19. 仁とアサギのお出かけ


 美月が敦司にとんでもないこと……いや、友達になりたいというだけだからそうでもないことを言っているそのころ、仁とアサギはショッピングへ出かけていた。

 

 「あんまり人が居ないわねー」


 「昼間ぐうたらしているお前にはわからんだろうが、基本的に昼間は働いている人が多いんだ」


 「そんないい方しなくてもいいじゃないー。あ、これいいわね」


 相変わらず冷たい物言いをする仁には気にも留めず、アサギはウィンドウショッピングをする。お金は美月が貸してくれたので少しくらいなら無駄遣いができると喜んでいた。


 「チッ……」


 「ほらほら、これとかあんたに似合うんじゃない?」


 面倒くさいとばかりに舌打ちをする仁に、アサギは手に持っていたサングラスをひょいっとかける。強面の仁がかけると、敦司と同じくらい近寄りがたい存在となる。


 「ぷぷ……。怖っ! あははは! 超怖いんですけど」


 「……こいつ……!」


 仁がぷるぷると震えていると、あちこちからくすくすと笑い声が聞こえてきた。仁はすぐにサングラスを戻し、アサギの手を引いて歩き出す。


 「あん! そんなに急がなくてもTシャツは逃げないわよ。向こうの世界に帰ったら、Tシャツを作って売るのも面白いかも!」


 「そんな心配はしていない。さっさと用事を終わらせて帰りたいだけだ」


 仁はぶっきらぼうに言い放つが、言葉の中に気になるものがあったので、立ち止まってからアサギの顔をじっと見て呟く。


 「……お前、帰れるつもりでいるのか?」


 「え? そうだけど? 私達の故郷なんだし、いつかは帰りたいわ。あんただってそうでしょ?」


 「……」


 仁は意外だと胸中で思う。それくらいこの世界に馴染みつつあるアサギは、このままこの世界で暮らしていくつもりだろうと思っていたからだ。さらに仁へ追い打ちをかける言葉が放たれる。


 「私とあんたの戦いで変な穴が開いたんだから、同じ状況を作ればまた開くかもしれないじゃない? 魔法を使うと頭が痛くなるから嫌だけどさ」


 「……!?」


 ここで初めて動揺を見せる仁。

 具体的な帰還方法をきちんと考えていたアサギに対し、自分はなんの具体策も考えていなかったのだと気づかされたのだ。

 しかし、そんな考えを魔王に感づかれるのは恥ずかしいと、目を背けてからアサギへ言う。


 「……そうだな。俺もそう思っていた」


 「やっぱりー? だからあんたとは、は、は、離れたくないのよ!」


 (なるほど、打算があってのことか)


 顔を真っ赤にして興奮しているところを見ると、やはり魔王は油断できないなと思う仁。そんな会話をしながら、目的地へ到着する。


 「いつもと違う店……?」


 「うん。デパートっていうらしいわよ? ここなら色々あるから退屈はしないって美月ちゃんが言ってたわ!」


 美月が言うならそうなのだろうとデパートを見上げる仁。そこには店の名前であろう『アルト』という文字がでかでかと書かれていた。

 このデパートは弥生町でも一、二を争う大きなお店で全国展開もしているため知名度も高い。なので待ち合わせに使われることも多く『アルト前』と言えばだいたい通じるくらい有名なお店である。


 そんな巨大な店に人が多くないわけはなく、入って一分ほど経ったところでアサギは仁の後ろについて袖を掴んでいた。


 「歩きにくい……離れろ」


 「嫌よ! 男の人が多いんだもん!」


 「だもんはないだろう魔王……。そういえば、女性は平気なのか?」


 美月とは公園ですぐ打ち解けていたことを思い出し聞いてみると、アサギはこくりと頷き答える。


 「そりゃあ同姓は当たり前でしょ。ほら、最初の夜にあったおっさんとか怖いわ……」


 「しかし、敦司とは意気投合していたじゃないか?」


 「あれは助けてくれたからね。あんたとおな――い、いや、なんでもないわ!」


 あっぶな、と小さく呟くのが聞こえたが、仁には聞こえずそのままデパート内を散策するふたり。目当ての洋服売り場を発見すると目当ての『鉄槌』Tシャツを購入し、同時にその場にあった『無頼』というTシャツも購入。ホクホク顔で洋服屋を出るアサギ。


 「用事も終わったし帰るか」


 「えー!? この中上の階もあるし面白そうじゃない! まだ時間もあるし、いいでしょ?」


 「……はあ」


 「露骨なため息!?」


 仁は面倒だと思いつつも、アサギの弱点を探るチャンスでもあるかと考え直し行動を共にすること決める。アサギが手を引きあちらこちらへとウロウロしていると、デパート内でよくあるタイプのゲームセンターを発見した。


 「おー、なんかガチャガチャうるさいところー!」


 「まったくだな。ここはなんだ……?」


 「おおお!」


 辺りを見渡していたアサギが急に走り出し、とあるUFOキャッチャーの前に釘付けになった。中にはアサギの上半身くらいの大きさをした熊のぬいぐるみが入っていた。片目に傷を模した縫い目があり、目も凶悪で正直あまり可愛くはない。


 「こ、これ欲しいー!」


 「ガラスの箱に入っているとなると貴重な品なんじゃないか?」


 「高いかな……?」


 「聞いてみればいいだろう」


 「……男しかいない……」


 仁は仕方ないなと、近くにいた店員へと声をかける。


 「すまない、この中にある品はいくらだろうか?」


 「え? えっと、UFOキャッチャーをご存じでは、ない?」


 「ゆうふぉおきゃっちゃあ?」


 仁の間延びした言い方とは裏腹に顔は怖かった。店員は冷や汗をかきながら、UFOキャッチャーの話を仁にする。


 「――という訳なんですよ。それではごゆっくりどうぞ」


 「なるほど。だ、そうだ」


 「わかったわ! 早速100円、イン!」


 チャリン、と小気味良い音と共にプレイ回数が『1』と表示され、教えてもらった通りに矢印のついたボタンを操作するアサギ。


 ――そして


 「ぜんぜん取れないよぅ……」


 1000円ほど使ったところでめそめそと泣き始める。しかしそれも無理はない。UFOキャッチャーというのはお店にもよるが『設定』というものがあるからだ。

 ある程度の金額が入らなければアームの力が強くならない、というのが通説である。もちろんそういう設定をしないお店もあるのだが、最初にいくらかつぎ込んで見極めるのが鉄則である。アサギのようにむやみに突撃してはいけないのだ。


 (1000円あれば牛のこま切れ肉とみそ汁が作れる)


 仁がそんなことを考えていると、アサギが仁に泣きついてくる。


 「お前、ミツキから借りたお金を大事に使わないでどうする? これはこういうものだ。見ていると、他にも取れなくて悔しがっている人もいるから、これはこういうものなんだろう。諦めろ」


 「ううう……あれ欲しいのに……」


 この不細工な熊のぬいぐるみの何がこいつをそうさせるのか? しかし口ではああいったものの、仁もUFOキャッチャーに興味はあった。それに帰った時、美月に告げ口されたら何を言われるかわからないと、仁はため息を吐きながら呟いた。


 「……一回だけだからな」


 「! いけー勇者!」


 仁の戦いが始まった。

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