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 三位一体の主日が終われば、その次の木曜日が聖体の祝日コルプス・クリスティとなる。

 去年は高槻で大々的な行列を行い、多くの信徒クリスティアーニが参列して夢のようなひと時を過ごしたことはまだ記憶に新しいが、それでももうあれから一年がたつのである。

 今年は果たしてどうするのか、オルガンティーノ師の考えを聞いてみなければと私は思っていた。だが聞くまでもなくそ日曜の夜、オルガンティーノ師の方から話があるということで司祭、修道士は集められた。

「これまで毎年、聖体の祝日コルプス・クリスティは学生たちを連れて高槻まで行き、そこで祝っていました。聖体の祝日コルプス・クリスティには聖体行列が欠かせませんが、この安土の神学校セミナリヨの礼拝堂ではいかにも狭すぎるし、ふさわしくありません。しかし、今は高槻に行くとなるといろいろと問題があります」

 オルガンティーノ師の言おうとしていることは、だいたい察しがついた。いよいよ信長殿が「天下布武テンカフブ」(ミリターレ・ソット・イル・チェーロ)の総仕上げの戦争をしようとしている。その状況を鑑みてのことだろうとそう思っていたら、果たしてオルガンティーノは話を続けた。

「ご存じのように、信長殿は四国シコク長宗我部チョーソカベ殿との戦争に三七サンシチ殿を派遣することになっています。ほかに、毛利モーリとの戦争にもたくさんの援軍を出す模様です。高槻タカツキのドン・ジュストにも信長様より戦争に行くようすでに命令が下っているとも聞きます。もし、土地を領有する殿であるドン・ジュストがもし戦争に行っていて留守ならば、その城の中にある教会で盛大な祝い事は慎んだ方がいいと思うのですよ」

「やはり、都でしょう」

 と、フランチェスコ師が口を挟んだ。

復活祭パスクアも都でやったのですから、この安土に教会ができるまではしばらくは都の教会で行うのがいいとも私も思いますよ」

「ただ、高槻は市民の大部分が信徒クリスタンなのであのような盛大な行進ができましたけれど、都は信徒クリスタンが少ないし、一般の庶民の方々にとっては馴染みのない行事となるでしょうね」

 と、私も思うところを述べた。やはり私としては、あの高槻の盛大な行列が忘れられなかった。

「しかし、それだけに行列自体が福音宣教になるのではないですか」

 フランチェスコ師が言うとおりだった。オルガンティーノ師も笑みながら、うなずいた。

「今年は、都の教会にします」

 ということで、前日の水曜日は都に行くことに決まった。その日のうちに都に入ることになる。

 そして月曜日を迎え、また神学校セミナリヨでの学生たちと過ごす毎日が始まった。

 その日、徳川殿はいよいよ安土をあとにして都へと向かった。安土に来た時はごく少人数で見物に行った人たちは拍子抜けしたが、今度はかなりの数の軍隊を連れていたので、またもや安土中の人々は大騒ぎで見物に行った。

 だがそれは、徳川殿の軍隊ではなかった。徳川殿とともに、信長殿の長男の城介勘九郎殿もともに都へと行ったのである。だからそれらは勘九郎殿の軍隊だったのだが、なぜ勘九郎殿も都に行くのか今一つ分からなかったし、またなぜここしばらくことごとく徳川殿と行動を共にしているのも不思議だった。

 だが、何か事情があるのだろうと深く考えないことにした。これから徳川殿は信長殿の勧めで都、奈良ナラサカイなどを見物してくることになっているという。


 そして我われは徳川殿が去った翌日の火曜日、つまり我われが都へ向かう前の日に城に上がって信長殿と対面した。やはり、我われが安土の地を離れるときは信長殿に挨拶を申し上げ、その道中の許可を得るべきだと考えたからだ。

 我われが天主閣の最上階の部屋で待っていると、やがていつものように上機嫌で信長殿は現れた。そしていつものように和やかな会話が信長殿とオルガンティーノ師との間で交わされていた。

 ところがいつもと違って、我われが「都」という言葉を言った瞬間に、信長殿の顔つきが変わった。顔を曇らせている。しばらく間をおいた後、

「どうしても今、都に行かねばならぬか」

 と言った。

「たとえば十日後とかではいかがか」

「我われはキリシタンの間で行われる行事のために都に行くのです。これは日付が決まっている行事なので日延べはあり得ません」

「であるか」

 信長殿は、また少し考えていた。

「分かった。実は、これはあまり大げさに言いふらさないでもらいたいのだが、予も近々都へ参るつもりなのだ。だが、バテレン殿たちは予が参る前になるべく安土に戻って来られよ。あるいはそれが無理なら、予が都に参った時も予の在所を訪ねるのは無用ということにしてほしい」

 ここからはいつもの信長殿ではないような気がした。いったいこの信長殿の言葉の背後には何があるのか、我われには見当もつかなかった。

 ただ、信長殿は何かをたくらんでいる、そして何かを隠している、そんなことが薄々と感じられる彼の様子であった。しかし、信長殿がこうしろといったらこうするしかない。

 そして信長殿はまたいつもの様子に戻って、

「バテレン殿方も予も双方が都より戻ったら、いよいよ南蛮寺の建設に入ろう」

 と、力強く言ってくれたので、それだけが明るい話題となった。

 我われはまた一通りのあいさつをして、城を退出した。

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