Episodio 6 日本の喜望峰(Sud Satsuma)
1
翌朝、今度はいい風だったので、我われはいよいよ本当に出港することになった。前に一度出港した時はジアン夫婦しか見送りはなかったが、今は二十人近くのキリシタンに見送られての出港であった。この港に四日も滞在したことになる。
船は風を受けてかなりの速さで岬の先端まできて岬を回り、もう内之浦は見えなくなった。
ここから先はしばらく陸地の上は結構高い山となり、海岸は崖となって平らな土地はほとんどなくなった。そんな景色がしばらく続き、船の針路も真南に向かってではなく南東に向かう形となっていた。
そして今までの経験だと、陸地はやがて細長い岬になって、さらにその先を旋回することになる。今回もやはりそうだった。陸地の先端は海に細く長く突き出た岬で、そこを回って一気に船は再び北上するに針路をとった。北上といっても北西へ向かってであり、岬が突き出た陸地からは離れて行く。
どうやらここが九州という巨大な島の最南端らしい。私はふと、アフリカの最南端の
日本の喜望峰を回ると、すぐに前方に我われは実に不思議な光景を見た。
岬の向こうの前方に別の陸地が見えた。といっても島ではなく、陸続きのようだ。
そしてその大地の一角にきれいな三角形の巨大な山が、海上にそそり立っている。まるで人工の建造物ではないかと思われるようなきれいな三角だ。
海の上に浮かんでいるようで、その背後には比較的なだらかな台地が横たわって、地続きになっている。つまり陸地の先端に大きな円錐形の山がそびえている。周りの土地が平らなだけにかなりの高さに感じられる。
その半分は陸続きで、半分が海上に浮かんでいる。なんとも不思議な光景だった。こんな平らな土地にぽこんときれいな三角の大きな山があるというだけで珍しいのに、その山が半分海に突き出ているのだ。
「『
ヴァリニャーノ師もその大自然を目にして感動しながら、そのようなことをつぶやいていた。
その山がある別の陸地と、今回ってきた岬のある半島は地続きのようで、海は巨大な湾となって大きく入りこみ、その向こうはなだらかな丘陵地帯が広がっている。その丘陵の背後に、近づけばきっとかなり高い山だろうと思われる山が小さく顔を覗かしているのも見えた。
つまり我われの船は今、かなり大きな湾を横切ろうとしているのだ。
船は例の山を左に見ながらさらに北へと進む。
そして船は湾の奥の方までは行かなかった。裾野を広げる三角の山のある陸地の方のもっと北にある港に、船はゆっくりと入って行った。
そこは
これまでに増してにぎやかな港だった。町も活気にあふれている。それもそのはずで、ここは島津領の海の
ここにも
ヴァリニャーノ師は私とフロイス師に手分けして彼らの告解を聞くように命じ、また一人ひとりから挨拶を受けていた。
彼らが帰った後の夜、ヴァリニャーノ師は一同を集めた。
「ここの港が、薩摩の
「ちょっと待ってください」
そこで話に割って入ったのフロイス師だ。
「たしかにこのまま湾の奥へ入って行けば、そのまま船で鹿児島には着けます。しかし船頭にはそのことは?」
「いや、まだ」
「やめたほうがいい」
フロイス師はびしっと言った。
「あくまでこの船も船頭も豊後のドン・フランシスコが提供してくれたものですから、ドン・フランシスコにとっては敵である島津殿の住む町まで行けというのは酷だ」
それはたしかにフロイス師の言う通りだと思っていたから、私は黙っていた。
「では、船はここで待たせて、陸路を鹿児島へ行くのがいいのですか」
「いえ、船頭は、明日は出港と言っていました」
「ああ、たしかにね」
船の旅に関しては、船頭の方がむしろ
「この後、何日か滞在できる港で、誰か私たちの中から一人か二人を鹿児島に派遣されるとよい」
この場はそのフロイス師の提案を、ヴァリニャーノ師は受けることになった。
翌日は日曜日だったので、昨夜訪ねてきてくれた
その
船はしばらく南下して小さな岬を回ると、例の三角の山はその威容をもって我われの前に立ち憚った。
近くに寄るとかなりの高い山である。半分はほぼ平地に近いなだらかな土地、あと半分は海の中という微妙な位置に、山はどっしりと腰を据え、天高くそびえている。
その不動の姿にまさしく『天の御父』という言葉と重なってしまうほどだ。それが湾の入り口にそびえ、まるで湾の中を守っているかのようだ。
ところがこの日は、午後になってさらなる景観が我われの目を奪うことになる。
船はその山の麓をぐるりと回るように、今度は西にと舵を取った。
しばらくは振り返ればあの三角の山――船頭に聞くと、名前は
ところが昼過ぎごろ、ずっと西に向かっていた船がある岬を回り、方向を転換するために北上し始めた頃から海岸線に変化が見られた。
海岸線は砂浜ではなくそれほど高くはないが岩石がむき出した崖となり、その上に緑の丘が乗っているという形で、そのままの形態で延々と続くようになった。つまり波がぶつかる所はずっと黄土色の地層がむき出しなのだ。
しかもそのまままっすぐに崖は続いているのではなく、小さな岬と入り江の繰り返しで、複雑怪奇な海岸線となったのである。
時には入り江というよりも、かなり陸地の奥に海岸線が入りこんで、小さな湖のようになっていたりする。ほとんどジグザグといってもよい。さらに岬の先端などには実に様々な形をした岩が無数に波の上に顔を出しており、それらに波がぶつかって白いしぶきを上げていた。
まだのこの景観はずっと続きそうだった。
「波がぶつかったその浸食で、このような海岸線になっているのだな」
と、それを眺めながらヴァリニャーノ師はつぶやいていた。
紺碧の海と黄色い崖、それにぶつかり白いしぶきを上げる波、そしてその上の緑、これらの色彩が同時に目に飛び込み、しかも一時的な景色ではなく、複雑なまでの変化を禿きながら延々と続くのである。
時には、岩がくりぬかれて、穴があいているようなところもあった。まるで岩に
これを『
本当はもっと近くでその景色を堪能したかったのだが、船頭は海岸からかなり離れた所を航行させていた。近くで見たい旨をヴァリニャーノ師は船頭に申し出ていたが、船頭は笑いながら首を横に振った。
「あげな岩があんげこんげにあるんやぜ。近づきすぎたらぶつかるんや」
たしかにそうだ。しかも波が荒く、船はかなり揺れていたので海岸に近付き過ぎると危ない。崖にぶつかる波は、かなりの高さまでしぶきをはね上げている。
風のない穏やかな時ならもっと近づけたのではと思うが、そうなると白い波のしぶきもほとんど上がらないし、だいいち風がなかったら船は航行できない。これだけ波が高くなるほどの風だから、船もかなりの速さで航行しているのである。
そうこうしているうちに海に細長く突き出た岬の先端を回ったとき、またもや不思議な光景が見られた。岬の先端部分が途切れていて、二つの大きな岩の間に先端の尖った細長い岩が二、三本、まるで天を突くように柱のように垂直に立っている。
「ああ、あれが見えたらもうじきじゃぜ」
と、船頭は言った。その次の岬を回った入り江にあるのが
それを聞いたヴァリニャーノ師とフロイス師は、一瞬驚いたような表情を見せた。
「今日寄る港はどちらでん構わんでやけんど。岬をはさんで隣同士かぇら」
と、そう言う船頭にヴァリニャーノ師は間髪を入れず
「
と、自ら日本語で言っていた。そしてヴァリニャーノ師とフロイス師は、二人して祈るような仕草をしていた。
我われほかの三人がきょとんとしていると、
「こんなありがたいこと。感謝しかありません」
と、また祈っていた。それは感謝の祈りだということになる。そして目を挙げて、ヴァリニャーノ師は説明してくれた。
「かつて
それを聞いた私もメシア師も、そしてトスカネロ兄も皆驚いて、そしてやはり思わず手を合わせていた。思えば私はゴアではザビエル師の御遺体を拝し、マカオに着く前には
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