第12話 手加減知らず
思った通りというか、人狼であったシウォンと女たち。
内、シウォン一人が蹴りでずらした鮮魚箱は、同じ人狼であるランにしか直せず、恐縮する泉に対して何故かワーズが「構いやしない」と笑う。呑気な様子に戸惑っていれば、ランの方が逆に恐縮し、冴えない顔に苦笑を浮べて「気にしないで」と頭を掻いた。
訳ありの風体に首を傾げていると、ワーズが泉を居間の椅子へ招く。
どうしたものかと迷ったが、店にいたところで手伝えることは何もなく、かえって邪魔になりそうだと示された席へ座った。
招いたワーズ自身は、泉の前で中腰になって尋ねる。
「泉嬢、何かされた?」
「あー……顎下に」
指で妙な感触があった箇所を示せば、ワーズがため息と共に首を振る。
「やーれやれ。あの変態、また懲りずに……待ってて泉嬢。消毒するからさ」
「しょ、消毒?」
悪寒は走ったが、そんなに物騒な代物と思わず、ごそごそコートを探るワーズを凝視した。
「よっ」
掛け声一つ、手品のように綿と薬瓶を取り出し、じゃばじゃば中身を綿に掛けては絞る。一度払ってから左手で泉の頬を押さえ、問題の箇所を銃を持つ手で器用に丹念に拭いていく。
シウォンの撫でた右頬の熱が、ひんやりとした手の温度に薄まるのを、少しくすぐったく感じる泉。反面、綿で擦られる顎下は、段々と痛みに変わっていった。
「わ、ワーズさん、そろそろ痛くなってきたんですけど?」
「ん……んー?……よし、これくらいで良いかな?」
はいお仕舞い、と離されてようやく触れた箇所に残る、痛みと熱。
血が滲みそうなほど赤くなっている気がする。
馴染ませるように数度撫でながら、また手品の如く出した物を片付けるワーズへ。
「あの、そんなに危ないんですか、さっきの……」
「危ない、ってモンじゃないね。毒だよ、毒。大抵ボクの姿が見えないとこで、従業員の娘に手を出してさ。信じられるかい? たった一回、キスされただけで、みーんな、あれのとこへフラフラ引き寄せられて、戻って来なくなるんだ」
「戻って……?」
毒とはそういう意味か、と顔をほんのり赤らめながら、もう一つ引っかかった言葉には内心で眉を顰めた。
キスという単語を知っているワーズ。
つまり、あの時のアレは、彼にとってキスではないということか。
本当に自分だけが意識してしまったのだと、改めて認識してしまった。
複雑な思いを抱えつつ、なおも「毒」の触れた箇所を擦っていれば、店側からシウォンに関しての説明が追加される。
「あの人は人狼の本性をそのままなぞる人だからね。たっぷり自分に溺れさせた後で、飽きたら同族でもない限り、腹掻っ捌いて臓物を喰らうんだよ」
ここは赤くなるべきなのか、青褪めるべきなのか。
女たちが「末路」と言った意味を理解しては、引きつり笑いしか浮かばない。
「しかもあれにとっちゃ、ボクはラン以上に気に入らないみたいでねぇ。若い娘の従業員が入る度に連れてってさ、わざわざ残骸を芥屋にばら撒いて来るんだよ。ウチじゃ、人間の肉なんて取り扱ってないってのにさ?」
へらへら「困るよねぇ?」なんて同意を求められても、辛うじて保っていた笑いが崩れるだけ。
(そういや、この人、前に「死んだ者に興味はない」って言ってたっけ……)
つまるところ、泉がそんな風に最期を迎えても、ワーズはただ「困った」と笑うのか。
納得しかねる思いに頭と胸が気持ち悪くなる。
これを嫌って泉は話題を逸らした。
「ええと……ランさん以上っていうのは?」
鮮魚箱を戻し終え、一息ついた姿に視線を送れば、目があちらこちらへ泳ぐ。
これを変わらず笑うワーズが、楽しそうに銃をランへ向けた。
「そりゃあもちろん、因縁の相手だからねぇ? ランは人狼最強だったシウォンに勝って、その称号を手にしちゃったばかりか、本当なら引き継ぐはずの群れ蹴ってさ。でも何よりあれがラン嫌うのって、勝ったくせにトドメ差さなかったから、だよね」
「う、煩いな! 大体、あれはマグレで……。第一、同族嫌いの俺が、どうしてあの人の群れを引き継がなきゃいけないんだよ」
深々とため息をつく。
自分から振った話とはいえ、この見るからに弱そうな男が、どうやればあの荒々しい美丈夫に勝てるのか、想像できない事柄に泉は驚くばかり。
と、そこへ、
「御免下さい。お姉ちゃんはいますか?」
店からひょっこり顔を覗かせる、オーバーオール姿の子どもが一人。
短い髪自体が淡く発光しているような頭に夜を髣髴とさせる瞳、愛くるしい顔立ちが、泉を認めては白い牙を見せて笑う。
死人と呼ばれる種特有の鋭い牙を見ても、泉は人狼ほど臆さず、つられて笑ったのだが。
「そういや、泉嬢、太いの気にしてたよね?」
思い出したかのように唐突に言われては絶句し、へらへら銃で頭を掻く白い顔を睨みつけた。
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