帰還のために
22. 進捗
「ただいまー……」
「あ、おかえりなさい! クーラー入ってますよ」
「ありがとうー……。それにしてもニホンってこんなに暑くなるの? ファイヤードラゴンの巣がある火山みたいな暑さよこれ?」
「あ、あはは……」
火山はわかるけど、ファイヤードラゴンの巣はきっともっと暑いんだろうなと思いながら麦茶を用意する美月。
仁とアサギが日本へ来てからすでに四か月が経ち、生活にも慣れてきたころ、梅雨からの夏というダブルショックに見舞われ、
「し、死ぬ……」
季節の変化が乏しいエレフセリア出身の仁とアサギはその変化に対応しきれていなかった。仕事は安定し、貯金もわずかだができるようになってきたが、一難去ってまた一難というところである。
しかし、わずかながら分かったことも有る。
「きゃー!? 仁さん!? 冷やしてアサギさん!」
「あいよ! <フリーズ>!」
ヒュォォォ……
「おお……」
「はあ……はあ……」
「……助かった。後はクーラーで涼めば平気だろう」
「だいぶ長持ちするようになりましたね、魔法!」
「まあね! これも慣れよ! げふ……」
そう、魔法が少しずつ使えるようになってきたのだ。
あの日、アサギの言うとおりぶつかり合った力が空間に穴を開けたのなら、同じ現象を出せばいいのでは理論をやってみるため、できるだけ魔法を使って生活をするようになった。
結果、今のように氷魔法を使っても、少し頭痛がするだけでのたうち回るほどではなくなってきた。
「フリーズか……結構使えるようになってきたな」
「まあねー! なんて言うんだろ……使うと馴染んでいく感じ? 魔力がこの世界に合って無いのを合わせようとしているって感じなのよね。だから使えばそのずれが補正されていくみたいな」
「なるほどな……」
仁も聖剣を握り魔力を込めると、果物ナイフくらいの魔力剣が出現する。仁の額には脂汗が滲んでいるが、以前ライトを使った時のように転げまわることは無かった。
「……ふう」
「お疲れ様ー」
美月に麦茶を貰い一気に飲み干す。それを横目に、アサギは頬杖をつき、指先に小さな火を出しながら呟く。
「恐らく魔力の総量が下がってるんでしょうね。この世界に来た頃は考える余裕も、魔法を使うような必要もなかったから気にしていなかったけど、こうやって小さい魔法を使うと、魔力が枯渇するような倦怠感があるもの」
「そうなんですね。おかわりは?」
「もらおう」
にこっとほほ笑みながら麦茶を注ぐ美月が魔法について考えるように口を挟む。
「でも、あまりパーッと使えないのも困りますね。もっと広い場所とかで使ったら魔力の総量があがるとか?」
「有り得なくはないわね。でも、この辺りは……」
「……あの公園くらいしか広場が無い。後は、ミツキの大学か」
「あはは。大学は人目に付きやすいからダメかなあ。うーん……」
「ま、気長にいきましょ♪」
能天気なアサギがそう言ってごろりとソファへ寝転がりテレビを見はじめ、ゆっくりとした時間が流れた。
そんな昼下がりを経て、居酒屋へ仕事に行く仁。
「暇やなぁ……」
「木曜日はこんなものじゃないか?」
「まあなあ」
「たまにはこういう日もいいんじゃないですか?」
本日、木曜日は大変暇だった。スタッフは仁と月菜、そして礼二だけであるが、これでも余るくらい人が来ないため駄弁る時間があったりする。
「月菜ちゃんはもう夏休みなんやろ? どっか遊びにいったりせえへんの?」
「うーん、わたしは就職活動は終わっているんですけど、友達はまだ内定が決まってないんですよねー。だから冬まで遊びはお預けだと思いますよ」
「就職活動……。ミツキが言っていたが、相当苦しいものらしいな? ギルドの試験よりもつらく険しいものだと聞いた」
「え? い、いや、ギルドの試験が何か知りませんけど、きちんと通っていれば受かると思いますよ?」
「そうなのか? ミツキによると試験に落ちると奴隷のような仕事しかできなくなると聞いたが……。ブラックとか言っていたか」
「そんなことはありません! もう、美月ちゃん何を教えているんだろ……」
月菜が困惑顔で呟くと、腕組みをして考えていた礼二が不意に口を開く。
「せや! 店のみんなで海にいかへん? 8月に入ったばかりやし、海水浴日和やろ! 車はワゴン出すからみんな乗れるで!」
「海水浴?」
「あ、いいですね。店長とわたし、美月ちゃんとアサギさん、仁さんに古谷君と赤峰さんですね」
「せやな。仁君、帰ったらふたりに言うてくれんか? 月曜日に海水浴や!」
「よくわからんが、分かった」
毎週月曜日は定休日なので、礼二はその日を提案したのだ。結局その日は客足は伸びず、礼二はトホホ顔で閉店すると『頼んだで!』と仁に声かけていた。
「戻ったぞ」
「おふぁえりー」
早足で仁は家へ戻ると『仁義』と書かれたTシャツを着てソファで寝転がっているアサギが片手を上げて出迎えてくる。
「また薄切りのじゃがいもを食べているのか」
「ポテチね。美月ちゃんがお風呂入っているから、ごはんはもう少し待ちなさいよ」
「ああ」
ぶっきらぼうに答えて仁は適当に座ると、しばらくして美月が風呂から出てくる。
「あ、おかえりなさい仁さん!」
「ただいま。今日、礼二からふたりに次の月曜日に海水浴へ行かないか、と言われたんだが、どうする?」
すると、美月が笑顔でポンと手を叩きながら言う。
「海! いいですね! 私、最近海とかプールに行ってないから楽しみです! もちろん行きます!」
「私も行ったことがないから気になる! 仁も無いわよね?」
「そうだな、俺達の国は内陸だったから湖くらいしかなかったし、気にはなる。では、礼二にはそう言っておこう」
「あ、私とアサギさんがシフトだから伝えておきますよ? ……そうだ! 先輩も連れて行こう! 古谷君と赤嶺さんがいるから男性同士友達になれるかも」
いそいそとスマホを片手に敦司へとメッセージを打っていた。その直後、着信音が鳴り響く。
「あ、先輩! そう、そうです……はい、多分大丈夫――え? いいじゃないですか、行きましょうよう」
甘えた声を出す美月に、電話の向こうで敦司が焦っている様子が目に浮かぶようだと仁は少し羨ましく思いながら見ていた。
「……魔性の女ね、美月ちゃん……幹部に相応しい……」
「なんだそれは」
ごくりと唾を飲み込むアサギに首を傾げつつ、仁は風呂へ向かう。電話を終えた美月は上機嫌でアサギの手を掴んで言う。
「明日はお昼からデパートへ行きますよ!」
「ふえ?」
「水着、買わないと!」
図らずも明日の予定が決まる一行であった。
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