第5話 閑話

 ふらふら前を行く店主は、地に伏す合成獣を一瞥もせず、エレベーターへ向かう。

「おいっ! 芥屋の! 緋鳥を置いてゆく気かい!?」

 すると、お節介な鬼火が後ろから茶々を入れてきた。

 これを無視し、上がったままのレバーを下ろす。

 待つ合間、近づく気配を感じては、面倒臭そうに応対した。

「邪魔にしかならない者を、わざわざ連れて行く馬鹿はいないだろ?」

 これに絶句した鬼火は、眉間に皺を寄せて言う。

「お前…………仮にも育ての親だろうが」

「冗談は止めてくれ。ボクはただ、ソレの父親に頼まれたから、自立まで餌をやっただけ。育ての親? なんの嫌味? それにさ――」

 顎で示す、二つに割れた瓦礫。

 血色の笑みを浮かべつつ、こめかみを銃口で突いて、首を傾げた。

「猫がこうしたってことは、コイツ……泉嬢と、その子の言葉通り一緒に行動しているならシン殿――二人を狙ったってことだよ? 分からないか、クァン? コイツが人間を狙うって意味」

「なるほど? 喰おうとした訳か。笑えん話だな」

 応えは怒りに揺らめく鬼火ではなく、エレベーター横の扉から現れた、血染め袴のすっきりした表情から為された。

 思う存分、幽鬼が狩れたのだとよく分かるイイ顔へ、鬼火が怪訝に眉を寄せる。

「喰おうとした……? そんな訳ないだろう? 確かに緋鳥の血にはすでに人間も混じっているが、芥屋のに嫌われてはいけないと言っているんだよ?」

 これを薄く笑った剣客は、肩に担いでいた得物で宙を切り、絡みつく血と残骸を払っては鞘に納める。

「……本当に、好戦的なんだ」

 茫然とした声が人魚を秘めし少女から漏れ、片眉を上げた剣客が顎で彼女を示す。

「人魚が喰らうは歌に惑わされた魂――詰まる処は心。なれば、皮と骨が取れれば肉は必要なく、凪海は死せる塊に用はなし。……分からんか、クァン」

「何さ、突然」

「その娘から除外された肉を誰が屠ったのか。コイツ、凪海で拾った肉を従業員の無事を訪ねて芥屋に持ち寄ったんだ。齧りつつ、な」

「まさか……」

 鬼火が少女を振り返れば、合成獣の傍らでしゃがみ込んだ彼女はしきりに感心していた。

「へえー……この子、食べちゃったんだ、アレ。こうなってから結構経ってたけど……ああ、凪海には防腐効果もあるんだ。ふぅん、便利だね」

「……かのえ?」

 自分の肉を喰われたと聞いて、他人事のような反応を示す少女に眉を寄せる鬼火。

 顔を上げた少女は困ったように笑う。

「クァン、酷い顔してる。気にしなくていいよ。アレはもう、私のモノじゃなかったんだから」

「! だ、誰が人魚のことなんて気にするか!」

 瞬間、真っ赤に染まった鬼火は、ふんっと鼻を鳴らした。

 しかしすぐさま、少女と合成獣を見比べては、ため息をつく。

「……分かった。けどせめて、どこかマシなところに避けてやれないのかい? このまま売られでもしたら目覚めが悪いよ」

「気、回し過ぎなんじゃないか、クァン。……俺の時は扱い酷かったくせして」

 隠すのに最適な場所を求め、辺りを見渡す鬼火へ、未だ彼女を直視できない人狼が、最後にぼそりとつけ加えつつ言う。

 途端に鬼火が自分の身を守るように抱き、身構えたなら、人狼の耳が伏せられた。

「……本当、回し過ぎ。何もしないって。俺も人は選びたいし」

「がっ!?……しっかり反応したくせしやがって……言うに事欠いて、どういう了見してんだい!?」

「仕方ないだろう。……俺だって、クァンなんかに心動かされたくなかったよ」

「~~~~っっ」

「……落ち着け、クァン」

「だって、史歩、だって!!」

 涙目になる鬼火。

 宥める剣客は途方に暮れた顔つきで人狼へ先を促す。

「で? 気を回しすぎというのは?」

 自分の気持ちを正直に話しただけの彼は、釈然としない面持ちで言った。

「あのさ、伏しているから忘れてるようだけど、コイツ、緋鳥だよ?」

「そんなの見りゃ」

「三凶の」

「…………」

 ピクッと剣客の目元が僅かに震えた。

 彼女にも被さる忌まわしき通り名を、強さを表すものとはいえ、彼女自身は嫌っていた。

 そのせいで、歯牙にも掛けない軟弱者が勝手に怯えるがゆえに。

 人狼も剣客の不穏には気づいているらしく、苦い表情を浮かべる。

「元よりシウォンと肩を並べた逸話持ちだし。誰も持ってかないって。そんなモノ好きいたら、俺、見てみたいんだけど」

「…………分かった」

 渋々、鬼火は頷き、

「んじゃ、行こうか?」

 剣客の出現からやり取りを放棄した店主が言えば、全員の視線が彼に集中した。

 これへ怯みもせず、店主はへらへら笑い続け、後ろをノックして示す。

「エレベーター、来たから、さ?」

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