10. 仁


 「わはははは! アサギちゃんおもろいなあ! そのTシャツ見た時から思っとったわ! ほらビール飲みや」


 「気が利くわね! あんたも部下にしてあげるわ!」


 「よっ! 魔王様!」


 「ねえ、大丈夫、あれ?」


 盛り上がるアサギと礼二が飲みまくっている中、月菜が美月に耳打ちをする。確かにそろそろ時間も遅いし、明日は大学に行かないとまずいと仁に声をかける。


 「仁さん、そろそろ帰りましょうか。明日は大学に行かないといけないので」


 「ん……ああ、わかった」


 少し眠たげな顔をした仁が頭を振り、立ち上がる。あそこへアサギがグラスを持って仁の下へやってきた。


 「あははは! 不機嫌そうー! ね、お酒飲も――う!?」


  「……」


 仁がアサギの首筋にトン、と手刀を当てると、白目を剥いて倒れるアサギ。仁は険しい顔をしてアサギを背負うと、礼二と月菜に頭を下げる。


 「首筋にトン! 初めてみたで俺!?」


 「気絶するんですねえ」


 「今日は、ありがとうございました」


 「ん、ああ、仁君達は仕事ちゃんとしてくれたから合格や。明日からも来てくれるか?」


 仁はきょとんとした顔をしたあと、もう一度頭を下げ、一言だけ呟く。


 「お願いします」


 「ふふ」


 横で美月が笑い、礼二がニヤッと笑いながらお札を二枚財布から取り出し、仁に握らせた。


 「今日の分はここで渡したる。色々物入りやろ? これで買っとけ!」


 「わ、二万円も……一日こんなに多くないですよね!?」


 「しゃあないやろ、無一文のやつをこのまま返すほど俺は鬼や無いで! ま、アサギちゃんにはもうちょっと頑張ってもらいたいけどな。わはははは!」


 そう言って笑い、仁と美月は居酒屋”礼を尽くす”を後にした。


 「むにゃ……私は魔王フリージア……年貢を持って来い……」


 「どんな夢を見てるんですかね?」


 「知らん。どこまで能天気なんだこいつは。ここがエレフセリアなら始末しているところだ」


 「そういえば勇者と魔王の間柄でしたよね? アサギさん、悪いことをするように見えませんけどね」


 「騙されるな。こいつのおかげで国はかなり被害を受けたんだ、今も四天王は残っているし、早く向こうの世界に戻らないと……」


 「うーん……」


 そうは見えないな、と美月は思ったが仁の顔がとても険しいものになっていたので話題を変えることにした。


 「今日はバタバタしてすみませんでした。早い方がいいかな、と思ったんで……」


 「あ、いや、ミツキは悪くない。俺とこいつがここに来たのがそもそもの原因だ。むしろ俺達にここまでしてくれたということが驚きだ。他の人間は話すら聞いてくれなかったからな」


 「あはは……。ここ、日本は仁さん達の世界に比べたら恐らく平和なんですけど、怪しいものには関わりたくないって人が多いんです。もちろん、犯罪の可能性もあるからそれは当然なんですけどね」


 「……」


 山で出会った人間は山賊かもしれないのに、ホイホイついていくやつはいないか、と頭の中で納得していると、美月は続ける。


 「最初は本当にコスプレだと思ったんですけどね。事情を知って居ても立っても居られなくなったというか……あはは……」


 「どうして助けてくれたんだ? 素性も怪しいのに」


 「お二人の目を見たからですよ」


 「目?」


 「はい。このふたりはきっと本当のことを言っている、そう思ったんです」


 どうにも納得のいかない言葉だったが、助けてもらったのは間違いないし、何か事情があるのだろう、自分にも話したくないことはあると仁は無言で承知した。今度は気まずくなった仁が話を変えた。


 「この世界は凄いな。夜になっても明るい。俺達の世界は町の中でも夜になれば殆ど灯りがない。森の中ならなおさらだ。こんな夜に歩いていたらごろつきに絡まれるだろう」


 「あー、そういうのありますよね。こっちの世界じゃ、物語として伝わっていますよ。それに、絡まれるのはこっちでもそれなりにありますよ」


 「物語か。それより警戒をしなければダメそうだな」


 「明後日は大学もお休みだから見せますね! 多分仁さんがいるから大丈夫ですよ! あ、ちょっとお水買って来るので待っててください」


 そう言って美月はコンビニへと入っていき、仁は入口で待つことになった。アサギを背負っているので立ったままひとり呟く。


 「……どうなるんだろうなこれから……」


 バタバタしていて気にしていなかったが不安になっていないというわけでもない。仁は夜空に浮かぶ月を見上げる。


 「この世界の月も、きれいだな」


 「むにゃ……あれ? 私……」


 「目が覚めたか」


 「そういえば礼二と盛り上がってて……眠っちゃったのか……」


 実際には仁が気絶させたのだが、それは言わずアサギをゆっくりと下ろすと、気分が悪い様子もなく大きく伸びをするアサギ。


 「ふう、夜風が気持ちいいわね。美月ちゃんは?」


 「そこの店に入っているぞ」


 「あ、ホントだ! ……あれ? 何か揉めてない……?」


 「なんだと?」


 仁が目を向けると、いかにもな風体をした男二人に美月が絡まれていた。仁は即座にコンビニへと入っていくと、レジ前で嫌そうな顔をしている美月に話しかける。


 「どうしたミツキ?」


 「あ、仁さん! この人たちが飲みに行こうってしつこくて」


 すると男達が仁に目を向け威嚇してきた。


 「あん? なんだ、この子の彼氏か?」


 「違う」


 「違うのかよ、お友達ってやつか? なら、黙っててくれや、俺達はこの子に用があるんだからな。なあ、いいじゃん、行こうぜー」


 「い・や・で・す! もう買い物は終わったし帰りましょう」


 「ああ」


 仁の腕を取って外に出るとアサギが手を振って近づいてくる。しかし、後ろから男達が怒りながら追ってきており、アサギを見て口笛を鳴らした。演出が古いと言わざるを得ない。


 「ひゅー。なんだ、もう一人いたのかよ! しかもこっちの子も可愛い! これで2対2だ、行こうぜぇ?」


 男達は懲りずに声をかけ、美月の手を掴んだ。だが、美月はそれを振り払い歩き出す。


 「嫌だって言ってるでしょ? しつこい男はモテないって言うけど、本当ね!」


 「んだと! 言わせておけば……! 無理やりにでも連れて行くぞ」


 「きゃ!? 離してよ!」


 「あ! 美月ちゃん! 離しなさいよ!」


 「お前も来い」


 「べーだ!」


 再び美月に掴みかかり、アサギにも襲い掛かろうとした男達に、もはや捨て置けぬと仁が男の手を捻り上げる。


 「ミツキが困っているだろうが。これ以上迷惑をかけるなら――」


 「いてて……どうするってんだ!」


 ガッ!


 男が腕を捻られながらも仁へローキックを炸裂させる。


 「へへ、どうだ……な!?」


 「今、何かしたか?」


 「む、無傷……!?」


 「攻撃してきたのなら敵だな? 容赦はしないぞ」


 男を突き放し指をボキボキと鳴らしながらゆっくりと近づいていく。よく見れば身長は頭一つほど仁の方が高い。体つきも格闘家かと思わせるような肩幅である。


 「いくぞ……!」


 「ひい!?」


 ブオン!


 仁の放った一撃は咄嗟にしゃがんだおかげで回避することができた。だが、風切り音で恐ろしい威力だということが分かってしまい――


 「む、いかん曲げてしまった」


 車が突っ込むのを防止する鉄製のバーを歪めてしまっていた。それを見たふたりの男は目を丸くして驚き、


 「な、な……」

 

 「戻しておこう。……ふん……!」


 「ええええええ!?」


 曲げた鉄製のバーを力で戻したのをみてさらに悲鳴をあげた。


 「さ、かかって――」


 「す、すみませんでしたー!」


 「お、おい! 待ってくれよ!?」

 

 男達はゆらりと向き直った仁に恐れを為し一目散に逃げ出し、その場は再び静寂に包まれる。仁は首を傾げて美月たちに歩みよった。


 「まったくもって弱かったな。ゴブリンに出会ったら一瞬で殺されるぞあいつら」


 「あはは……ゴブリンはいませんからね! でもありがとうございます!」


 「まったく、早く助けなさいよね? 私は魔法を使えないんだから」


 「お前を助けたつもりは無いが……」


 「な!? なんでよー!!」


 「助ける理由がないからな」


 冷たく言い放つと、歯ぎしりをさせながらアサギが美月の手を取って歩き出す。


 「行きましょう美月ちゃん! あんな薄情なヤツ家に入れてやる必要はないわ!」


 「喧嘩はやめてくださいよ! あ、あ、引っ張らないで!?」


 やれやれ、と仁はふたりの後をついていくのだった。


 そして、美月の家へと到着し、アサギが吠えた――

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