20. 魔王アサギ
「あ、あー! もうちょっと右じゃない!?」
「いや、これでいいはずだ」
ウィーン……
「おお! ……あー! もうちょっとだったのに!!」
「くっ……」
バシバシと背中を叩くアサギに構わず、仁はコインを投入する。
「今度こそ! お願いっ!」
「さっきからあのカップルうるさいな……」
「いいじゃない、ラブラブなのよきっと」
そんな周囲の目も気にならない程、ふたりはUFOキャッチャーにはまっていた。すでに金額は2000円を超えており、節約者である仁はここでようやく気付く。
「くそ。もう100円が! ……しまった……」
「どうしたの?」
「……使いすぎだ、今日の晩御飯の食材を買うお金が減ってしまった」
「あ……」
その言葉にアサギも肩を落とす。ぬいぐるみも取れず、晩御飯がまたたくあんのみになるのだというダブルショックは地味に辛い。
それでも――
「私、やるわ。このまま引き下がったら魔王の肩書が泣く……!」
「本気か……?」
仁の問いに小さく頷くアサギ。
(そんなに深刻なこと……?)
(シッ、面白いから見ていようぜ)
(あの子可愛いなあ)
野次馬が集まり始めふたりの結末にご執心。そんな様子に気付きもせず、冷や汗をかきながら不敵に笑い、アサギは100円を投入する。
「……」
「……」
ピロピロ……
アームが右へ、そして上へと移動する。
「……今!」
ウィーン……
アサギの気合いとは裏腹に、アームがゆっくりと下がっていく。そして三本の爪が、熊の首と腕、そして股の間に挟まった。
(おお!)
(あれ行ったんじゃない!?)
キリキリと持ちあがり、熊を持ち上げる。野次馬達も色めき立ち、ざわざわと騒ぐ。アームはガッチリと熊を掴んだまま――
ゴトン……
取り出し口へと落下した。
「やった……。やったぁ!!」
「こら、くっつくな……。力強いな……!?」
仁の首に腕を回し抱きつくアサギを引き剥がそうとするが、飛び跳ねて喜ぶアサギにとりあえず好きにさせておくかと憮然とした表情のまましばらく待つ。やがて落ち着きを取り戻したアサギは取り出し口から熊を取り出し、ぎゅっと抱きしめた。
「んふふ、ふかふかね! 私たちの世界にいるデッドリーベアに似てない?」
「……言われてみれば」
結構凶悪な魔物である熊型の魔物と言われ妙に納得してしまう仁。しかし、ふと壁にかかっている時計を見て仁が呟く。
「とりあえず満足したか? もうこんな時間だ、一旦帰ってから仕事の準備をしよう」
「あ、そうね」
(終わりみたいだぞ)
(行くかー……羨ましいカップルだったな……)
(あたしも取ってよー)
(はいはい……)
移動を始めたふたりを見て、野次馬も散っていく。一部始終を全て見られていたことなづ露知らず、出口へ歩いていた時それは起きた。
「ふへへ、美月ちゃんに自慢しようー」
「うらやましがるとは思えんがな」
トン……
ギュ
「ん?」
「ぱぁぱ……じゃない……」
急に足元を引かれた仁が下を向くと、小さな女の子が仁の顔を見上げてそう呟く。
「なんだ? 子供か?」
仁が目を細めると、自覚は無いがその顔が怖くなる。瞬間、女の子は目に涙を溜めてから、
「ううう……ぱぁぱ、どこぉぉ!! うええええええん」
「うお……!?」
「あらら」
火が付いたように泣き始めた。逃げようとしたが、服の裾をつかんで離さないため、焦る仁は慌ててしゃがみ、女の子に声をかける。
「お、おい、泣かないでくれ……。親はどうしたんだ?」
「ああああああん! ぱぁぱー!」
「くっ……困った……」
周囲を見るが、一瞬人と目が合う人はそそくさとその場を立ち去る。面倒ごとに巻き込まれたくないということだろう。見かねたアサギが熊のぬいぐるみを女の子の前に持っていき声をかける。
「ほらほら、泣いてたらぱぁぱも困るよー」
「ぐす……くましゃん……」
するとすぐに泣き止み、熊のぬいぐるみに抱き着いてもふもふしはじめた。そのまま女の子にアサギは質問をする。
「君はどこから来たのかな?」
「……たぶん、あっち……」
「それじゃ魔王の私と一緒にぱぁぱを探しましょ! そのデッドリーベアを持っててね」
「うん!」
アサギは女の子と指さした方角へ歩き出す。その間仁は呆気に取られたままやりとりを見ているだけだった。
「……」
「ぱぁぱとね、ソフトクリームを食べにきたのー」
「なぁにそれ?」
「おねちゃ、しらないのー? あれ!」
「白いうんこ……?」
べち!
「いらんことを言うな」
「いったぁ……」
熊のぬいぐるみを抱いたままにこにことアサギに話しかける女の子とデパート内をうろうろしていると、
「ああ! 見つけた!」
「ぱぁぱ!」
女の子の父親が見つかったのだ。酷く焦っており、必死で探して居たことが伺えた。父親は駆け寄る女の子を抱きしめ、アサギ達を見る。そこで女の子がふたりを見ながら元気に声を上げた。
「おねちゃとおにいちゃが遊んでくれたのー!」
「そうでしたか……すみません。ご迷惑をおかけしました。茉莉、この熊のぬいぐるみはどうしたんだい?」
「あ、それは私が貸したぬいぐるみよ」
「そうなんですね。ほら、お姉ちゃんに返しなさい」
「やー! くましゃん連れて帰るの!」
「お姉ちゃんのだろう、ほら離しなさい」
「やー! うえええええ!」
また泣き出してしまい、父親が引き剥がそうとしてもしっかり抱いて離さず困る。そこでアサギは微笑みながら父親へ言う。
「あー、気にいっちゃったみたいだからいいわよ、あなたにあげる。その代わり私と約束」
「やくそく……?」
「きちんとお父さんの言うことを聞いて、いい子にするのよ? 勝手に離れたらダメよ? もし破ったらその熊を取り戻しに行くからね?」
「うん! やくそく!」
「よし! 魔王との約束!」
指切りをしてアサギは女の子の頭を撫でて笑う。その間、父親は仁のところへ赴き、そっとお金を差し出す。
「(少ないですが、受け取ってください。あの子が他人にあんなに懐いて言うことを聞くなんて滅多にないことでして。よほど楽しかったんでしょう)」
「(いや、俺は何も……)」
「(ぬいぐるみ代と思って彼女に何か買ってあげてください)それじゃ茉莉、行くぞ」
「うん! おねちゃ、おにいちゃばいばーい!」
「ばいばーい!」
アサギが手を振り、女の子も熊のぬいぐるみを大事そうに抱えてご満悦の表情で何度も振り返りながら手を振っていた。やがて姿が見えなくなると、アサギは盛大にため息を吐く。
「はあー……デッドリーベア……せっかく取ったのになあ……」
「なら返してもらえばよかっただろう?」
「小さい子から奪えるわけないでしょうが……」
その顔が心底そう思っているようで、仁は少し不憫だと思いながら、ポツリと口を開く。
「……村からは略奪をするのに子供からは奪わないのか?」
「え……?」
「いや、なんでもない。……ちょっと来い」
「あ、ちょっと!?」
珍しくアサギの手を引き歩き出すと、フードコートの椅子に座らせる。適当にクレープとコーヒーを注文し、仁はアサギへ言う。
「ちょっと腹が痛い。トイレへ行くから待っていてくれ」
「あ、うん。大丈夫?」
「すぐ済む。動くなよ」
アサギが頷くのを見て仁は歩き出す。トイレではなく、ゲームセンターへ。
「……もらった金は五千円……あいつにできて俺ができないはずはない」
落胆ぶりを見て、仁はもう一度熊のぬいぐるみを取りにきたのだ。軍資金は父親にもらったお金である。
「これは子供をあやした礼だ……。ミツキにもいい報告ができるからな」
自分に言い聞かせるように呟き、先ほどの場所へと訪れる。しかし、熊のぬいぐるみはどこにも見当たらず、仁は焦る。仕方なく先ほどルールを教えてくれた店員へと声をかけると、
「ああ、さっき全部無くなりました。彼女さんの喜びっぷりが良かったみたいで、カップルがこぞって取って行ったんですよ」
そう言われ、もうここには無いのだと悟る。
「そうか。無いなら、いいんだ」
仁がそれなら仕方ないと、踵を返し立ち去ろうとした瞬間後ろから声がかかる。
「兄ちゃん、ぬいぐるみが欲しいのか? なら、新商品にチャレンジしてみねぇか?」
「あ、店長」
「新商品……?」
現れたのは40歳くらいの少々小太りの男性で、店員から店長と呼ばれていた。店長、ということは居酒屋の礼二と同じなので偉い人だろうと仁は即座に判断する。そして店長が仁を呼ぶのでそこまで行く。
「こいつだ。熊のぬいぐるみも良かったが、こいつも可愛いだろう? 彼女にやるんならいいと思うぜ!」
「ふむ……」
彼女ではないと言いたいが、そこは今問題ではないと改めてUFOキャッチャー内のぬいぐるみを見る。それは狼のぬいぐるみで、首に赤い布を首輪代わりにつけているものだった。背中には同じく、青と黄色の布がかけられている子犬のような狼のぬいぐるみがくっついていた。
「(大きさは子犬と合わせれば熊と同じくらいか? どことなくシルバーウルフにも似ているし、これならいいか……)」
仁はすっと100円を取り出し、投入する。
「あいつに取れて俺に取れないはずはない――」
◆ ◇ ◆
「待たせたな」
「おっそーい! ……って、それ、狼? わ、可愛いー! 子供もついてる!」
アサギは仁の持っていた狼のぬいぐるみを見て歓喜の声をあげた。仁はそのまま突きつけるようにアサギの胸元へ押し付けた。
「やる。熊じゃないが、これでいいだろう。いらんならミツキにやる」
「へ? ……うん……うん! これでいい! ありがとう仁!」
「……」
狼のぬいぐるみを抱えて満面の笑みを浮かべるアサギであった。
一方の仁は、無邪気な魔王に困惑していた。
「(こいつ、一体どういうやつなんだ? こいつのせいであちこちの村は略奪され、人が死んだ。だが――)」
◆ ◇ ◆
「良かったんですか店長? 一発で取らせて」
「構わんよ。さっきあいつの彼女が泣いている小さい子にくれてやってたのを見てたんだよ、俺。それを彼氏の兄ちゃんがもういいかい取りに来たんだろう。いい話じゃないか。さっきもそれなり使ってたみたいだし、たまにはな」
「ま、あのふたり、見ていて飽きませんでしたけどね」
バックヤードでタバコを吸いながら、ゲームセンターの店長と店員はそんな話をするのであったとさ。
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