8. 一日の締めくくりまで一息
――その後、色々と説明を聞いた三人の姿を見た者は誰も居なかった。
ということは無く、戸籍は両親なども確認できないため、異例の家庭裁判所をすっ飛ばしての手続きを取る方向で話が進んでいった。美月はほっと胸を撫でおろすが、次の問題へと差し掛かる。
「金は借りれるのか?」
「社会福祉協議会がありますね。お時間が少々かかりますが――」
「では手続きをお願いしたい」
伊達に勇者をやっていたわけではないジンは、理解が早かった。隣で煙をふいているフリージアの何倍も頼りになると、美月は顔をほころばせていた。しかし、お金のことは慎重にしないといけないと言うことで口を挟む。
「待って、ジンさん! お金は私に考えがあります。だからそれはお断りしましょう」
「む、そうか。ミツキが言うなら従おう」
「えへへ、そんな」
「むー……」
「わかりました。とりあえずお名前をお願いします。漢字で名前と苗字が必要ですが、お決まりですか?」
職員がにこやかにそういうと、美月が色めき立ちジンとフリージアへ話しかけた。
「来ましたね。さっき図書館で教えたのはこのためでもあるんです! さあ、名前を決めましょう!」
「なるほど」
「あ、でもフリージアさんは苗字だけです。黒髪でフリージアってなくも無いですけどやっぱり違和感あるので、『アサギ』って名前はどうですか? 漢字を書くのが苦手そうだったからカタカナにしました」
美月がメモ帳に名前を書いて見せながらフリージアへ尋ねると、きょとんとした顔で目をぱちぱちさせる。しばらく考えた後で、答えた。
「アサギ……うん、いいかも!」
「フリージアってアサギスイセンという花の名前でもあるんですよ。よかった気にいってもらえて。ジンさんはどうです?」
「俺は……『仁』でいく。簡単だしな」
「あー、いいですね。刃もカッコいいと思いますけど、そっちの方がジンさんらしいかな? 次は――」
ということで苗字を決める算段になり、ジン改め仁はこの町に伝わる守り神の伝承から『楯上(神)』とつけた。そしてフリージア改め、アサギは魔王にまったく関係ない『神薙』という苗字になった。金剛が強そうだと最後まで文句を言っていたが、美月がなんとか宥めた形である。
「――それでは登録しておきますね。今夜は寝床、大丈夫なんですか?」
「それは――」
「それは大丈夫です! 今晩はウチに泊まってもらいますから! ふふふ、今日は寝かせませんよ!」
美月がようやくとばかりに宣言し、職員さんは一瞬面食らうがすぐににこりと笑って眼鏡を直し口を開いた。
「左様ですか、それでは長くなりましたがこれで手続きは終了です。あ、私、白石と申します。何かあればまた私を尋ねていただければご対応いたしますので」
職員が名刺を美月に差し出し、受け取りながら美月がお礼を言う。
「わ、ありがとうございます! 今日はすみませんでした。また何かあれば……。それじゃ行きましょう」
「重ね重ね感謝する」
「ありがとねー♪」
各々お礼を言い席を立ち市役所を後にする。座りっぱなしだったため、アサギが背伸びをしながら笑みを浮かべていた。
「あ、はい……そうです、急で本当にすみません……」
その間、スマホでどこかに連絡する美月を見ながら、アサギが仁へと声をかけていた。
「んー! 疲れたわね! でも、よくわからないけど上手くいってるんじゃない?」
「よくわからないのはまずいだろう。この世界でしばらくやっていかないといけないんだぞ? 元の世界に戻る手段も探さないといけない。ミツキにも借りばかりだしな……」
「ぶー。今日はもう難しい話はいいでしょ? ねえ美月ちゃん、お風呂ってあるの? 私そろそろ休みたいんだけど……」
アサギが肩を落としてそう言うと、美月はスマホをバッグへ入れながら難しい顔で答える。
「……ここで、もうクタクタであろうアサギさんに残念なお知らせです」
「え?」
「今から私が働いているお店へ行ってもらいます! そして働いてもらいます!」
「ふえ!?」
美月がアサギの両肩をドシッと掴み宣言をする。そこへ仁がすぐに理解し、ポンと手を打った。
「そこまでしてくれたのか……」
「あはは! いつも店員が足りないんですよー。さっき少し話したんですけどとりあえず顔を見せてくれって言われたのですぐ行こうかと」
「えー。疲れたー。ワイン飲みたい……お肉食べたい……ハンバーガー……」
「ダメです。でも働いたら食事は良いものを出してくれますよ、ウチのマスターは! さ、行きましょう。少し覚えてもらうことがありますから」
「ううう……」
「ほら、行くぞ」
すでに陽も傾き始めるであろう午後十六時半。美月のうめき声が響いていた。
◆ ◇ ◆
――そして美月がふたりを連れてきた場所は一件の居酒屋だった。
「ここ? ……くんくん……お酒の匂い……」
「ワイルドドッグかまお……アサギは」
「こんにちはー」
『準備中』の札がかかった戸をガラガラと開き、美月が入っていき仁達も後に続く。中に入ると、木のテーブルとイスが整列され、天井に近い壁にはメニューが書かれた木札がずらりと並んでいた。
美月が声をかけてしばらく待っていると、奥から茶髪をした長身の男性が出てくる。身長は仁とそれほど変わらない。仁が狐を思わせるな、と考えていると、少し軽い感じの雰囲気をまとった男性が口を開く。
「あー、美月ちゃん、よう来てくれたわ! こっちも急に古谷が体調不良で休みや言うて困ってたんや。厨房だけで僕あっぷあっぷや! で、そっちのにーちゃんとねーちゃんか?」
「はい! 今日はシフト入っていませんでしたけど、お手伝いしますね」
美月がそう言うと男は手を取って涙ながらに喜ぶ。そして、仁とアサギへ目を向けて挨拶を始める。
「助かるわー。僕は店長の『宗谷 礼二』や、よろしくな、ええっと……」
「俺は楯上 仁」
「……私は神薙 アサギよ」
少し仁の後ろに隠れつつ自己紹介をするアサギを見て、
「ほう……」
礼二の目が光った。その目はアサギの胸元へ集中し、そのまま話を続ける。
「んじゃ、軽く説明やけど、ウチは見ての通り居酒屋なんや。ふたりは料理どうや?」
「俺は自分で食べる分は作っていた」
「私は作れないわ!」
妙な自信を持って半身で胸を逸らすアサギ。その胸元を見て礼二の細い目が開く。
「よっしゃ、なら仁君は厨房を手伝ってや。アサギちゃんは美月ちゃんと、この後来る葉月ちゃんと一緒にホールを頼むで! 美月ちゃんはアサギちゃんに色々教えたってや!」
「はい! って、いいんですか? 面接とかしなくて」
「かまへんかまへん。美月ちゃんが連れてきたなら優良物件やろ。それよりも人手や!」
「あ、あはは……ということでお金を稼ぐためお仕事をお願いします!」
美月が振り返って仁とアサギへ言うと、アサギは口を尖らせて文句を言いだした。
「むう、なんで私が働くのよ……」
「働かざる者食うべからずだ。お前が魔王として食っていた食材は領地で採れたものだろうが」
仁がそう諭すと、礼二が指を立てて言い放つ。
「あんたらの事情は気知っとるで。仕事終わったら、酒と食事を出したる。もちろんタダでや! アサギちゃん、それでどないや?」
「やる!」
そして開店準備前に説明を受け、いざお仕事が始まった。
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