第2話 ”彼女”

 下らない宴は一人ずつ進行し、かのえの番になって終わりを告げた。

「がっ!?」

 細い指が毛に覆われた太い首を締め上げる。

 一糸纏わぬ白い肢体に流れる黒髪は、跨る腹の上で妖しく艶めく。

 苦しむ下の存在は、包帯の巻かれた手を爪で幾度となく掻くが、裂かれた皮膚からは、鮮血色の肉が見えるばかり。

ごきっ……

 鈍い音を最後に呼吸を止めた男へ、少女は一切の感情を留めず宙を仰ぐ。

「シン……」

 愛おしい名を呟き、苦もなく立ち上がっては、絶命した肩に足をかけ、その腕を無造作に引き抜いた。

 死してなお、噴出る血に構わず、更にもう一本を引き抜く。

 己の血ではない、朱に染まった凶器へ微笑みかけ、視線を感じ、辺りを巡る。

 自分と同じ年頃の、人間や異形の入り乱れた顔がどれも怯えを浮かべていた。

 あるいは、広い寝台の上に散乱するモノと同じ、恐怖に引きつり泣き叫ぶ――――

「何が、怖いの?」

 目の前で幾人を殺めた腕を胸に、ふと気づいて近くの娘の薄いガウンへ手をかける。

 小さい悲鳴に思い遣る心も持たず、衣を剥ぎ取った。

 裸体が床へ転がっても関心はなく、手にした衣を纏う。

「………持ち歩くには、やっぱり大きいかしら?」

 男に似た獣面の少女を見つけ、その手を掴みあげた。

 本性をまだ知らない瞳は、かのえを化け物として見つめる。

 ふんわり馬鹿にした笑みを一つやり、男の比ではないが少女の鋭い爪を使って、太い腕の指を抉り切る。

「ひっ、ぃや」

「嫌? おかしなことを言うのね、貴方。この手から酷い目に合わされたんじゃないの?それとも別の手? ふふ、ありがとう」

 早速切れ味を試すが如く、爪を用いて少女の首を裂いた。

 涙と血に濡れた顔から目を逸らし、残った口から零れる悲鳴へ首を傾げた。

 すぐに、応えはもたらされた。

 ――そうね。シンを迎えに行かなきゃ。

 胸内から浮かび弾けた、波間の青白い顔の赤い髪の少年に、かのえはくすくす笑う。

「シンは……怖がりだから、早く行ってあげなきゃね。でもここ、広いわ。あんまり遅くなったら、また、誰が彼に憑いてしまうか」

 言いながら、扉に縋りついていた少女を払い刎ねた。

 崩れかけた身体を足で蹴り除け、ちらりと寝台を振り返る。

 両腕を失った死体の回りには、屈して呻く影と朱に沈む肉塊。

 世話になったクァンには悪いが、女は邪魔だから幾ら死んでも、傷ついても構わない。

 男は竹平だけでいい。生きている男は彼だけで。

 だからこそ、早く彼を探さなくては。

「……やっぱり”私たち”を呼ぶべきね。幸い、ここは水脈が近いみたいだし」

 頭を振り、

「ついでに、欠けた心も拾っちゃわないと。ちょっと欠けたくらいなのに、我が侭なんだから。一緒に連れてけば、こんなに手間取らなかったわ」

 ため息を漏らし、

「仕方ないわ。私は知らなかったんだもの、そんな条件があったなんて。でもやっぱり、私一人じゃ駄目かしら?……ねえ、思いついたのだけれど――――」

 翳した爪に映る、黒い瞳の奥へ笑いかける。

 映ったかのえの顔が、妥協に微笑んだ。

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