23. 美女と野次馬


 「あ、いたいた! せんぱーい!」


 「……」


 絶賛不機嫌中の敦司がデパートの入口、アルト前で腕組みをして待っていた。相変わらずの怖い顔に歩く人は目を合わすまいとそそくさと立ち去り、半径3メートルは人が全くいないのですぐに発見することができた。


 「兄ちゃん暑くねぇのか」


 「かー」


 「うるせえ! おら、ちゃんと帽子を被れ! 日陰に入れ! ちゃんと水飲めよ!」


 「わー!」


 「わー!」


 こちらも相変わらず、小学校低学年くらいの兄妹にまとわりつかれ、面倒を見ていた。そこへ美月たちが到着する。


 「誰ですかあの子達?」


 「知らねえ。ここで待っていたら話しかけられただけだ。すぐそこは道路だし、親もどこにいるかわからねぇから見てたんだよ!」


 「大丈夫、分かってますから! 大きな声を出さなくてもいいですよ。それじゃ行きましょう!」


 「えへへー楽しみー!」


 美月はそう言ってアサギの手を引いてデパート内へ突入する。敦司は仁に並び立ち、後姿を見ながら呟く。


 「……なんか、バイト先のメンツで行くらしいじゃねぇか……。なんであいつは俺を呼んだんだ?」


 「さあな。だが、ミツキのやることに間違いはない」


 「全信頼かよ……」


 仁も頼りにならないと思いながらふたりもデパートへ入っていくため歩き出す。


 「じゃあな兄ちゃん! どっちが本命かわからねぇけど頑張れよ!」


 「れよー!」


 「やかましい!? おめぇらも早く帰れよ! ったく、なんなんだ……」


 生意気にもサムズアップをしてニカっと笑う子供達にイラッとしながら美月たちの後を追う敦司。それについていく形の仁。少し前を歩くアサギも一度来た場所ということと、美月がいるためはしゃいでいるように見えた。


 「帰りはソフトクリーム食べてみたいかも」


 「お昼を食べて余裕がありそうならいいかもしれませんね」


 てくてくとデパート内を散策しながら目当てのコーナーを目指す中、女性ふたりはそんな話をする。アサギが発端の話だったので、仁の耳はピクリと動きぼそりと言う。


 「金は貯まってるんだろうな……」


 「だ、大丈夫よ! ……まあ、その、家を出るほどではないけど……」


 「給料が安いのか?」


 「いや、こいつは食べ物に金を使う比率が高いんだ。家賃と光熱費を美月に払ったら後は飯代くらいなものなんだが、こいつ相当食うし、酒を飲む」


 「い、いいじゃない、私のお金だもん!」


 「それだと、いつまでたっても出られないだろうが。ミツキの家にいつまでもいると迷惑がかかる」


 「まあまあ、私は楽しいからいいですよ! ねえ仁さん?」


 「ああ」


 「いや、仁さんは出て行くべきだと思うぜ? アサギさんは女だからいいけどよ、恋人でも無い男が入り浸ってるのはどう考えてもマズいぜ? 仁さんは出て行けそうなのかよ」


 「……」


 冷や汗をかいて黙ると、アサギが笑いながら口を開く。


 「仁はもうすぐ貯まるんだよね? やっぱバイト掛け持ちだと貯まるわねー」


 「へえ、流石だな。いつごろ出るんだ?」


 「まだ検討中だ……いい物件が無くてな」


 目を逸らす仁に敦司はピンときて、仁の肩に腕を回し耳元で囁く。


 「(おい仁さん、あんたまさかふたりと離れたくないから……)」


 「(言うな。魔王を野放しにはできんのだ、俺が居なくなったらミツキに何かするかもしれん。せめて魔王が家から出るまで俺はあのワンルームに居なければならないのだ……!)」


 「(ええー……)」


 絶対、美月と離れたくないんだろうなと思いながら、ため息を吐いた後にアサギの頭に手を乗せて言う。


 「あんたも大変だな……」


 「え? あっちゃんなに?」


 「なんでもねぇよ」


 「ふふ、仲良しさんですね! 仁さんも早く早く!」


 敦司は仁の手を引く美月を見ながら、


 「(あいつも何を考えてるんだろうな? いつもニコニコ、顔も可愛い。そういえば――)」


 「先輩? どうしたんですか?」


 「どうわ!? ……なんでもねぇ、行くぞ……」


 考えを見透かすように目の前に立つ美月に驚いたが、すぐに取り直し歩き出す。


 やがて目的地に到着すると、仁と敦司は自分たちが来てはいけないところに足を踏み入れたと青ざめることになった。


 「これが水着なのね! ってなんか下着みたいじゃない……?」


 「確かに見慣れない人だとそう見えちゃうかも。でも、触るとわかりますけど、素材とかは下着と違うでしょ? 恥ずかしい人はパレオとか――」


 きゃっきゃするふたりをよそに、男性二人は冷や汗を流しながら呟き合う。


 「……下着じゃないか」


 「だよなあ……俺でもそう思うぜ」


 「きわどい……これを美月が着るのか……?」


 「そういうこった。さ、さて、俺ぁ向こうで待ってるから終わったら声をかけてくれ」


 「あ、汚いぞ敦司! 俺も――」


 ガシッ!


 「「な!?」」


 何を着てもいいと思うが、男がこの空間にいるのは恥ずかしい。よく見れば周囲は女性客ばかりだと気づき、そそくさと移動をしようとしたふたり。だが、向こうに居たはずの美月に腕をがっちり掴まれていた。


 「試着するので、どれが似合うか教えてくださいね!」



 ――そして



 「うわ! 美月ちゃん大胆! ビキニ? これビキニっていうの?」


 「アサギさんは黒が似合いますねー。胸もあるし、ワンピース型がいいかもしれませんね? ね、仁さんどうですか?」


 「あ、あああ、いいんじゃないか……?」


 「私は私は」


 「どうでもいい」


 「酷くない!? あっくんどうよ!」


 「え!? 俺!? ……あ、あー、まあ、ちょっと派手じゃねぇか?」


 「そう?」


 試着室の中でくるりと回り、敦司は顔を赤くしてカーテンを閉める。美月も別の水着へ着替えるためカーテンを閉めると、ホッとする仁と敦司。お互い顔を見合わせていると――


 (くすくす……初々しいカップルね? 大学生かしら?)


 (顔赤くしちゃって。目つきは悪いけど可愛いわねえ)


 (男二人とも強面なのに、女の子はめちゃ可愛くない? ダブルデートかしら、羨ましいわー)


 (あたしはああいうワイルドな男もいいわ! あの黒髪の方、サングラスとか似合うわよ)


 いつの間にか注目されていることに気付いた。


 「……早くしてもらえるだろうか……」


 「え? なんですかー」


 結局、そこから小一時間アサギと美月のファッションショーが続き、アサギは黒のハイネックビキニ。美月はモノキニというタイプの水玉模様をした水着を選びご満悦だった。


 「……にまんごせんえん……」


 「おい、しっかりしろ仁さん!? 水着って意外とたけぇんだな……まあ、かっこいいグラサンが買えたからいいけどよ、へへ!」


 美月へ日頃のお礼として支払いをしようとレジに立つと、アサギの分も一緒に出され、パレオや帽子などオプションが付き、さらに自分の水着と支払ったところで、割といい金額になったので白い目をした仁。それに引き換え、サングラスを買ってちょっとテンションが上がっている敦司。


 「あは、ありがとうございます仁さん!」


 「海で一番に見せてあげるわね!」


 「ああ……。ふう、まあいいか」


 心底嬉しそうに笑うふたりを見て、そんなことを呟くのだった。


 その後、テンションの上がった敦司がサメ型の浮き輪やボールにゴーグルなどを買い、売り場を後に。


 お昼を食べ、ゲーセンで美月にぬいぐるみをとる敦司に感嘆の声が上がり、佐々木さんの喫茶店で海についたらどうするかなどを話し解散となる。


 ◆ ◇ ◆


 その日の夜。


 アサギとは美月は居酒屋へバイトへ行くと、敦司の件を話していた。


 「あー、あの目つきの悪い子かあ。行くんやな! ひっひっひ、面白くなってきたわ……!」


 「何かあるんですか?」


 「実は古谷と赤嶺のやつ、行けなくなってしもうたんや。古谷は講習にでらなあかんなって、赤嶺は夏休みくらい実家に帰って来いって言われたらしいわ」


 「あらら、赤嶺さん月菜ちゃんのこと狙っているって言ってたのに」


 「じゃあ私たちと月菜ちゃん、店長だけ?」


 「そうやな! ま、楽しめるやろ」


 何故か嫌な笑いをする礼二にアサギと美月が顔を見合わせて首を傾げていた。


 そしてついに月曜日がやってきた。

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