第5話 猫の欠片

 ふらふら走る黒い姿に届く会話。

「ほ、本気って……なあ、ラン、今は冗談を言っとる場合ではないぞ?」

「…………正気を疑うような目は止めてくれ。俺だって、冗談であったなら、どれだけ嬉しいことか」

 がっくり項垂れる凶暴な相貌を見ては、袴姿が息を詰まらせた。

 余程信じたくないらしい。

 無理もないだろう、短い黒髪の少女は、並ぶ人狼の男より長い時を生き、故に更に長い時を生きる話題の男がどういう類か、よく知っている。

 ショックの程度は少女の方がその分、大きい。

 それでも乱れぬ走りは、彼女の精神力の為せる技か。

「……で、ラン。お前、正直な話使えるか、その頭」

「平気さ……たぶん。……でも最悪、アンタに頼んで良いか、シウォンの相手をさ」

「構わん。願ってもない。ヤツらよりは斬りごたえがあるだろう。さすがの私もあれは……なぁ……」

「……俺も出来れば遠慮したいけど」

 二人揃って仰々しくため息を吐く。

 後ろの黒一色はこの様子に銃を頭へ突きつける。

 ぐりぐり捩じり掻きつつ、

「ねえ、史歩嬢、言い忘れてたんだけどさ?」

「なんだ?」

「あれ、皮被ってるよ」

「皮?」

「あ、そっか。知ってる人、少ないんだったっけ。ほらクァン、勘違いしてるじゃない?」

 じろり、刃の視線が闇に紛れる混沌を射抜く。

「回りくどいな。要点だけ言え」

「んー、つまりね、怖い鬼火に察せられないように、皮と骨を被ってるんだよ。あれらってさ、陸上じゃ輪郭保てないけど、皮と骨さえあれば、肉の部分に入り込めるんだ。だから――強いよ?」

「…………幽鬼以上か?」

「そうだねぇ……力は幽鬼に劣るかもだけど、幽鬼より賢いね」

「……上等だ」

 ぺろりと唇を舐める音が、笑む声に続く。

 うへぇ、と呻いたのは、二日酔いを抱えたままの人狼。

「それってどっちにしろ、俺にはキツいって話じゃないか。やだなぁ」

「なら帰れば?」

「……ここまで来て? それも嫌だな……」

 煌びやかな路を走っても息の切れない会話は、語りを人狼に任せて進む。

 視線を上へ投じ、

「なあ、ワーズ。猫って密閉空間には入れないはず……だよな? なのにどうして、泉さんの居場所を特定できたんだ?」

「猫が特定?」

 良い反応は並行する少女からもたらされたが、その声は剣呑に満ち満ちている。

 灰の顔は決してそちらを見ず、背後の黒い姿から返答を待つ。

「んー、幽鬼の時はまだ身体に馴染んでなかったから、探せなかったけど……泉嬢、猫の欠片、食べちゃってるからねぇ」

「「は!?」」

 本当は足を止めたいであろう、勢い良く振り向く二人は、それでも走る。

 器用な動作にへらへら笑いながら、銃口で頭を掻く男。

「もちろん、猫の判断で、だよ。だから泉嬢が猫のお気に入りなんじゃなくて、お気に入りだから、猫の欠片を食べさせられたんだ、史歩嬢」

「な、なんで私に言う!?」

「やー、だって今、猫に好かれる可能性考えてたでしょ? 尤も、食べるまでが難しいけどさ?」

「ぐ」

 呻いては前へ戻る少女と今度は目を合わせず、人狼が首を傾げた。

「なら、猫、上から援護してくれるってことか? 繋がってるってことだろう、それ」

「……ああ。けど、シウォン狙いたくても、泉嬢と一緒じゃ無理かな……ある程度離れてるなら――」

ドンッ!

 言った先から、遥か前方、砂埃を舞い上がらせ、落下する物体。

 出所は次々落とされる先、奈落の底のような天井から。

「離れてる……みたいだね」

「急ごう!」

 分かりやすい目印へ向け、三人は更に走りを早める。

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