第2話 殺意の塊
対峙した四人の人魚は、かのえへ向かい、
「「「「見つけたわ、かの」」」」
え――と言い終わる前に、内一体が横合いから刀を突き入れられた。
一瞬、止まる空気。
口上すら許さない速さで長い茶髪の人魚を突き刺した黒い瞳は、嬉々とした輝きを何の備えもない眼の中に写す。と思えば、刀の下に草履裏がつき、引き抜きがてら身体を荒々しく蹴り飛ばした。
返す刀で茫然としたていの鳥人女へ斬りかかる。
庇うように翳した左手を切断、胸まで開いては、我を取り戻した右手の爪を知り、後ろへ軽く飛ぶ。二、三度、余波で跳ね、飛んできた爪があるなら無造作に叩き落とす。
この間、一分にも満たず。
「「「「ちょ、ちょっと待ちなさい! 普通、こういう時は相手の言い分を待つのが筋ってもんでしょう!?」」」」
怒濤の攻勢が止まるなり、間髪入れず、人魚がつっこんだ。
臨戦態勢を取る動作は滑らかだが、しわがれた声には明らかな動揺がある。
これを払うが如く、先手必勝とばかりに突撃した剣客は、白刃を大きく払った。
「ふん。阿呆か、お前ら。狙いも素性もはっきりした相手、わざわざ待つ必要がどこにある? 名乗りを上げたいなら隙なぞ見せるな」
「うわ……厳しい」
ぼそり”彼女”が呟く間、蹴られた茶髪と切られた鳥人が体勢を立て直す。
金髪の幼女が鳥人へ落ちた手を渡し、これを傷口に合わせては、手袋を脱ぐ要領で皮を剥がした。内から生白い手が現れるのと同時に、手の形状を保った骨が地に落ち、カシャリと微かな音を立てて散らばる。
「ほお? 便利なものだな。なるほど? 輪郭とやらが保たれている間は、再生が可能というわけか」
刃の眼がかのえの手首を一瞥し、納得して頷いた。
その、瞬間を狙い。
飛んでくる爪。
剣客を正確に捉え――だが。
「飛び道具とは、いただけない」
蝿でも払うような手つきで刀が振られ、弾かれた爪が彼女の影を突き刺した。
「「「「くっ」」」」
怯む人魚たちを前に、剣客は嫌な笑みで唇を彩る。
「さあさあ、こんなモンで終わらせる気か? かかって来いよ。愉しもうじゃないか」
「「「「……いいわ。乗ってあげる」」」」
刀を担ぎ、指で手招き挑発する姿へ、表情を消し去った四人。
息をついては似た顔で、笑う。
「「「「だって貴女、殺しはできても、守ることはできないんですからね」」」」
「!」
ひび割れた声ながら、酔わす響きに剣客が無意識に一歩引く。
これを合図に散開。
「ちっ、舐めやがって……上等じゃないか」
先程までの余裕はどこへやら、苦々しい顔が剣客に宿った。
「かのえ、迎えに来たの、余所見しないで」
そこへ届く、子どもの声音。
反射で腕を持ち上げれば、爪に引っかかる重み。
「ぐっ」
視界に捉えた姿は幼女なれど、押し返すには糸で繋がった右手の強度が足りない。鳥人女のように皮膚を剥がし、人魚の手を出現させれば、この程度の重みに引けは取らないが。
竹平と会話するつもりのかのえにとって、その選択はないに等しい。
全て打ち明けるにしても、段階を経る必要があった。
色々と巻き込んでしまったから。
最初から……最後に至るまで。
巻き込んで、しまうなら――
「無闇やたらに怖がらせたくない……って」
右手の補助として、重みを受け入れるように動いた身体。
これを笑った幼女のもう一方の爪が、上げた腕の下から襲い来る。
半身、傾け。
同時に軸足を移し、強襲ゆえにがら空きとなった逆の脇腹へ、膝を捻り込んだ。
上手く入ったことを告げるように、幼女の中の骨が軋みをあげ、肉が潰れる振動を聞く。
不快さはかのえに預け、そのまま小さな身体を地面へ叩きつけた。
「――かのえの中のシン、ずいぶんと子ども扱いされているのね」
愚痴るように”彼女”が吐き出した。
応えるのは、かのえ自身の唇。
「だって……」
――分かってるけどね。
呆れた”彼女”の口振りに、状況も忘れて苦笑いする。
するとそれを移した笑いが、叩き伏せた幼女の口元に宿った。
「!」
(そうだ、ここにいる”私たち”はこれで全部じゃない!)
はっとして顔を上げれば、剣客が三体と交戦しており、
「くそっ、ラン! お前も戦え!」
「……ぅぐ、む、無茶言うな……二日酔いで朝から何も喰ってないんだぞ? それなのに、このニオイ…………ぎ、ぎぼぢわるぃ――うぷっ」
「戦力外もイイところだな!? お前を連れてきた私が愚かだった!」
「ひ、ひろり……ぉええ」
「…………」
人狼が頭を抱えていた理由を知り、かのえの眼が一瞬半眼になるものの、違う動きを察知しては、駆けようとして足を掴まれた。
「行かせない」
人間の子どもの顔。
かのえの躊躇は一瞬。
「邪魔しないで!」
ありったけの力を込め、小さな頭を蹴りつけた。
ぐらつき、弱まった拘束を振り解きつつ、爪を一本、思いっきり投げた。
「竹平君!」
呼んでどうなるわけでもないが、名を呼ぶ。
開かれる、赤い髪の下、茶色の瞳。
ぼんやりした焦点に水音が降る。
「っひ……」
竹平と介抱する男へ迫っていた、輪郭のない生白い人魚が、投げた爪に胸を突き破られて弾け跳び、
「あ」
「ぐぅえっ」
かのえが標的の脆さに遅ればせながら気づいて声を上げれば、勢い余った爪が、黒一色の男の胸を突き刺した。
「ワーズ!?」
頭を打ったと思しき、鈍い音が響いた。
人魚に怯えながらもこれを見送った竹平が、かのえへ怒鳴りつける。
「何してんだ、かのえ――危ねぇ!」
「へ?」
キツイ呼び声に身を竦ませ、忠告が為されては惚け、直後。
冗談のような衝撃を感じては、痛みはないのに、ぶれた視界の具合悪さが襲い来る。
乗じ、かのえの意識は掠れて遠く、闇に堕ち――。
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