第3話 店主と猫の行動原理

 何故、こんなコトになってしまうのか。


 ようやく辿り着いた地上はどこかで見た憶えがあった。

 が、ここまで炎に包まれていた記憶はない。明るい空も霞む灼熱に慄いたなら、ワーズから人魚の残骸を燃やしている最中だと言われ、泉は納得だけしておいた。

 改めて視線を巡らせて気づいたのは、ここがクァンの店の近くだということ。

 ほっと一息――

 着く間もなく。

「んじゃシウォン、永久にさよならー」

 いきなり放たれる物騒。

「わ、ワーズさん!?」

 慌ててワーズを見れば、ここまで引き摺ってきた白い衣を壁に寄せ、その頭へ銃口を突きつける店主がいる。

「な、なんで」

「んー? だってあんな暗い中で撃ったら、泉嬢、耳やられちゃうし、跳弾しても怖いでしょ? 大丈夫、これだけ至近なら一発で終わるから」

「じゃなくてっ! シウォンさん、殺されないって!」

「んー? それは猫がって話でしょー? ワーズ・メイク・ワーズは元々そのつもりでシウォン、引き摺ってきたんだし」

 ほのぼのと受け答えするワーズだが、シウォンへ突きつけた銃は離されず、指も引き金にかけられたまま。心なし、段々と引かれているように見えては、泉の声が引っくり返った。

「ど、どうしてっ」

「そりゃ、危険だからだよ。また泉嬢狙われたんじゃ、大変でしょ?」

「でも、シウォンさん、猫は諦めるって」

「…………へえ? ”猫は”、ね? んー……それにしても泉嬢ってさ」

「……はい?」

「鈍感?」

「んがっ!!?」

 銃口はシウォンへ向けたまま、ワーズの頭が傾いだ。

(あなたがソレを言いますか!?)

 そう叫びたい心は、あまりのショックから上手く口を回せない。

 わなわな震えるだけの泉に対し、ワーズはへらへら笑い、ゆっくりシウォンへ向き直る。

「さて? 彼女の意思を捻じ曲げて理解した愚かな君? 一度は見逃したけど、二度目はないんだよ? それでも眠っている内に送ってあげる、ボクの優しさに感謝してよねぇ?」

「っ、ワーズさん……!」

 最後通達と思しき言葉がのほほんと吐かれ、引き金にかけられた指がたやすく動いた。目前の凶行に泉ができたことといえば、息を呑むことと、逸らせない目を見開くことだけ。

 鳴り響く、軽い破裂音――と、

「ぐえっ」

 蛙が潰れたような声。

 続き、黒い姿を中心に凹んだ地面とその衝撃音が鳴り響き、

「ま、猫!」

 泉は喉まで出かかった悲鳴の代わりに、上から降ってくると同時に店主を下敷きにした、黒い獣の名を呼んだ。

「ガウ」

 喉を鳴らす短い返事の後で、猫は銃ごとワーズの手を前足で踏む。

 鈍く低い音が上がるのと同時に、銃を中心とした地面が丸く押し潰された。

 シウォンを抑えた時には見せなかった、容赦のない一撃。

 さっと顔を青褪めさせた泉は、取り戻した動きでもつれる足のまま、猫へと身を寄せた。

「ぎっ」

 その際、誤って体重をかけてしまい、潰されたワーズの四肢が嫌な跳ね方をする。

「あわわわわっ、ご、ごめんなさい、ワーズさん! ま、猫、除けてあげて?」

「グルゥ」

 体勢を立て直し、虎サイズの猫の頭を柔らかく撫でる。気を良くした面持ちの猫は、泉へ擦り寄りつつ幾度もワーズを踏みつけ、彼女の背後に回った。右手を労わるように頭で持ち上げた猫は、泉と視線を交わしては金の目を笑みで消す。

 これに応じ、微笑み返した泉だが、すぐさま地面にめり込んだワーズへ声をかけた。

「わ、ワーズさん、大丈夫ですか?」

 けれど混沌の目がが地面に埋もれ恨めしく睨むのは、泉の隣にいる涼しい顔の獣。

「ううううううう……酷いよ、猫。さっきは止めなかったくせに。はっ、それともボクというものがありながら、シウォンを愛しちゃっ――ぶっ!」

 まだワーズの上にあった尻尾が、鋭い音を立てて白い顔面を叩いた。

 軽く揺れる衝撃で泉がよろけたなら、猫はその背を支えてくれるものの。

「猫……」

 泉が非難を込めて呼ぶと飄々とした顔つきで他方を向く猫。

 しかしてその尻尾は未だ、ワーズの上でゆらゆら揺れていた。

「……あたたたた…………ちょっとした冗談なのに」

「ワーズさん……丈夫の範疇超えている気がするの、私だけですか?」

 地面から自身を引っこ抜く店主へ、答えを求めていない問いかけをする泉。

 クレーターの中心で胡坐を掻いたワーズは、シウォンへ向けていた銃口を自分に向けて傾いだ。猫に圧し掛かられた拍子で放たれた弾は、シウォンの左腕の先、肘から下の部分に小さい銃痕を残していた。

 だからといって、腕がないのが幸いした、ということは全くないのだが。

「にしても……猫が率先してワーズ・メイク・ワーズを邪魔するのは珍しいよねぇ。虎狼の時も、あんな派手な援護したくせに、一匹も殺してない…………ってことは、泉嬢、猫に何か言った?」

「え?」

 突然話を振られて目が点となった。

 これといって何も浮かばず首を振れば、ワーズの混沌が細まる。

「そお?……例えば、私の見ている前で殺さないで、とか?」

「…………あ、そういえば」

 思い出したのは奇人街の散策時、シウォンに襲いかかろうとした猫を止めた言葉。

 殺さないで。

 見たくないの。

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