4. 少女と現状

 ――某ファミレス


 ジンとフリージアは隣同士に座り、少女は正面からにこにこしてふたりに話しかけてくる。


 「わたし、『三叉路 美月』って言います! いやあ、わたしもコミケとかに行くんですけど、そんなにクオリティが高い衣装は久しぶりに見ましたよ! やっぱり”ムーン・ローズ”の『魔王マギサ』はカッコいいですよね! 彼氏さんは『英雄ギガス』ですよね!」


 黒い飲み物を口に含みながら熱弁をふるう少女に、


 「魔王フリージアよ! 間違えないでほしいわね!」


 と、フリージアがドヤ顔で返す。それを見て美月と名乗った少女は興奮気味に身を乗り出す。


 「オリジナル設定!」


 どうも会話がかみ合わない、と、ジンは黒い飲み物を口に入れて思案する。


 (この娘、なにかを勘違いしているようだが、魔王や英雄という言葉は出てきた。ということは、この世界にも存在するのだろうか? もしそうなら魔王が鉢合わせになることは避けたい。……しかし、美味いなこの黒い水……)


 魔王はジンの元の世界にも複数おり、魔王同士が鉢合わせるとたいていロクなことにならないことを知っているからだ。だからこそ、討伐依頼でジンがフリージアを倒そうとしたのだから。

 

 それにしても話が進まない、と楽しそうにかみ合わない会話をしているふたりの間に割って入ることに決めた。


 「……すまない、ミツキで良かったか?」


 「あ、はい! すみません、彼女さんを借りてしまって」


 「それはいいんだ。というかこいつは彼女じゃない。名乗っていなかったな、俺はジンという」


 ジンの言葉に一瞬ムッとしたフリージア。だが、すぐに得意気な顔をして言う。


 「私はさっきも言ったけどフリージアよ。か、か、彼氏ってのはこいつの言う通り間違いだから気を付けてね美月ちゃん! こいつは勇者で私を倒しに来たやつなの! だから敵よ敵!」


 「おおー、そういう設定なんですね」


 パチパチと手を叩く美月に、ジンはまた話が脱線すると思い、単刀直入に尋ねた。


 「なにか『物語』と勘違いしているようだが、俺達は異世界”エレフセリア”からこの世界へやってきた召喚者……と言っていいかわからないが、この世界の人間じゃないんだ」


 「なるほどエレフセリア……オリジナル設定を相当考えていますね? もっと聞かせてください!」


 「いや、だから――」


 笑顔で返事をする美月に頭を抱えながらもジンは少しずつ、自分の世界のことを話していく。フリージアはご満悦の表情で黒い水、アイスコーヒーをちゅーちゅーと飲んでいた。


 ~~~



 「ええー、ほ、本当に異世界から……? お二人とも黒い髪だし、設定なんじゃ……」


 「……仕方ない、これなら証明できるだろうか。<ライト>……うぐ!?」


 ポワっと手から光の玉を出し、苦悶の表情を浮かべるジン。

 

 「ぶはあ!? はあ……はあ……ま、魔法だ。この世界に魔法があれば意味は無いが証明になるだろうか……?」


 「照明だけに証明ね!」


 ジンが肩で息をしながら美月にそういうと、目を丸くした美月がポカーンと口を開けてジンを見つめ、やがて頬を紅潮させながらジンの手を握って叫ぶ。ダジャレはスルーされた。


 「うわあああああ! 魔法、今のって魔法ですか!? トリックとかでは無いですよね! ほ、本物の異世界人……!?」


 ぶんぶんとテーブルにぶつからんばかりに腕を振る美月。魔法の頭痛と疲れが抜けてきたジンはやんわりと手を離しながら言葉を続ける。


 「それで、この世界のことを教えて欲しいんだ。……今の反応を見る限り、異世界人は珍しいようだから帰還する方法は……」


 ジンが口ごもると、美月は少し困った顔をして返事をする。


 「はい……聞いたことありません! オカルト的なやつでもしかしたら、とは思いますが……」


 「そうか……」


 「なになに? 私も混ぜてよ!」


 「お前はもっと緊張感を持て。とりあえず……俺達はすぐに帰れないことがわかったぞ……」


 「え?」


 ジンがフリージアへ事情を説明すると、ふんふんと頷いていたが、すぐに顔を曇らせる。


 「そんな……じゃ、じゃあ、私たちはこの世界で生きて行かなきゃならないの!? ベッドは!? お布団は! ううん、それよりも……私のお城は! 部下はあんたと美月ちゃんがいるからいいけど」


 「え!?」


 本当の事情を知った美月が焦る。それはとりあえず置いておきジンは考える。


 (戻れる手段は無い、が、見つかっていないだけであるかもしれないから諦めるのは早い。しかし、それがいつになるかわからないとなればこの世界で暮らす必要がある……。ここはひとつ――)


 「?」


 ジンは美月に目を向けると、美月は首を傾げてほほ笑む。


 「不躾な質問で申し訳ないが、俺達にこの世界の常識を教えてはもらえないだろうか? 礼は……この宝石でどうだろうか」


 ゴトリ、とジンは拳ほどの大きさをした宝石をテーブルに置き、頭を下げる。


 「え、ええー!? そ、そりゃ構いませんけど、こんな立派な宝石はもらえませんよー」


 「お金は使えないだろうと思ったからなんだが……」


 「じゃあ私がもらっていい? キレイー」


 「ダメに決まってるだろ」


 手の中で弄んでいた宝石を取り上げて懐にしまっていると、美月がポンと手を合わせてふたりへ提案をしてきた。


 「いいことを思いつきました! おふたりはこの世界で暮らさないといけないですよね。家も無いし」


 「ああ、そうだな。いや、野宿で金を稼いでもいいんだ。そういうのは慣れているし」


 「あはは! お風呂とか入って無さそうだもんねあんた!」


 「冒険者はそういうもんだ。お前もそうなるんだぞ?」


 「あれ!?」


 異世界の常識をジンが語ると、美月は難しい顔で腕を組み、ふたりにいう。


 「……ジンさんの世界ではそうかもしれませんが、この平和な日本。そんなことをしたら即不審者扱いです。魔王からホームレスという特殊な職業にクラスチェンジですよ。先ほど公園で声をかけられていましたよね? 彼らはポリスメーンという秩序を守る人達で、目を付けられると牢屋行きです」


 「ひい……」


 フリージアがジンのマントを掴み、震え、ジンはやはり騎士のような存在だったかと納得し、美月へ答える。


 「しかし、俺達は見ての通り金は無い……。そうだ、さっき出会った広場。あそこに建ててはどうだろうか?」


 「ダメですよ!? うーん、やっぱりこの世界のことから説明するべきか……。大学は、今日諦めるか……どうしてわたしっていつもこうなんだろう……」

 

 コスプレイヤーだと思っていたら厄介なものを拾ってしまったと胸中で思いながらため息を吐く美月。その姿を見て、


 「……なんか、すまない……」


 「ごめんね美月ちゃん……」


 と、ふたりは平謝りするしかなかった。

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