18. 美月と敦司


 「くあ……」


 一限をこなし、あくびをしながら廊下を歩いているのは”狂犬”こと一条 敦司である。ご存じの通り、基本的に彼は真面目なので講義の出席率は100%、成績は上の中をキープしているという見た目とのギャップがとんでもない男なのだ。

 しかし、目つきの悪さと口の悪さ、金髪という風貌から学内でも浮いており、美月の見立て通りボッチ……もとい勘違いされている。

 敦司は今日は昼まで講義がないなと思いながら周囲を見ると、彼女と話し込んでいたり、友達同士で話している者などが溢れていた。

 

 「俺、二限ないんだよねー。某ハンバーガー屋にでも行って来るかなぁ」


 「いいなあ。俺、午後までみっちりだよ……」


 「今のうちに単位を取っておかないと、四年で苦労するぞ?」


 「はは、お前は真面目だよな」


 そんな世知辛い話をしている二人組に近づき、敦司がニタリと笑い口を開く。


 「俺も――」


 「うわああああ!? た、助けてくれぇ」


 「ま、待ってくれよ!?」


 「……チッ」


 教室で見たことある顔だったため、『俺も真面目に講義受けてるんだぜ』と言いたかったが、その前に逃げられてしまった。


 「……ま、今更な」


 と、少々落ち込み気味に図書館にでも行くかと歩き出したところで、


 「今更、なんですか?」


 「うおおおお!?」


 美月に声をかけられた。振り向いたところに美月のちょこんと首を傾げた顔があったものだから、飛び上がるくらいに驚いていた。


 「うわあ!? びっくりした! 相変わらず大きい声ですね!」


 「びっくりしたのはこっちだ! 急に出てくるんじゃねぇ! ……って三叉路、だったか?」


 「はい! 三差路 美月です。美月でいいですよ」


 「それは……」


 ちょっと恥ずかしい、と彼女いない歴イコール年齢の敦司が怯む。しかし、美月は構わず敦司へと話しかける。


 「今の人達、逃げていましたね。この前から気になっていたんですけど、いつもひとりなんですか?」


 「うぐ!? 言いにくいことをはっきり言うなぁお前……。ああ、そうだ。用はそれだけか? じゃあな」


 そう言って美月の横をすり抜けて歩き出すと、美月も後ろをついていく。


 「先輩、どこ行くんですか? 私、二限が無くて暇なんですけど先輩はどうですか?」


 「……俺は午後までなんもねぇ。図書館に行って適当に時間を潰して昼飯は学食だなぁ」


 「あ、それじゃお供していいですか!」


 「……ああん?」


 別に怒っているわけではないのだが、顔の作りと声のトーンがそう思わせる。一瞬笑顔で冷や汗をかく美月だが、言葉を続ける。


 「お話をしましょう!」


 「物好きな奴だなぁお前。別に構わねぇが、明日から友達はいねぇと思った方がいいぜ?」


 「大丈夫、私、友達いませんから」


 にこっと、微笑みながら首をこてんと傾ける美月に、ぽかんと口を開けて固まる敦司であった。




 ◆ ◇ ◆



 ――図書館


 特に説明の必要も無いので詳細は省くとして、ふたりは閑散としている図書館の隅に向かい合って陣取っていた。本を読んだり勉強をする場所だが、お互い飲み物を手に顔を見ていた。にこにこしながら見てくる美月に、敦司は照れながら口を開く。


 「あー……んで、話すって何をだ? 俺は別に話したいことなんざねぇんだけどな。この前助けたのは偶然だし、礼も貰った。さらに言うと、さっきの奴らみてぇに俺にびびっているやつが殆どだから一緒にいるとマジで孤立するぞ?」


 敦司は自分で言っていて空しくなるが、世間の自分に対する評価はそうなのだと美月に伝えるためにはそう言うしかないと思っていた。しかし、それを聞いた美月の反応は他の人間とはまた違うものだった。


 「んー。やっぱり先輩は優しいですよね?」


 「ああん? どうしてだ? 嫌われ者になるっつってんだろうが」


 今度は本当に嫌そうな顔で缶コーヒーを飲みながら答えると、美月は首を振って答える。


 「いえ、そうじゃなくって、わざわざ自分のダメなところを私に教えて遠ざけようとしているじゃないですか。私にデメリットが無いように。そんなことをしなくても恫喝すればいいですし、悪い人だと私がついていっただけでホテルに連れ込むくらいのことはしますって。だから、自分の犠牲にしている先輩は優しいな、って」


 (こいつ……)


 敦司は、美月の言葉に目を丸くしながら『少々頭のねじが取れているんじゃないか?』と思うと同時に、したたかさがあると感じていた。ホテルのくだりで、美月は『そういうことも想定している』ときちんと警戒していますよとも取れることを言ったからだ。

 ただ、助けてくれた人に懐いた、という訳ではなさそうだと敦司は続ける。


 「俺のせいでお前が理不尽な目にあうのは許せねぇと思っちまうんだよ。友達が居なくなるってだけじゃねぇ。こういう風貌だから喧嘩も売られやすいし、逆恨みされていることもある。男連中ならいいだろうが、お前みたいに可愛い女は一緒にいたら攫われちまうかもしれねぇだろ?」


 「ふふ、私の心配をしてくれるんですか? でも勿体ないですね。先輩はこんなに優しいのに、誰にも分かってもらってないの!」


 「気にすんな。ガキのころから目つきがわりぃってんで喧嘩三昧だ。せめて親は心配させないよう、勉強だけはしっかりやってきたがよ」


 「いいですね」


 敦司が頬杖をついてそっぽを向き、少しだけほほ笑む。割と荒んだ日常を過ごしてきたようだが、グレなかったのは親のおかげなのかもしれないと美月は嬉しくなる。


 「ま、俺の話はどうでもいいやな。なんか話があるんじゃなかったか?」


 「それなんですけど、やっぱり先輩はいい人だってわかったので……私と友達になってくれませんか!」


 「はあぁぁ!?」


 どうしてそうなると、敦司は怖い顔をさらに怖くして素っ頓狂な声をあげるのだった。

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