7. 美月の誤算


 「美味しかったー! ありがとね美月ちゃん!」


 「まだフラフラするな……しかし、昨日より回復が早いような……」


 なんだかんだ気にいったらしいおかわりのコーラを飲みながら店を出ながらお礼を言うフリージア。ジンもそれに続いて店を出たところで美月に声をかけた。


 「ごちそうになった。また図書館か?」


 「ううん。次は住むところを決めないと、というかそもそも住めるかどうかを聞かないといけないんだよね」


 若干顔が曇る美月はふたりをさらに別の場所へと案内する。数十分歩いた先にあったその場所は、色んな厄介ごとを引き受けてくれる『市役所』だった。


 「……ごくり」


 「人の出入りが凄いな」


 「弥生町は住んでいる人が多いですからね。えっと、市民課は……」


 美月がきょろきょろと周囲を見渡し、とあるカウンターへと向かう。ピッと何かのボタンを押してから、一枚の紙を手にして椅子に座る。


 「フリージアさん、ジンさん座って待ちましょう」


 「いいけど……ここは何を買うのかしら?」


 「ふふ、ここは何かを買うところじゃないんですよ。えっと、ジンさん、そちらの世界にはギルドってありましたか?」


 「ん!」


 周囲を見渡していたところで急に話を振られ、変な声で返事をするジン。一度咳ばらいをしてから美月へと返す。


 「ギルドはあった。魔物を倒して金を得て旅をしていたからな俺は。それがどうしたんだ?」


 「ここはギルドみたいな場所なんですよ。仕事を斡旋してくれるほかにも色々としてくれたと思いますがどうですか?」


 そう言われて腕を組んで考えるジン。しばらく無言で目を瞑っていたが、思い出したように口を開く。


 「そうだな。町人の記録や、住居の紹介とかあったな。併設で酒場になっているところもあった」


 「だいたいそんな感じですよね。ここは町の人が住むために登録をしたり、税を納めたりする手続きをする場所なので似ていると思いますよ」


 「ふうん。人間って色々大変なのねー。魔族は適当にその辺に住んじゃうから町って概念がそもそも無いのよね」


 「そうなんですね! そういえばゲームでも人間の町はあるけど魔族の町ってないですねえ」


 「ゲームってのはよくわからないけど、個人の主張を大切にしているわね。だから魔王の私を下剋上で倒しにくる魔族もいるし、ひっそりと山奥で暮らしているやつもね」


 そこでジンが目を細めて言う。


 「……ゴブリンやオークなんかは群れているじゃないか」

 

 「ああ。あれは魔族じゃなくて『魔物』だから。純粋な……そうね、私やリーヨウ達みたいなのが純魔族ってやつなの」


 「違いがわからん……」


 「あれはね――」


 「受付番号346番でお待ちのお客様、3番の窓口までお越しください」


 フリージアが説明をしようとしたところでカウンターの向こうにいる男性が声を発し、それを聞いた美月が立ち上がりふたりに声をかけた。表情は先ほどまでと違い、緊張感が出ていた。


 「こちらに来てください」


 「……わかった」


 「どきどき……」


 カウンターに案内されると、眼鏡をかけた優しそうな男性職員が座っており、美月が会釈をして椅子に座ると、それに倣い着席した。そこで男性がにこやかに話しかけてくる。


 「本日のご用件は?」


 「はい、えっと、こちらのおふたりなんですけど……家が無いんです。住所不定のホームレスなんです……」


 「ええ……? 美月ちゃんどうしたの?」


 「なので、どうしたらいいかお力を借りたくて」


 よよよ、とハンカチを手に話し始めた美月にぎょっとするフリージア。しかしそれには構わず、美月は続けていた。するとそれを聞いた目の前の職員が目を大きく見開いて身を乗り出してくる。


 「ええ!? ふ、ふたりともですか!? それにしては身なりは悪くないですが……」


 フリージアの『無敵』Tシャツを見ながら呟くと、美月は待っていましたとばかりに喋り出す。


 「ええ、あまりにも不憫なので私が買いました。戸籍も怪しいんですけど、こういう場合ってどうすればいいですか? 仮施設みたいなところに入れたりするって聞いたことが……」


 美月の言葉にメガネを直しながら頷き口を開く。


 「戸籍も、ですか? この町に住んでいたことはありますか?」


 「いや、それは……」


 「ずっとホームレスだったようで、この町に居た、という事実しかわからないと思います。……そうですよね?」


 ジンが口を挟もうとしたが、美月が遮り、有無を言わせないとばかりに目を細める。先ほどまでニコニコしていた人物とは思えない表情だ。ジンは小さく頷くと、職員の男性が難しい顔をした。


 「……なるほど、長いことホームレスを……。支援自体は可能だと思いますが、まずはお名前をお伺いできますか? 戸籍から親御さんなどに連絡ができないか確認してみましょう」


 「あ!? い、いえ、お二人のご両親はもう他界しているんです」


 「そうですか……。はて、そういえばあなた方はどういうお知り合いですか? お友達ならどこに住んでいたのかも知っているのでは?」


 「う!」


 しまった、という顔で冷や汗が流れ落ちる美月。


 「あ、あー、さ、さっき公園で話を聞きましてね? 不憫だと思い、助けたんですよー。お、お友達とかじゃないですー」


 「えー! さっき友達だって言ったじゃない!」


 「シー! それは会ってからの話ですから!」


 「じー……ちょっと――」


 職員が訝しげな眼を向け始め、口を開こうとした。まずい、美月がそう思ったその時、ジンが話し始めた。


 「だいたいの流れはわかった。すまない、俺の話を聞いてもらえないだろうか?」


 「え、ええ。当事者からお話を聞くのは当然です。どうぞ」


 「では――」


 そうしてジンは自分とフリージアは異世界からやってきたことを告白。突然のことで困っていること、ホームレスも間違いではないこと、そしてお金が全くないことを真剣に言う。


 「……」


 終わった……美月は目を伏せて話を聞いていた。異世界から来た、など荒唐無稽な話を職員が信じるはずもないだろうと。そのために自分が話をつけて、字を書けるようにすればせめて仮宿舎には入れるだろうと思っていたのだ。

 しかし甘かった。恐らくジンとフリージアのふたりだけでこの話をしてもらえれば信憑性が増したはずなのに、自ら進んで話をしたのが間違いだったのだ、と。


 「――というわけで、ミツキには感謝している。俺は恩返しをしたいが、見ての通り何もないんだ。どうにかなるだろうか?」


 「……」

 

 じっとジンの目を見て話を聞き終えた職員が、不意に口を開いた。


 「……おふたりのお名前をこちらに記入してもらえますか?」


 「ああ。ジン、と」


 「フリージア……これで大丈夫……?」


 「結構です。少しこちらでお待ちください」


 「?」


 美月が首を傾げてその背を見送る。やがて職員が戻ってくると、にっこり笑って美月たちに話し始める。


 「苗字もないので探しようはありませんでした。そして残念ですが、今すぐに支援することは難しいです」


 「やっぱりそうですか……ごめんなさい、お力になれなくて」


 「いや、仕方がない。しかし、このままでは――」


 ジンがミツキを宥めていると、フリージアが眉を潜めてふたりへ言う。


 「ちょっと待って。『今すぐには支援することは難しい』って言わなかった?」


 「はい、おっしゃるとおりです。怪しいところが多いですが、ジンさんが嘘はついているとは思えませんでした。難しい問題ですが『記憶喪失』で本当に自分がわからない人、というケースも存在します。適用されるとすればそのあたりからでしょうか。生活保護も可能かと思います」


 「まさかの正直に話してウルトラC!?」


 めちゃくちゃ悩んだのにと、美月が叫んだ瞬間だった。

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