第4章


 外の天気は可もなく不可もなく、これと言った取り得もなければこれと言った差し支えのあるモノでもなかった。

 冬の澄んだ空気が大気に満ちて、羽のように細い筋雲が上空を流れている。

 その筋雲は、一体どこから来るのだろうか? 杞憂とばかりに逡巡してはみたが、答えはきっと僕らの口からだろう、と思う事にした。

 赤マルでよければやるよ、と言われてついつい手を出してしまっては、もはやパブロフの犬としか言いようがなく、だったら最初から誘いに乗らなければいいものを、すでにタバコに火を点けてしまっては、もはや脊髄反射とも言い逃れられないだろう。

 学校の屋上。建てつけの悪い鉄扉を抜けた裏側。扉を開けてもすぐには発見されず、なおかつ貯水槽で影になっているその場所。

「やっぱ、メシの後は一服にかぎるぜ」

 なんて言ってタバコを吸っている草子の横で、やっぱり僕も吸っていた。

「しかしなんだ、放火魔の方は相変わらずだけど、お前の方には進展がないな。これじゃぁ前と変わりがないじゃないか」

「トオルはいつも言うことが手厳しいーなあ。今回はサツに荒らされる前の現場を見れたんだからさ、そうでもないじゃん」

「でも見ただけだろ? そこから犯人に繋がる痕跡を発見できなかった時点で結局同じだ。どうせまた悲鳴頼りってわけか」

 煙を吐いて草子、鼻で笑っては胸を張る。

「はっ! だから、そうでもないんだぜ」

 キラリと八重歯を輝かせ爽やかにグッドサインをする草子はかなり可愛いかった。いや、むしろ男子ができる可愛さを遥かに通り越していて、若干気持ち悪いレベルだ。しかし、その気持ち悪さは自信の現れなのではないだろうかと僕は思う。普段からそんなお茶目をするような奴でない事ぐらい、この僕が一番良く知っている。頭が弱いのは確かに否めないが、真相に近づく手掛かりもなしに無闇やたらと追いかけるだけが草子の取り得ではない。これまでだって幾度となく草子の斜め上を行く着眼点には感服してきた。だとしたら、現場の公園から放火魔に繋がる確固たる証拠を持ち帰ってきたとみるのが妥当。もしかすると、さっきからの興奮もその所為なのかもしれない。

 ポケットから四角い携帯灰皿を出し、灰を落として草子に向ける。草子は根元まで吸ったタバコをその中へと捨て、そして再び歯を輝かせ自慢げに笑う。

「匂いを覚えてきたんだぜ」

 煙を吐いて僕、灰皿の内にタバコをねじ込む。

「ああ、そういえばお前はよっぽど頭の弱い奴だったな」

「いやいや、大収穫だろ! あとは街中散策して釣り上げればいいだけじゃん!」

「犬かお前は。そういうローラー作戦は人手と時間を使ってやるものであって一人でやるものじゃない。第一匂いだってすぐに忘れるだろうし、嗅ぎ分けて人間を探せるものなら警察も警察犬も不必要だ」

「そんな言われても、手持ちの能力でやるしかないじゃんかよお」

 あまりのも常識的すぎる発言なので少し驚いたが、確かにその通りだった。

「確かにそれもそうなんだよな」

「だろぉ。ちなみにさ、トオルはどう考えているんだ」

「どう、という曖昧な質問に対しての的確な解答は生憎と持ち合わせがないんだけどね、あえていうのなら、愉快犯って所だろうか」

「愉快犯かよ。騒いでいる世間を傍目にせせら笑ってるってか?」

「可能性の問題だ。いずれの放火にも日時や時間、場所との因果関係がまるでない。共通点といえば、必ず某かの動物を殺めていることとこの街付近で発生している事のみ。警察や関係者から情報を提供してもらえればもう少しマシなイメージが浮かぶんだけどね。これが僕らの限界点だ」

「そっか。だよなぁ」

 手櫛を掻いて草子は二本目のタバコに火を付けた。

「もう一つ。個人的にはこっちの方が嬉しいんだけど、愉快犯は愉快犯でも限定的な意味での犯行の可能性があるね」

「限定的?」

「ようはお前の場合と同じってことだよ。悲鳴が視えてそれで自分を特別だと思う。だけど同時に自分だけが特別なのに疑問を抱いた者。自分自身が特別だということに理由と意味とを見いだせず、周囲へ目を向けてしまった奇特な人間。だから火を放ってパフォーマンスして、自分を見つけ出してくれって合図をしている。ある意味、自己主張の一種かな。お前が悲鳴を視ていることから、まぁ、おそらくは……」

「だな! オレもそっちの方がしっくりくるし、そうでなくっちゃ見つけ甲斐がないぜ。でもさぁ、何でそんなことしてるかがわっかんねぇんだよなぁ。トオルは理由うんぬん疑問うんぬんって言ったけど、特別であろうとなかろうと、オレはオレのやりたいことはするし、だからと言ってより好みはしないぜ? なんであろうと、両手広げて歓迎するってのに」

「お前目線で他人を計るなよ。相手には相手の事情ってモノがあるんだからさ。まぁ、それは会ってからのお楽しみだな。お前と同じで異常な人間を発見したら鉄砲玉みたいに襲ってくるかもしれないし、助けを請うてくるかもしれない。いかんせん言った通り情報が少なすぎるからその真意はまだ読み解けない。だけど、火を放ち、動物を焼き殺す程だ。朗らかに快談しようとは、僕には到底思えないけど」

「ハハ、そいつは全く楽しみだな」

 パチンと右拳を左掌に叩きつけ、本当に楽しそうに草子は笑った。

「放課後、オレは予定通り片っ端から街を視てみるけど、トオルもどう?」

「冗談、やめとくよ。言っただろ。あくまで僕は傍観するだけ。終わってから土産話が聞ければそれで十分だ。それに、そんな面倒をするぐらいなら自分の直感を信じて行動した方がまだマシだ」

「そうかよ。トオルの勘はよく当たるから嫌なんだけどなあ」

 タバコの箱を揺すって取り出しやすいように一本だけ浮かせると差しだしてきた。そこまでされて吸わずにはいられず気付いた時には咥えて火を点けていた。

「お前、絶対禁煙とかムリだろ」

「自分でもそう思うよ、止めようとは思っているんだけどね」

「止められない人間のセリフだな」

「違いない」


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