17. 一条 敦司


 ――某ファミレス


 仁、アサギ、美月、狂犬の四人はテーブルに座り、お互いの顔が見える状態になった。アサギと美月、仁と狂犬が隣同士に座っている形だ。


 「とりあえず、もう一度お礼を言わせてください。ありがとうございました」


 「あ、ありがと」


 「……おう。気にすんな、俺はああいうのが嫌いなんだよ。たまたま見かけたから助けただけだから気にしないでいいぜ」


 プイっとそっぽを向いて顔を赤くする狂犬に、美月はさらに続ける。


 「ところでお名前は? 私は三叉路 美月と言います! あの大学の一年です」


 「……一条。一条 淳司だ。んだ、後輩か? なら助けて良かったぜ」


 「後輩、ということは先輩ですか?」


 「ああ。俺は二年だ」


 と、ぶっきらぼうに答えて水を飲む敦司。ふたりの世界に入ってしまい、なんのことやらわからないアサギが声をあげる。


 「それにしても強かったわね。仁と取っ組み合いになってほぼ互角だったじゃない」


 「む。俺はまだ本気を出していない」


 「なんで子供みたいなすね方するのよ」


 「……さっきから見てたら、この姉ちゃんには冷たいな? えっと……」


 「名乗ってなかったか。俺は仁。楯上 仁だ」


 「私はアサギよ」


 「仁さんだな? どうしてアサギさんにゃ冷たいんだ?」


 「ふむ。信じてもらえるかわからんが――」


 腕を組み、目を閉じてから仁は異世界から来たことを敦司に話す。エレフセリアのこと、勇者と魔王のこと、何故かここで目覚めて美月に助けてもらったことを。


 だが、やはり自分たちと変わらない仁達なので初めは眉を潜めていた敦司だったが、


 「これが証拠だ<ファイア>……! うぐおおおお!?」


 「おおお!? 火が出たぞ、おい!? ま、魔法ってやつか……!? すげぇ、本物……」


 「はあ……はあ……。一回で理解してくれて助かる。連続で二回使う気にはならんからな」


 「さっき私も使ったけど死ぬかと思ったわ……。はい、アイスコーヒー」


 「すまんな。……お前の施しはうけん」


 アサギからアイスコーヒーを差し出され、受け取るも顔を顰めて突っ返した。


 「失礼なやつ! ま、そういうわけで、お金を稼げない私が憎くて仕方が無いのよ、この器量の小さい男は」


 「金は関係ない」


 「ふんだ」


 「ま、まあまあ」


 険悪な雰囲気になったふたりを宥めていると、美月がお礼として注文したアイスコーヒーゼリー(敦司がそれがいいと言った)を口に入れながら仁へ言う。


 「勇者と魔王じゃ、仕方ねぇかあ。俺でも敵対をしちまうだろうな」


 すると珍しく背景を輝かせた仁が口を開く。


 「そうだろう、そうだろう。こいつは俺の世界では人類の敵。行動を共にするわけにはいかない」


 「くっ……」


 うんうんと頷く仁を、アサギが忌々げに睨みつけると、コーヒーゼリーをもぐもぐさせながら敦司が話を続ける。


 「でもよ、仁さん。向こうではどうだったか俺にゃわからねぇ。魔王だっつってもここにいるアサギさんが悪い奴には見えねぇんだよ。人見知りのくせに三叉路を庇うような動きもあった。だから、俺には仁さんの言うことを全部は信じにくいかな」


 「おほ! 良く言ったあっちゃん! ほら、分かる人にはわかるのよ!」


 「あっちゃんって言うな!? なあに、そのTシャツを着ているやつに悪い奴はいねえってこった!」


 敦司は上着のボタンを外すと、そこには『鉄槌』と書かれた白いTシャツがチラリと顔を覗かせていた。アサギは目を輝かせて握手をするが、横目で物凄く嫌そうな顔で仁が目を細めていた。


 「……」


 「まあ、仁さんは仁さんだ。好きにすりゃいいと思うぜ。でも――」


 敦司は何かを言いかけたが、仁を一瞥した後、肩を竦めて『ごちそうさん』と美月に声をかけてファミレスを出て行った。


 「あ」


 「放っておけミツキ。ああいう手合いは絡まれやすいのだろう? 近づかない方が無難だ」


 仁が不機嫌そうに言うと、美月は寂しそうな顔でまだ窓から見える金髪頭をみながら呟く。


 「そうなんですけどね。あの人、声は大きいし態度も良くないし見た目も最悪ですけど、優しくないですか?」


 「うん、美月ちゃん言いすぎ。でも、そうね。私もおばあさんと一緒に信号を渡るのを見たし、仁よりは間違いなく優しいわね!」


 「ふん……」


 「なんであんな風なんだろう?」


 「事情があるんだろう? 人には言いたくないことの一つや二つあるものだ」


 「……仁さんにも?」


 「……」


 仁は美月の言葉には返事をせず、氷で薄くなったアイスコーヒーをくいっと飲みながら外を眺めていた。そこへアサギが割り込んでくる。


 「そうだ、仁。明日お買い物付き合ってよ。喫茶店は無いでしょ? お昼くらいから出て、そのまま居酒屋へ行きましょう」


 「どうして俺が……」


 「えー、今日みたいなのに絡まれたら嫌だし! さっきの『鉄槌』Tシャツ欲しいの!」


 「いや――」


 嫌だ、と答えようとした仁へ被せるように美月が口を挟む。


 「いいと思います! さっきの人達が逆恨みしてくることもありますからね。一緒に行かなかったら……夕ご飯は無しです♪」


 「……」

 

 持ち回りで食費を使っているので、美月の日はたくあんとご飯のような質素なものではなく、きちんとしたものが出てくるので、仁は卑怯だと思いながら小さく頷いた。


 そんな話をしながら三人は適当にファミレスで夕食を終える。アサギはお金が無いと仁にたかり、せっかくたくあんと米だけで過ごしてきた財布のお金が減ったのを嘆きアサギのこめかみをグリグリとし、その日は終わりを告げた。




 そして翌日――


 「そういえば先輩、大学にちゃんと来てるのかな?」


 一限目が終わったころ、美月はふと昨日ヤンキーから助けてくれた敦司のことを考える。あの調子では勘違いされていることは想像に難くないと美月のおせっかいがむくむくと膨らんでいく。


 「よし!」


 ぐっと拳を握り、美月は大学内を歩き出す。彼女の次のターゲットが決まった瞬間だった。

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