第3話 多勢に無勢
突然、かのえの近くにいた女たちから襲撃され、防御に徹している内、二人からだいぶ引き離されてしまったクァン。
歯噛みして炎を繰り出すも、どうも調子が悪い。
いや、良過ぎると言った方が正しいだろうか。
何かに反応して、いつも以上に火力が強く、気づけば辺り一面を火の海にしてしまった。
残虐さとは裏腹に、諦めと逃げを得意とする人狼が統治する場所柄か、クァンの炎による怪我人は出なかったらしい。
あくまで、クァンが認識した限りでは。
気を回す余裕はない。
五人が同時に、ばらばらに襲いくる、変則的、あるいは規則的な攻撃に翻弄されて。
鬼火が内に秘めし炎は、その意識により自在となる。
ゆえに、死角からの攻撃を受けては、防御もままならない。
この際、虎狼公社全てを燃やす、という素晴らしく暴力的な案が浮かぶでもないが、これを行うには条件が必要だった。
普段、表面で騒ごうが喚こうが、下地はやる気のなさで溢れているクァン。
そのため、感情に左右される彼女の火力を自力で上げるには、途方もない怒りが必要だった。他力では、種によって効果を変える煙の、中でも一等品が必要になる。
どちらも望めぬなら、傷を増やすしかない。
右から、と思えば左から。
上へ流れる筋を逸らせば、下を貫く風が襲う。
前を目に留め、背後へも意識を散らしたなら、本格的な技巧が真正面からやってくる。
曲芸のように飛び交う刃と隣接し凪ぐ刃に翻弄され、強要される滑稽な踊り。
炎をしならせ、放つ。
けれど当たらず、舌打ちする前に間合いが詰められる。
薄いドレスは引き裂かれ、片方の肩紐が切れかけた。
腕を振るう。
足が傷つく。
痛みを堪え、たたらを踏む。
投げ出す格好となった腕が、ジャケットごと裂ける。
噴き出た血は、空気と交わり炎となるも、誰人も焼かず、地を焼くのみ。
頬へ走る衝撃は打撃。
耳が遠退き、視界が揺れる。
仰け反った頭、開かれた首。
叩き込まれる刃は、落ち込みかけた意識から炎を立ち上らせて断つ。
それでも傾いだ身を支える足は鈍く、地面へ叩きつけられた。衝突を庇う腕はなく、肩から落ちては、ぷつり、紐の切れる音が戻った聴覚にこだまする。
けれど襲うは、羞恥より鈍痛。
「ぁぐぅ……!」
起き上がる隙さえ許さず、蹴られた逆の肩から砕けた響き。
耐えかね、勝手に仰向く。
そこへ、冗談のように突き立てられる、刃の数々。
「――――――――――――――――――――っ!!」
横倒しの左足首、晒された左内腿、動かない左腕。
立てた右足、浮かんだ右腿、痛みで動く右肩。
計六本でそれらを縫いつけ、震えながらも不穏を見せた手の平へ、もう一つ。
反射で跳ねるのを押さえつけるように、小さな少女の身体が腹へ落ちてきた。
「かっ!」
漏れる空気。
つられて動いた身体が、貫く刃に裂かれゆく。
流れる血は燃えど、炎を操る意識は続く痛みの波に飲まれて覚束ない。
豊かな胸の中心へ向けられる、最後の一刃。
倒れる鬼火の周りには、刃の持ち主がそれぞれその近くにおり、どれも一様に嗤う。
「「「「「……嬉しいわ。こんなところでお前を狩れるなんて……ねえ、クァン・シウ? 恋に溺れた愚かな女」」」」」
「!」
別々の声を喉へ持ちつつ、重なる音には乱れなく。
(なんて綺麗……)
不覚にも、この場面でそんな風に思うクァン。
降りる、一刃。
弄るように、すぐには貫かず、胸の肌を滑り、上を目指す。
薄く飾る軌跡には、血と肉の傷跡。
続くのは、炎の一筋。
止まったのは喉元、定められた切っ先。
「「「「「早く気づけば良かったのよ。もっと信じていれば良かったの。彼を――いいえ、自分を」」」」」
含みのある言葉に眉を顰める力さえ、残っていなかった。
そのまま突かれては、確実に死が待つ状況。
「くっ……」
絞る声は儚く。
霞む視界は闇に堕つ。
噛み締められない閉じただけの口元は、血と泡を零し――。
なのに、女たちはぴたり、動きを止めた。
嬉々として追い詰めていたクァンを忘れ、揃えて虚空へ問う。
「「「「「かのえ?」」」」」
次いで、違う顔と声に同じ笑みと言葉を重ねる。
「「「「「そう……許さないわ」」」」」
振り向きもせず、刃を抜いては血を払い、どこかへ去っていく。
残されたクァンの身体は、払われた炎にじわじわと浸食され――
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