第10話 通過儀礼

 降りかかる火の粉は適当に払い、朱を散らすガウンから、取り返した華美な舞台衣装へと着替える。

 沈黙した館を出てすぐ、通りすがりの五人を誘った。

 ガラの悪い人狼の老女に連れられた姿から、どこかへ向かうか帰るかの途中であったらしく、老女を先頭にして歩けば、質の悪い連中を捌く面倒が避けられた。

 どうやら相当地位のある女将らしい。

 時おり知り合いらしき者が呼び止めるが、適当にあしらえと伝えてあるため、ぞんざいに手を振るばかり。

 外見もさることながら、中身もだいぶ陰険そうだ。

 良心の呵責は薄れて久しいが、コレに連れられた四人を憐れむ思いが、自然と湧いてきた。

 華やぐ街並みから遠退き、はずれにある地底湖へ各人の身を沈める。

 肉を削ぎ、臓腑を排除。

 頭だけは残す。

 意識は大部分を奪っているため、抵抗も嘆きもない、手軽な作業だ。

 一時、真紅に濁った水はすぐ元の透明度を取り戻し、必要のない肉は湖の上をゆらゆら漂い、岸へへばりつく。

「さあ、どうぞ?」

 水中に残った、五つの皮と骨を与えれば、それらは元の形を取り戻していく。

「どう?」

 次々上がる姿へ人狼の爪を一、二本ずつ渡し、感想を聞けば、長い茶髪の少女が、

「ええ、良いと思うわ」

 鳥頭の娘が、

「ちょっと皮が足りないかしら」

 死人の女が、

「うーん、それなりねぇ?」

 金髪の女の子が、

「小さいわ」

 人狼の老女が、

「我慢なさいな。私の方は骨が少し大きいわね」

 口々にきゃーきゃー言い合う。

 その様子を見、艶めく黒髪をかき上げ微笑むかのえは、水中に待機していた他の者へ指示を出した。

「私たちはこっちでシンを捜すから、”私たち”は上で欠落部を捜してね。ヤり方は任せるから」

「「「「「ええ、任せて頂戴な」」」」」

 合唱が響くのは、凪海から流れ来る地底湖の、薄暗い窟の中。

 巨大な空洞内にある煌びやかな街並みとは違い、こちらは見上げればすぐに鍾乳石の先端が広がる。

 てらてら湖を蒼く照らす光は、生白い一団が上へ向かい、壁這う姿をかのえへ示す。蟻の行列以上に連なるのは、竹平の人気の具合を現し、少しだけかのえの表情を曇らせた。

 その口がくすり、笑みに歪む。

「かのえ? 気にしないで。”私たち”は私だから。身体は別かも知れないけど、心は全員が共有してるの」

 宥めるように己の髪を撫でれば、同じ口で、

「分かってるわ……でも、駄目ね。ああやって違う身体を見ると、ね」

 ため息を吐く。

 と思えば、またくすくす笑い始めるかのえ。

「分かるわ。私は一番かのえに近いから。だからこそ――駄目よ? もう一つの考えは」

 剣呑な黒を宿す目を爪に移せば、かのえの視線が下を向く。

 沈黙が数秒を刻み、顔を上げれば五つの違う顔、けれど同じ笑み。

 かのえも似た微笑を浮かべ、

「それじゃ、行きましょうか。シンを捜しに」

「「「「「ええ」」」」」

 先程より少ない合唱だが、声の調子が一定しないため、迫力はこちらの方が勝る。

 それでも、先に行かせた生白い集団よりは、遥かにマシであろう。

 なんといっても、竹平は臆病なのだから。

 輪郭のない姿に探し当てられ、そのまま記憶を飛ばされては適わない。

「でも、この手を見ても、結果はおんなじ……かな?」

 かのえの黒い瞳が映すのは、破れた包帯の合間から覗く、皮膚に覆われた生白い肌と溶けかかった半透明な肉の裂傷。痛々しい様を眺めては、一つ首を振り、「ま、良いか」と五人を引き連れ、場を後にした。


* * *


 銃声に驚いて足を止める。


 クァンの店には結局彼女はおらず、住み込みの娘へ、店前で捌いた幽鬼を数体預けてから、虎狼公社に下りた史歩。

 とはいえ、シウォンがどこで従業員を”食い物”にしているのか知らず、探し回っている耳に届いた、洞穴内だからこそ反響する音。

 直感で、ワーズが放った物とし、出所を目指す。

 途中、「げっ」だの「ひっ」だの呻く他種族たちには目もくれず、開かれた路を一直線に進む。

 邪魔すれば叩き切るつもりであったが、どうやらそんな愉快な輩はいないらしい。

(腰抜け共め!)

 それが逆に苛立たしく、血に染む袴姿の視線を退いた人狼へ投じれば、耳が伏せられた。

 余計、ドス黒い思いが渦巻いていく。

 力量を知るのは良いと思うものの、自分よりデカい図体で、怯えを宿されるのは気分が悪い。

 通り魔的犯行を心に描きかける史歩。

 けれど妙な気配を感じたなら、半身を逸らして、繁華な店の一角に潜んだ。

 そびえ立つ幽玄楼の方角から、史歩と同じように路を裂いて現れたのは、白い衣の人狼。腕には赤い衣の、煌く街並みに負けない美麗な髪飾りをつけた娘が抱えられている。

 褐色の髪や年恰好が泉と似ているものの、青黒い人狼の表情は、史歩の知る嘲り嗤う余裕綽々のシウォンとは違い、苦渋を示していた。

(それに、綾音はあんな格好してなかったしな)

 人狼に合わせたと思しき服は店主の趣味じゃないだろう、と勝手に解釈し、二人組を見送る。

 路に出、先程の人狼を「シウォン・フーリ」と呼ぶ声を聞いても、史歩はただ、似た格好の同性同名もいるんだな、としか思わず。


「はあ!? あれがシウォン? しかも幽玄楼、妻ってなんだ!?」

そう史歩が叫ぶのは、程なくワーズらと合流して後のこと。

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