2
「それで、どうしました」
「はい、私は司祭として十字架と聖水で、イエズス・キリストの御名によって悪魔退散を命じました。すぐに悪魔は離脱しました。やはり
オルガンティーノ師は、少し考えていた。そして目を挙げた。
「あなたがその悪魔を祓った結果は、どうでした?」
「村の人たちはみな私の力に驚いてますます信仰を深め、その悪魔にとり憑かれた男も含め最終的には一ヵ月で五十人ほどの島民に洗礼を授けてまいりました」
「そうでしょう。悪魔がとり憑いて表面に浮き出たために、かえって『
私は、悪魔がとり憑いて、司祭がそれを祓ういということは話としては知っていたし、一応その方法も司祭として知らされていはいる。だが、目の前で見たわけではないにせよ、実際の話として聞くのは初めてだった。
「本当に、悪魔が表面に出るということはあるんですね」
だから、そんなふうにつぶやいた。
「この国でも、昔から事例はあるようですね」
さらりとオルガンティーノ師は言う。
「私は日本に来てから数年間は日本の古典や仏教を学び尽くしました。日本でも仏教の僧侶が悪魔を追い出しています」
「でも、イエズス・キリストの御名によるのではなければ、それはただの迷信にすぎないのでしょう?」
セスペデス師の問いに、オルガンティーノ師はうなずいた、
「たしかに。でも、浮き出てくる悪魔は同じものですよ。でも、日本では絶対的善の『
「え?」
私もセスペデス師も同時に声を挙げた。オルガンティーノ師は話を続けた。
「多くは死んだ人の霊魂で、それが人にとり憑いて障りをなす。それを日本では古来
私はやはりあの曲直瀬ベルシオール先生について仏教の諸派の教えを学んだので、なんとなく見当がつく。だが、セスペデス師にとっては理解の範囲を超えているようだ。
「そんな、人の霊魂が悪魔?」
確かに我われの知る範囲では人の霊魂は死んだらすぐに私審判を受けて天国か地獄に振り分けられ、また煉獄で苦しむ者もいるが、死後の霊魂がこの世に残って他人にとり憑くなどという話は聞いたことがない。
オルガンティーノ師は話を続けた。
「私もこの間それを聞いた時は驚いて、
もちろんセスペデス師も私もよく知っている話なので、うなずいた。
「その時イエズス様は悪魔に『汝の名は何か』とお尋ねになり、悪魔は『我が名はレギオン』と答えていますね。このレギオンという名は、同じ話が載っている三つの
それが、私も神学校で学んだ内容である。
「でも、この悪魔は悪魔ではなく人の霊魂で、生きていた時はローマの軍隊の兵士だった霊とも考えられます」
驚いた。間違ってもコエリョ師やフロイス師はこのような考えには至らないだろう。
「ですから、イエズス・キリストの御名による悪魔祓いも悪魔が人霊である可能性も考えて、無理やり命じるのではなく、その霊をサトして浄化し、改心させることによって救っていくのでなければ、かえって災いにもなる。イエズス様はこんな話をされましたね、『穢れし霊、人を
「ああ」
私は思わず声を挙げていた。どうもこの個所の意味が分からなくて、悩んでいたこともあったのだ。
「イエズス様の場合は、さすがに我われとはケタが違いますから、追い出した霊を砂漠でさまよわせたりせずに、豚の群れに入れます。その豚がどうなったかは、ご存じですよね」
その豚の群れが一斉に湖に飛び込んで死んだことはよく知っている話なので、誰もがうなずいただけだった。
「ユダヤ人は豚肉は食べないから、豚を飼っていたなんて異教徒の土地なのかもしれませんけれど、ユダヤ人にとっては最も穢れた動物とされる豚にその霊を入れたのです。もちろん私たちはそんなイエズス様のようなことはできませんから、心してかからなければ大変危険なことになりますね」
理路整然としている。私はあらためて『
ヴァリニャーノ師が私を都布教区に派遣し、このオルガンティーノ師という素晴らしい司祭のもとに配属してくれたのだ。もし長崎にいて、あのコエリョ師やフロイス師とともにいたとしたらと思うと、ぞっと背筋が寒くなるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます