16. ひと悶着


 「おい、聞こえなかったのか? 離せってんだよ!」


 「なんだお前? このふたりは俺たちが先に目を付けたんだ、邪魔するんじゃねぇよ」


 「こちとらわざわざ隣町からナンパに来てんだ。分かったらどっか行きな! よーし、そんじゃカラオケ行こうカラオケ。そのあとは……ふひひ……」


 「は、離しなさいよ……!」


 「いやでーす! ぎゃははは!」


 「……」


 見知らぬ男に怯えつつも手を振り払おうとするアサギ。美月も肩を組まれてその場から連れ去られそうになった。


 「いや……助けて……!」


 その瞬間――


 ドゴッ!


 と、美月をつかんでいた男が真後ろから蹴られて前のめりに倒れ尻もちをつく。


 「うぐあ!? な、なにしやがる……!」


 「それぁ俺のセリフだよな? ああん? 嫌がっているから離せって言ったのが聞こえなかったのかってんだぁぁぁ!」


 ゴシャっと座った男に拳骨を決めると、もんどりうって転がる男。その光景をぽかんと見ていたもうひとりがようやく我に返り、狂犬へと襲い掛かる。


 「てめぇおらこらぁぁぁ!」


 「なに言ってるかわからねぇよ! クソが!」


 「ぷあ!?」

 

 殴りかかってきた男の顔面に一撃。カウンターで腰の入った重いパンチが突き刺さり、男は鼻血を飛ばしながらごろごろと転がり、もんどりうつ。


 「口だけはいっちょ前だな、ああん? おい、姉ちゃんたち無事か!」


 「ひい!?」


 「あ、ありがとうございます! で、でも声が大きい……」


 「ああん!? そんなことねぇだろぉがよぉ!」


 「ちょ、静かに……あ!?」


 助けてくれた男の顔は暗くて見えなかったが、月明かりでそれが露わになる。そして美月が二つの意味で驚愕の声を上げた。

 ひとつは話題となっていた”狂犬”が助けてくれたこと。そしてもう一つは――


 「クソが……! ちょっと痛い目見てもらうぞ金髪野郎!」


 美月を掴まえていた男が、ナイフを持って立っていたからだ。ゆらりと歩き出し、不敵な笑みを浮かべて近づいてくる。


 「け、警察を……」


 「間に合わねぇよ! おら、きやがれ! 俺がぶっ倒してやるよ!」


 「ひゃはは! 安心しろ、命までは取らねぇ!」


 「ナイフ!? こ、この世界って回復魔法ないんだっけ!? 美月ちゃんが死んじゃうっ!」


 ダッと駆け出した瞬間、冷や汗だらだらのアサギが目をぐるぐる回しながら手を男に向けて、


 「<カースドブリザイン>!」


 魔法を放った!


 「あああああああたまがぁぁぁぁぁ!?」


 「な、なんだってんだおい!?」


 頭を押さえて転がりまわるアサギに、狂犬も動揺が隠せずついアサギへ目をやる。


 「な、なんだかわからねぇが死ねぇ!」


 すると、さっきまで命までは取らないなどと叫んでいた男が、死ねと言いながら狂犬へ向かう!


「チッ、反応が遅れた……!」


 舌打ちをしてどうするか考える狂犬。だが、そのナイフは届くことはなかった。


 ごん!


 「ぐあ……!? うーんグレイト……」


 「「あ」」


 突如現れた氷の塊がナイフ男の頭に直撃し、ぐるんと白目をむいて昏倒。いきなりのできごとに、美月と狂犬の声がはもった。


 そしてその場には、美月と狂犬だけが立ち尽くしていた。


 「なんだぁ、今のは?」


 「あ、あはは、なんでしょうね……それより助けてくれてあり――」


 美月がお礼を言おうとしたところで、一難去ってまた一難。状況をかき乱す男が現れた。


 「そこのお前、ミツキから離れろ」


 「ああん? なんだてめぇは! こいつらの仲間か!?」


 「それはこっちのセリフだ。どかんなら力づくで行くぞ」


 駆けつけてきたのは仁だった。狂犬の隣には美月。足元にはアサギがもんどり売っているのを見て、敵だと判断したのだ。


 「仁さん!? まだマンションまで距離あるのに聞こえたんですか!? い、いや、そうじゃなくて違うんですよ!」


 だが、血気盛んなふたりはすでに激突し、組み合ってにらみ合いが始まっていた!


 「ミツキになにをした……!」


 「なにもしてねぇよ……! 倒れている姉ちゃんの心配はしねぇのか……!」


 「あいつはどうなろうと知ったことか」


 「……!」


 その言葉を聞いた瞬間、狂犬のこめかみに青筋が立つ。組んでいた腕を徐々に押し込みだした。


 「こいつ……!」


 魔法は使えないが、身体能力は変わりがない仁は驚愕した。勇者の自分と力で張り合える奴がこの世界にいるのか、と。


 「こいつは俺を助けてくれたんだ! んなことを言う資格はてめぇにゃねぇぇぇぇ!」


 「う、おおおおおお!」


 ((こいつ、強い……!))


 奇しくも二人同時に全力を出し、お互いを認め合った瞬間だった。少しでも気を緩めれば負ける。そう思った矢先のことだった。


 「やめなさーーーーい!!」


 「うお!?」


 「むう!?」


 怒りの叫びをあげながら割り込んできた美月の声に驚き、ふたりは変な力が入り、お互い地面に倒れてしまう。きょとんとして顔を上げたふたりに、腕組みをした美月が腰をかがめて口を開く。


 「仁さん! 私達の事ことを心配してくれるのはうれしいですけど、相手を間違えないでください! この人は絡まれているところを助けてくれたんです! それと金髪のあなた! 声が大きいし、ちゃんと自分はやってないって言ってください!」


 「あ、ああ……」


 「お、おう……」


 「まったくもう!」


 珍しくお怒りモードの美月がアサギを助け起こそうとしていると、先ほど絡んできていたチャラ男たちが立ち上がって逃げていくところだった。


 「な、なんだあの男ども……か、彼氏か……!?」


 「目を合わせるな! ナイフを出しても怯みもしなかった! そいつを前に一歩もひかねぇ後から来た男も化けもんだ! に、逃げるぞ!」


 「あ、こら待ちやがれ!」


 だばだばと逃げていく二人組を追おうとしたが、逃げ足だけは早かったようで、すぐに見えなくなってしまい、狂犬は舌打ちをする。


 「チッ、次見かけたらこの町に来れないようにしてやるぜ!」


 「うう……やっと頭痛が収まってきた……あ、仁! 助けに来てくれたの?」


 「お前はついでだがな。しかし、ミツキが無事でよかった。いきなり攻撃して済まなかった」


 きちんと謝れる男、仁がぺこりと頭を下げると、狂犬は照れくさそうに頭を掻く。


 「いいって! ああいうチャラいやつとか、強引な奴ぁ俺は大っ嫌いなんだ! ただのおせっかいだ! じゃ、じゃあな!」


 そういって早足に立ち去ろうとする狂犬を美月が引き止める。


 「あの! 私と同じ大学の人ですよね? 言いにくいんですが、狂犬と呼ばれていませんか?」


 「……そうだよ」


 「助けてもらったお礼をしたいですし、ファミレスでおごらせてもらえませんか! 私たち、ごはんまだなんです」


 「ああん? 今、自分で俺のことを狂犬って言ったろうが! 関わりたがらねぇだろ普通よ!」


 「でも助けてくれました!」


 「だから……」


 と、反論をしようとした狂犬に、仁は肩を叩いてから言う。


 「こうなったら要求が通るまで動かないぞミツキは。おとなしくついていったほうがいい」


 「まじかよ……」


 呻くように呟いて、狂犬はニコニコ顔のミツキについていくのだった。


 

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