9. 勇者と魔王、働く人へ
「いらっしゃいませー」
「ま、ませー」
「あはは、大丈夫ですよ取ってくいやしませんから。それにしても店長はどうしてアサギさんにハッピを着せたのかしら?」
と、チューハイを作りながら入り口に入ってくるお客さんに挨拶をするアサギに声をかけたのは、もう一人のアルバイトである『葉月
あの後、数十分してから月菜が店に入り互いに自己紹介をしていたが、仕事を教えると美月がアサギを連れて行ったため話す機会を伺っていたのだ。
「これハッピって言うのね? 柄が魔王の私にぴったりね!」
「ええー……」
完全にお祭り仕様なハッピと三角巾を頭に巻き、笑うアサギ。その胸には『無敵』の二文字が書かれたTシャツがハッピの内側から覗かせていた。
「……店長、このTシャツを見たからじゃない?」
月菜がそう言うと、美月は「あ!」と小さく呻いた。
「あー……さっき胸をじっと見ていたのはそういうことか……。アサギさんを狙ってるのか、おっぱいを見ているのかと思ったけど」
「まあ、あの店長だしねえ」
「そうね……」
「?」
「さ、続けましょうか! あと三十分で開店だしね。アサギさん今度はこれを――」
ふたりは厨房に目を向けた後、アサギへと仕事を教えに戻っていた。そして厨房へ配備された仁はというと、
「なあ、君の本命はどっちなん? 美月ちゃんか? アサギちゃんか? お、器用やな自分」
「……本命? この包丁がよく切れるから余裕だ」
キャベツの千切りをやっている仁に話しかける店長の礼二。意味が分からないと首を傾げていると、首に腕を回されて耳打ちされた。
「アホやなあ、本命言うたら『どっちを恋人にする』かに決まっとるやないか! で、どっちや? 美月ちゃんか? あの子は可愛いし愛想もええなあ。ま、胸はちぃっと足りんけど、十分や。アサギちゃんは胸も申し分なしで、美人やな」
くねくねと気持ち悪い動きをする礼二に、そういう意味かと仁は口をへの字に曲げ、目を細めて口を開いた。
「俺にはやることがあるから恋人とかそういうのは考えたことが無いな。それに、まお……アサギは俺の敵だ。あいつは確実にあり得ない」
「えーそうなん? 若いんやから女の子とイチャイチャしたいと思わへんの? もったいないなあ、自分いくつ? やりたいことってなんなん?」
「二十五歳、だっただろうか……?」
「知らんがな!」
バシッとツッコミを入れてくる礼二に、そういえば歳など考えたこともなかったなと考えつつ、話を続ける。
「やりたいことは……言えん。あ、いや、ミツキに借りを返さないといけない
チラリとアサギが居る方へ目を向け低い声をさらに低くして言う。すると礼二は串に肉を刺しながら仁へ言葉を返す。
「ふーん、ま、言いたくないならかまへんけどな。そういうのは一つくらいはあるもんや。俺は仕事してくれれば文句はないからな! ほれ、こっちやってくれ」
「ああ」
スッ、スッと、仁はさきほど見せてもらった串作りも即座にマスターし、中々の速さをしていた。それを見た礼二は細い目をうっすら開けてから胸中で呟く。
「(こいつ何者やろうな? 美月ちゃんが異世界から来たとか言うてたけど、人間、こんなに仕事に順応できるやつおらへんで? 義務的というか、言われたからやる、というか……。ま、使える分には構わんけど、面白くなってきたかもしれんな♪)」
「なんだ?」
「何も無いわ! アサギちゃんがダメなら美月ちゃんやなー。あの子彼氏おらんから狙い目やで? お客さんによう声かけられてるからはようせんとな!」
「恩を返したいだけだ」
そんな感じで礼二がちゃちゃを入れ、仁が呆れるという会話を繰り返していると、やがてオープンの時間が訪れる。
ホールには三人の女性ということで、入ってくる男性サラリーマンや、大学生、現場帰りのおじさんなどが色めき立っていた。
「いいじゃんこの店。お姉さん、マンゴーウーロンチューハイ追加!」
「あ、俺、ウメマンゴーソーダ!」
「はいはいー」
月菜が大学生のオーダーを取っていると、常連のサラリーマンが美月へ声をかけた。
「美月ちゃん、あれ、新しい子?」
「はい! アサギさんって言うんです。今日からなんでよろしくお願いします!」
「はは、女の子ばかりで華があるね。マグロの刺身を追加で。……でもあの子、大丈夫かい?」
「えーっと……」
男性が苦笑しながら見た先には、OL風の女性のテーブルでガチガチに固まっているアサギが居た。
「えっとね、あたし生ビール!」
「は、はひ! なまいちょうー!」
「ちょ、ちょっと待って!? 私、ハイボールお願いします」
「はいぼーるいっちょー!」
「料理も頼むんですけど!?」
何かを注文するたびその場から逃げようとするアサギを、女性がひっつかまえて注文を進める。美月はその様子をみながらこめかみに指を当てた。
実を言うと、仕事の覚えは早かった。注文、メニュー、お酒の作り方など一通り教え、美月と月菜によるシミュレーション対応は満点とはいかないまでも問題があるようには見えなかった。しかし、いざお客さんが入ってくると、アサギの態度が急変。変な汗を流しながら目がぐるぐる回っていた。
――そう、これまでにそれらしい態度はあったが、アサギは人見知りなのだ。魔王城で四天王としか暮らしていない彼女は仁以外の人間に耐性が無かったのだ。仁や美月のようにある程度顔を知った者が近くに居れば安心するのだが、今はひとりのためこの通りであった。
「大丈夫、かな?」
美月がそう呟いて助けに行こうとした時、スッと横に人影が現れアサギの方へ向かう。
「あわわ……え、枝豆と……魔王の私がなんでこんなことを……」
「しっかりしろ。俺達に失敗は許されないんだぞ」
「え? あ、仁」
「一応、横で聞いていた。生ビールとハイボール、それと卵焼きに焼き鳥盛り合わせだな?」
仁がテキパキと注文を取ると、女性が顔を赤くして呟いた。
「あ、はい……かっこいい……」
「いくぞ」
「うん。あ、ありがと」
「レイジに頼まれただけだ。ほら、ひとりの客ならお前でも大丈夫だろ」
「や、やってみるわ……」
――結局、アサギはジョッキ二つ、お皿二枚、注文ミス三度という戦績を残し、その日の営業は終了した。
「あううう……」
「あはは、アサギさんお疲れ様!」
「ああ、月菜ちゃん……」
「初めてのお仕事で疲れたでしょう? 今、店長が食事を作っていますよ。元気出してください!」
「ありがとう! 良い部下を持つと助かるわ……」
「え!?」
何故か部下扱いされ驚く月菜を尻目に、着替えた美月が戻ってきて話しかけてきた。
「魔王様もこっちの世界じゃ一般人と一緒ですねー」
「ま、魔法も使えないし仕方ないじゃない……。ここがエレフセリアならパパっとパーなのに……」
「魔王?」
「ああ、実は――」
「はいはーい! 今日はお疲れやったねえ! 今日は豪勢にいかせてもろたから、どんどん食うてや! ほら、仁君も座り」
「すまない」
仁がアサギの隣に座り、食事が始まった。お酒もふるまわれ、盛り上がったころ、アサギに異変が起きた。
「いえーい! 仁、飲んでるー! あはははは!」
「ア、アサギさん!? ……あ! これテキーラ……!? 店長が持ってきたんですか?」
「あ、そうやで。俺好きやし……ってうわああ!? 半分くらいない!?」
「これおいしー! から揚げって言うの? いくらでも食べられちゃう!」
「こいつ……! 俺のから揚げを……!」
「じ、仁さん! 張り合わないでー!」
盛大に酔ったアサギに、一同は振り回され夜は更けていくのだった……
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