8

 翌日、城の方でもミサの準備が進んでいるということで、祭壇設営に必要な道具や、ミサで使う聖具などを修道士に城へと搬入させた。

 そして迎えた当日。天気はよく晴れていた。

 カブラル師とフロイス師、ヴァリニャーノ師はじめ私とメシア師、トスカネロ兄、府内教会のフィゲイレド師、ラモン師、さらには臼杵教会のラベロ師とアントニーノ師、そして野津教会のモンデ師と、このメンブロ(メンバー)で城へと上がった。ほかにも若干の留守番を残して、ほとんどの修道士もミサに参列するため登城した。

 ミサを上げる聖堂の代わりとして借りた広間には、もう美しい飾りが施されていた。

 この日の司式はヴァリニャーノ師で、アッシジの聖フランシスコを偲んだ。当然のこと、ドン・フランシスコも今の妻のジュリアと共に参列した。また、城内のドン・フランシスコの家臣で信徒クリスティアーニである武士サムライも女中も皆ミサにあずかった。

 司式司祭のヴァリニャーノ師の祭服は特にきらびやかで、ここでもミサ中に教会から連れてきた聖歌隊による聖歌の合唱があった。

 ミサの後、ドン・フランシスコは我われ司祭たちを酒肴でもてなしてくれた。事前にヴァリニャーノ師がドン・フランシスコにはカブラル師に関することを聞いたことは口止めしておいたので、ドン・フランシスコはこれまで通りカブラル師とも打ち解けて談笑していた。

 宴は大広間で行われた。大きな食卓はなく、床の上に列をなして座ったそれぞれの前に一人分の小さな膳が据えられ、食事はその上に乗っていた。この、一人ひとり別々の食膳というのが珍しくも奇妙であった。

 宴も終わりの頃、ドン・フランシスコは立ち上がってヴァリニャーノ師の背後にかがみ、何か耳打ちしていた。そして立ち上がって宴の間より出ていく。ヴァリニャーノ師もすぐに立ってメシア師、トスカネロ兄、そして私に目配せだけで一緒に来るようにと促した。

 何ごとかといぶかしく思いながらも私も立ち、フスマが開けられた方へ歩いていく時、カブラル師の背後を通る形になった。カブラル師は振り向く形で私を見上げ、

「ああ、あの狭い部屋に閉じ込められるのですな。お気の毒に」

 と謎めいたことを言ってから、にやりと笑った。

 廊下に出ると、我われを待っていたドン・フランシスコは、我われを先導してゆっくり歩き出した。そしてある部屋の前で、小さな扉を横に開けた。先ほどの宴の間から遠くはなく、宴の席の談笑の声がここにも聞こえる。

 扉は背丈ほどの高さはなく、胸くらいまでしか高さのない入り口で、

「どうぞ、こちらへ」

 と、言って先にドン・フランシスコが入った。まずヴァリニャーノ師がそれに続いたが、私はまさかと思いながらもどうしても警戒心を持たずにはいられなかった。

 最後に入ると、部屋はもうろうそくの明かりで照らされていた。ろうそくは紙でできた四角い囲いの中にあり、直接に光が当たらないようになっていた。

 本当に狭い部屋だった。奥の床の間トコノマの上には何のきらびやかな装飾もなく、この国の文字が一文字書かれた壁掛けとその下に小さな花瓶に一輪だけの小さな花が置かれているだけだった。それなのに全体的に清潔さが漂い、そのセンプリチェ(シンプル)さが余計に「何もない」という美しさを醸し出していた。

 まずドン・フランシスコが床の間の前に座り、

「どうぞ、お座りなさい」

 と、我われを促した。我われ四人が座るともうそれで部屋はいっぱいで、かなり窮屈でもあった。ドン・フランシスコの脇には囲炉裏があって鉄瓶で湯が沸かされている。我われはとにかく物珍しくて、きょろきょろと室内を見回し続けていた。

「皆さんは初めてですな。ここは茶室といいまして、これから茶の湯をふるまわせて頂きます。これが、客人をおもてなしするのに最高の振る舞いなのです」

 つまり、我われはドン・フランシスコにとって最高の客人ということになるのだろうか?

「これから茶を立てます。順番におあがりください」

 ドン・フランシスコは陶器の器に緑の粉を入れ、柄杓ひしゃくで鉄瓶から湯を汲んで器に入れた。器はドンブリくらいの大きなものだった。湯を入れてから毛の生えたスパーツォラ(ブラシ)のようなもので手際よく混ぜて、その器をヴァリニャーノ師の前に置いて、ドン・フランシスコは頭を下げた。つられてヴァリニャーノ師も同じように両手をついて日本式のお辞儀をすると、ドン・フランシスコは、

チャです。どうぞおあがりください」

 と、言った。その後も細かい作法をドン・フランシスコは教えてくれて、我われはその通りにやった。メシア師の次に私の番だった。チャというので我われの(ティー)のようなものかと思ったら全然違って緑色の液体であり、かなりクレモーゾ(クリーミー)でもあった。ただ飲んでみると、味は砂糖を入れない(ティー)とあまり変わらなかった

 一通り茶を飲んでから、ドン・フランシスコは、

「明日は私も出陣です。息子の包囲する安岐城へまいり、息子を支援したいと思っております」

 と、さりげなく言った。それからもう一巡、茶は回された。

「バテレン・カブラルもこの部屋に来たことは?」

 ヴァリニャーノ師が聞くと、ドン・フランシスコは少し苦笑を浮かべた。

「最初にお誘いしたのがもう何年も前ですけれど、あの方は断固として部屋に入ろうともしませんでしたよ」

 たしかに、あの人ならそうだろう。異教徒の儀式とでも思ったのだろうか。しかし、この茶の会は宗教とは全く違う日本の文化である。カブラル師は何を毛嫌いしているのか……最初に私はそう思ったが、カブラル師のことだ。日本の伝統文化がことごとくお気に召さないのだろう。

「この部屋お入り口はわざと低く作ってあります。そうすると入る時にどうしても頭を下げることになります。ここで尊大な心、傲慢な心をぬぐい去って、下座の心でこの部屋には入ることになります」

 ドン・フランシスコはそれからも延々とこの茶の会について語り、また先ほどの器を見せて、それがいかに高価なものかということを自慢げに説明していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る