5. 美月無双
「さて、その前にお二人の恰好を何とかしないといけないですね」
――某ファミレスから出ると美月はふたりに振り返り、腰に手を当てて言い放つ。フリージアは首を傾げて美月に問う。
「え? なんかおかしいの? 美月ちゃん、格好いいって言ってくれたのに」
「うーん、確かに『そういう場所』や『そういうつもり』で着ているなら問題ないんですけど、素でその恰好はちょっとまずいんですよ。もちろんジンさんの鎧も」
「そうなのか。しかし、往来ではなにがあるかわからない、それは勘弁してもらえないか」
「大丈夫です! 日本には魔物や盗賊みたいな危険なことは無い……ことはないけど、鎧は無くて平気です!」
「しかし……」
「大丈夫ですから! もう、わがままを言うと日本のこと教えませんよ?」
「……わかった」
ガチャガチャとジンが鎧を外していき、黒いシャツとズボンだけになり、肩に下げていたカバンへ鎧と剣を放り込む。
「ふう……」
「いしし、怒られてやんの」
「フリージアさんもそのマントを外しましょうね♪ その杖も」
「魔王に代々伝わるマントと杖を!? それはダメよ! 杖が無かったら私――」
「……ね♪」
有無を言わせぬ美月のどアップに、サッとジンの後ろへ隠れながらフリージアが返事をした。
「はい! ……部下に凄まれた……」
「離せ……」
青い顔をしてジンの手を握るフリージアに、心底嫌そうな顔をするジン。とりあえず魔王のマントもカバンにしまい、
「こっちです! お金は……安いやつなら……」
と、ぶつぶつ言いながらふたりをどこかへ案内し始める美月。ジンは警戒をし、フリージアは興味津々でキョロキョロと周囲を見渡しながら歩いていた。しばらくして、それなりに大きな建物に到着する。
「ここは?」
「ここは”ゲーユー”という服屋さんです! ジンさんはともかく、フリージアさんの恰好はコスプレでないならちょっと刺激が強すぎます。だからここで普段着を買いましょう!」
意気揚々と胸をドンと打つ美月に、ジンは眉を潜めて聞き返す。
「いや、さっきも言った通り俺達は金が無い。さっきの黒い水も君が支払ったんだろう?」
「出世払いでお願いします! ……あはは、困っている人を訳アリだからって見捨てられませんからね。ただ、しばらくは相当困ると思います。わたしも、ジンさん達も……」
そう言って美月はフッと暗い影を落とすが、すぐに気を取り直してフリージアの手を引いてお店の中へと入っていく。ジンはどうやって恩を返せばいいのかと頭を悩ませながら後を追う。
服屋”ゲーユー”は、安くて種類が豊富なのがウリというよくある量販店だった。ちなみにライバル店として”モノクロ”というお店がある。
ジンはお店に入るとその大きさに驚き、初めて動揺を見せた。
「でかい……。魔王の城の壁を取ればこれくらいあるかもしれないが、これが店だと? この世界、かなり凄いんじゃ……」
そう言ってかけられている服を手に取ると、生地の程度もジンが着ている麻の服よりもかなり良いものだと目を細める。高いのでは……? そう思ったジンが美月たちに声をかけようと近づいた時、フリージアが喜びの声を上げた。
「あー! これいい! ねえ、美月ちゃんこれでいいわ!」
「Tシャツですか? そうですね、まだ少し肌寒いです、けど……!?」
笑顔で振り返った美月がフリージアを見ると、バッと広げられた白い生地に『無敵』と二文字だけ書かれた簡素なTシャツだった。
「えっと、フリージアさん? その文字の意味はわかってます?」
「全然! 文字読めないし! なんかカッコいいって魔王のインスピレーション……いえ、第五感が働いたのよ!」
「それを言うなら第六感です……。話せるのに文字は読めないんですね」
「ああ。黒い水を飲んだ……飲食屋か? メニュー表はまったくわからなかった。リアルな絵があったから何となくどんな料理かは想像できたが」
美月はふたりの話を聞き、腕を組んで考え込む。彼女の計画が頭の中でぐるぐると駆け巡り、やがて目を開ける。
「とりあえず服を買いましょう。ジンさんはそういうの疎そうなのでわたしが選びますね!」
「俺はこのま――」
「だ・め・で・す」
「わかった……」
フリージアの時とと同じ顔で迫られ、渋々了承するジン。こそっとフリージアが背中から逆らったらダメよと告げていた。
~一時間ほど経過~
「またお越しくださいませー! ……あら、イケメン……」
入り口付近で服を整理していた店員に見送られ、三人は外へ出て行く。フリージアははしゃぎ、対称的にジンはぐったりとしていた。
「つ、疲れた……」
「あんたがそういう顔するの初めて見た気がするわ」
「あれだけあれこれ着せられればな。お前はスッキリしたな」
「動き易くていいわ!」
『無敵』Tシャツを見せつけるようにくるりと一回転し、フリージアが笑う。
美月は止めたが、フリージアは結局無敵Tシャツにキュロットにパーカーという軽いギャルのような恰好になり、ジンはオーソドックスな紺色のシャツにジーパン、それに春物のジャケットを買っていた。
安いお店とはいえ二人分はやはり厳しく、しめて二万七千円を払った美月はぶつぶつ言いながら前を歩く。
「人助けとはいえ痛い出費……。でも、困っている人、それも異世界人を放っておくわけにもいかないし……。よし!」
パン! と、頬を叩いてジン達へと振り返り、奇抜でなくなったふたりを見て満足して頷いた。
「うんうん、これで不審者には見えませんね! それでは次は図書館へ行きましょう」
「図書館……?」
「はい。この世界の文字を覚えてもらう必要があるんです。さ、こっちですよ!」
「えー……」
「腐るな魔王。もはや俺達はミツキに全てを託すしかない」
「ミツキ、ね! ずいぶん親しげに言うじゃない!」
「なにを怒ってるんだ?」
「別になんでもないわよ! 待って、ミツキちゃーん!」
「……なんなんだ?」
何故怒られたのかわからないジンは、首を傾げながら後を追うのだった。
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