21. 四人
「へえー、仁さんがそんなことを! 私も欲しいなあ」
「えへー。美月ちゃんも今度行きましょう!」
「……働け」
今は夜。場所は居酒屋。そしてはっぴを着たアサギと、テーブルに座る美月が話している。そう、仁とアサギはあの後一度家へと帰ってから仕事へ行き、美月はお酒を飲みにお店へと来ていたのだ。
もちろん――
「……なんで俺はこんなところにいるんだろううなぁ……」
「こんなところとはなんや。ほれ、から揚げとたこわさや」
「あ、ども」
「でも、美月ちゃんがあっちゃんを連れてくるとは思わなかったわ。大学で?」
アサギが敦司の前に生ビールを置きながら言うと敦司が返す。
「そうだよ……。昼の講義が終わってから適当にぶらついて、ここに引っ張られて来たんだぜ? 強引な女だ、ったく……」
「お友達になりましたからね!」
「へえ、良かったじゃない。あっくん友達いなかったんでしょ? あ、私も友達になってあげる! ねー、仁もいいでしょー?」
「勝手に決めんな!? 友達いらねぇっつってんだろ! なんなんだこの女達……助けるんじゃ……いや、それは寝覚めが悪ぃ……」
ぶつぶつと、やはりいい人発言をする敦司にのそりと厨房から刺身の盛り合わせを持ってきた仁がサラリーマンのテーブルに置きながら口を開く。
「アサギ、店長、仕事をしてくれ。今日はハヅキもフルタニも居ないんだから」
「あれ? 古谷君どうしたんです? 言ってくれればヘルプに入ったのに」
「ああ、レポートが終わらん言うて休みにしてくれ言うてな。まあ、今日は水曜やし、アサギちゃんも仁君も最近は頑張ってくれているから余裕やと思ったから頼まんかったんや」
店長の礼二はカラカラと笑いながら、他のテーブルの注文を受ける。アサギも飲みものの注文をテキパキとこなし、せわしなく働き始めると敦司はまた美月とふたりになる。
「……あのふたりすげぇな。異世界から来たってのに、そんな感じがしねぇ」
「ですね。私も最初はコスプレしたカップルかと思いましたからね。仁さん、鎧着てましたし」
「マジで? それは逆に見たいぜ。そういや、なんであのふたりを助けたんだよ? お前にメリットなんざねぇだろうによ」
敦司は頬杖をついてから箸で美月を指しながらふと気になっていたころを尋ねる。昼間、にこにこしながら食堂で一緒にご飯を食べ、一緒に歩いていた美月に少し興味が湧いたのだ。
美月は口に指を当てて、天井を見てから口を開く。
「んー……。大した理由じゃないですよ? ほら、私も友達が居ませんし友達になれそうだなって思ったからです! (それに私のことを知らないでしょうから)」
「ん?」
美月が最後に呟いた声は聞き取れず、聞き返すが、
「いえ、なんでもありません! ほら、飲みましょう飲みましょう! ほら、から揚げどうです? あーん」
「ひとりで食える!? 勝手に食え!」
美月がテンション高く話しかけてきたのでその機会を失った。するとそこへ怖い顔をした仁が現れる。
「敦司とか言ったか。ミツキに怒鳴るな、彼女は命の恩人。仇為すなら――」
「おう!? びっくりした!? 待て待て! 俺ぁ助けた側だろうがよ!? それにこいつから友達って言ってきたんだぜ? 仁さん、そこんところ間違ちゃ困るぜ」
いつの間にか後ろに立っていた仁が呟き、敦司が飛び上がって驚き振り返って反論する、すると仁が顎に手を置いてゆっくりと頷く。
「……確かにそうだな。ミツキ、帰るのは一緒にするか?」
「はい! 三人で帰りましょう! 仁さんとなら安心ですし」
「ああ。もう少し待っていてくれ」
そう言って厨房へ戻って行く仁を尻目に敦司が呟く。
「……あの人、お前に惚れてるんじゃねぇか?」
「あはは! それはないですよ! 仁さんかっこいいですけどね! あ、先輩もかっこいいですからね!」
「そらどうも……」
結局、夕飯兼酒盛りを平日の水曜日からやったことに罪悪感を覚えながら敦司は生ビールを飲む。異世界人もたいがいだが、今日友達になった美月もどういうやつなんだ? と、酔った頭でニコニコ顔の美月を見つめるのだった。
その後、適当な話、というより美月が一方的に敦司のことを聞いていた。敦司はこの弥生町に大学へ通うために住んでいるということ、兄弟はおらず、ひとりだということ。
「地元にも友達はいないんですか?」
「だから聞きにくいことを……。高校までは俺のことを知っているやつはいくらでもいたから、んなことあねえよ。こっちには誰も来なかったから一人ってだけだ」
「なるほどー。将来は何になるんですか?」
「は? ああ、そういうのも考えないといけねぇか確かに。でも、やりたいことはねぇんだよな……」
「ふふ、でも先輩なら頭もいいし、大企業に就職できたりしそうですよね。二階堂グループとか」
「あのクソでかい企業か? 俺みたいな金髪ヤンキーにゃあわねえよ。ま、適当に考えるさ……」
「行けると思うんですけどねー」
そんな話をしながら、やがて仁とアサギの仕事も終わり、四人は居酒屋を後にする。敦司は家へ帰るため、分岐で別れる。
「じゃあな」
「また大学でー!」
「できれば勘弁してくれ……」
うんざりとした顔で去っていき、三人はワンルームへと帰っていく。美月、アサギの順でお風呂に入り、今は仁が入浴中である。
「わ、可愛い! 親子の狼さんですね!」
「でしょー! 迷子にもっていかれた熊のぬいぐるみも良かったけど、仁が取ってくれたからこっちの方が嬉しくて!」
「いいなあ」
「……美月ちゃん、仁のことどう思っているの?」
羨ましい、という顔をする美月にアサギは緊張な面持ちで尋ねる。だが、返答はアサギの思うものではなかった。
「んー。どちらかといえばお兄ちゃんに近い感じですかね。ああいうお兄ちゃんがいたらいいなあってずっと思ってましたし」
「兄妹はいないの?」
「……はい」
一瞬、沈んだ顔をしたような気がしてアサギが訝しむが、すぐに顔を上げて美月は言う。
「あはは! 大丈夫、兄弟はいないだけで死に別れたとかじゃありませんからね?」
「そう……?」
笑いながら狼のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、美月はアサギに微笑むのだった。何か声をかけようとしたその時、
「さっぱりした……やはり風呂はいい……」
そんなことを言いながらぼんやりとした顔でお風呂から出てきた仁に、ふたりは顔を見合わせて笑う。
「なんだ? なにがそんなにおかしいんだ?」
「なんでもないわよ!」
「ですね! あはは、こんなお兄ちゃんなら大歓迎だと思いません?」
「ちょーっと仏頂面が困り者だけどね」
「???」
仁にはなんのことかわからず首を傾げるが、ふたりは心底楽しそうに話すのであった。
――そして、騒がしい日常がさらに三か月。季節は春から夏になろうとしていた。
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