 「この距離で車酔いするとは……侮れんやっちゃで……」


 海水浴場は弥生町から20キロ程度の場所なので、車で30分もかからない日帰り旅行のようなものである。しかし敦司は走り出してから立った古墳、もといたった五分で落ちた。


 それはともかく駐車場に到着した一行はわらわらとワゴン車から出て、大きく伸びをする。


 「ふむ、車というのは初めて乗ったが、馬車よりも快適だし速いな」


 「これ、向こうに戻ったら普及させたいわね」


 「あはは。異世界がとんでもないことになりそうですね!」


 「えっと、笑い事じゃないと思うんだけど……いいのかな……?」


 「ほらほら、俺が場所取っといたるから着替えてきいや」


 礼二の提案で仁と敦司、アサギと美月と月菜が分かれて更衣室へと向かう。男の着替えなど簡単なものなので、すぐに砂浜に出るふたり。


 「……大丈夫か?」


 「ああ……足が地に着けばこっちのもんだぜ……。ってすげぇな仁さんの身体」


 「ん? ああ、魔物との戦いは楽という訳ではないしな。ケガもおのずと増えるんだ」


 それもそうだが、鍛え方も凄いと敦司は思う。恐らく本気を出されたら喧嘩自慢の敦司でも勝てないと本能的に悟る。恐らく、路上で組み合った時も手加減をしていたのだろうと。


 「異世界か……。俺みたいな友達もいねぇようなやつはそっちの世界の方が生きやすそうだぜ」


 「どうだろう。確かに敦司は俺に似たところもあるが……両親が心配するだろう?」


 「ま、確かにな。ウチの両親は豪快でな、喧嘩ばかりしている俺を見捨てねぇでくれている。だからいつか報いてやるてぇんだ。それより、そのグラサンいいな、俺もつけとくか」


 「眩しくなくていい」


 何となく会話を切り、お互いのサングラスについて話していると、女性陣がやってきた。


 「おまたせー! あっちゃんサングラスで目が隠れているからイケメン、だっけ? に見えるわよ」


 「やかましいわ!? って、おお……」


 「どうですか!」


 「見せつけなさんな」


 美月がバーンとポーズを取り、月菜が冷静にツッコミを入れる。敦司は三人の水着姿に釘付けになり、サングラスなのをいいことに目線は顔から下へと向いていた。


 「すげえ……」


 「なにがです?」


 「うわあ!?」


 急に目の前に美月の顔が現れて飛び上がった。美月はセミロングの髪をショートポニーテールにし首筋が見えていて健康的な肌を露わにしている。仁もチラリと横目で見ていると、アサギに耳を引っ張られた。


 「……あんた見てるわね?」


 「……なんのことだ?」


 一瞬、ピリッとした空気が流れるが、遠くから礼二の声が聞こえてきたので、全員そちらを見る。


 「おーい、こっちや! 俺も着替えてくるから来てくれー」


 「あ、はーい! (仁さん、こういう時、男性は女性の水着を褒めるものですよ?)」


 「む、そうなのか? ……その、似合っているぞミツキ……」


 「ありがとうございます! ……じゃなくて、アサギさんの水着を褒めるんですよ!」


 「それはいい。ミツキだけで十分だ」


 「なんでよー!」


 「なら、わたしも褒めてくれないのね?」


 「む……」


 思わぬ月菜の言葉に黙り込む仁。アサギに睨まれ、眼鏡ごしの月菜の目が光り――


 「レイジを手伝ってくる」


 仁は逃げ出した。


 「あ! 追うわよあっちゃん!」

 

 「なんで俺が!?」


 「やれやれ」


 「あはは、楽しいですね!」


 と、そんな不穏なやりとりもあったが、礼二が着替えてくると楽しい海水浴が始まった。海辺の近くに張った大きめのビーチパラソルの下で、美月たちは日焼け止めを塗り合い、仁と敦司はサメ型のフロートで大海原へ旅立った。

 

 「そういや仁さんって泳げるのか?」


 「ああ、湖での戦いもあったからな。久しぶりだが――」


 「おおー」


 フロートから離れ見事なクロールを見せる仁に、敦司は感嘆の声をあげる。そこへ日焼け止めを塗り、長い髪をアップにしたアサギが海の中へと入ってきた。


 「冷たいー! 気持ちいいわね」


 「お、アサギさんも来たのか!」


 「もちろん! 仁のやつ、気持ちよさそうに泳いでいるわね……。よーし!」


 勢いをつけて身体を横にした瞬間、


 「ごぼがぼ!?」


 「きゃあ! アサギさん!?」


 一瞬でおぼれた。


 「げほ……ごほ……喉が痛い……」


 「まさか泳げないんですか?」


 「え!? い、いやあねえ。そんなことがあるわけないじゃない! とう!」


 そしてまったく同じ光景を二度、目にすることになった。


 そんなこんなで四人は海ではしゃぎ、月菜はパラソルの下で本を読みつつ、たまに水に浸かるという感じで遊びに遊んでいた。そこで仁が礼二の姿が見えないことに気付く。


 「あれ? レイジはどうしたんだ?」


 「あそこよ」


 月菜が指した先には二人組の女の子に声をかけている礼二の姿あった。これもまた、お約束である。


 「足を踏まれましたね。ダメだったみたいです」


 「残酷ねー」


 「ちくしょー! もうええバーベキューや! 肉を焼くで、手伝いや!」


 「おう!」


 肉と聞いて敦司のテンションが上がり、てきぱきと火熾しなどを始め、美月や仁達も簡易テーブルやお皿、コップなどを広げていく。


 「うまっ!」


 「せやろ? 刺身とかでも使える海鮮に、肉もステーキ肉や! 涙の大放出やでー!」


 「森で野ウサギを捌いて焚火で焼いて食べたのを思い出すな」


 「うさぎさん……やめてくださいよう……」

 

 「成敗!」


 「ぐあ!?」


 美月がぶるりと震え涙目になり、アサギにどつかれて焼肉のたれを派手にぶちまける仁。


 「あはは、アサギさんナイスです!」


 そんなほのぼのとした食事は進んでいく。お酒を飲んで海で泳ぐのは危ないということで今回は見送られたため、アサギのお気に入りのコーラなどで喉を潤す。


 ステーキ、エビ、イカ、ホタテに新鮮な野菜を堪能し、食休みの後はもちろん――


 「スイカ割りや……!」


 「? なんだそれは」


 片づけをしている仁達に、立派なスイカを持って礼二が二カっと笑う。お楽しみはこれからだと言わんばかりに。

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