第3話 お嬢様

空が茜色に染まっていた。朝日のバイトが終わるのはもうそろそろといったところか。狭い路地裏を歩きながら真上から差し込む明かりを見てそんなことを考える。人生相談師が付いてきているかチラリと後ろを見る。

 「……なに?」

 「別に」

前を向きまたカフェへと歩き始める。そういえば人生相談師の名前をまだ聞いていなかった事を思い出す。学校からでてからずっと人生相談師が適当に振ってくる話に二言三言返してただけだったからな。こっちからも少しは会話を広げる努力をした方がいいかもしれない。

「なあ、そういえばまだ名前効いてなかったよな」

 顔だけを後ろに向けて話しかける。すると彼女は少し逡巡した後に夏井由香と答える。君はと聞かれたので俺は黒川瑛太と答えた。


狭い路地裏を抜けて少し開けた所を数分ほど歩くとこじんまりとした長屋建の目的地に到着した。外装からはカフェなのかどうかそもそも何かの店をやっているのかどうなのかすら判断が付きにくい感じだが、一応それなりに店の評判はいいらしい。

 扉を開けるとカランカランと子気味の良い音が鳴る。辺りを見渡すがお客は数人常連さんがいるだけだった。カウンターには年齢不詳、ダンディズム溢れるおっさんが立っていた。この店の店長だ。そんな店長が見た目通りの渋い声を出して俺に話しかける。


「客としてくるなんて珍しいな。瑛太」

「たまにはこの店に客として貢献してやろうかと思ってね」

「そんなこと言って本当は俺や朝日に自慢の彼女を見せびらかしに来たんじゃないのか?後ろに連れてるの彼女だろ。気持ちは分かるぞ、お前は顔はいいが俺と一緒で友達がいないからな」

店長はガハハと店と自分の容姿の雰囲気にまるであってない笑い方をする。相変わらず余計なことを言うおっさんだな。

「か、彼女じゃないです!!」

 俺の後ろに隠れていた夏井が失礼極まりないといった風に大きな声を出す。耳元の近くで大きな声を出されたので少し耳がキーンとする。

 「夏井、強く否定するのはいいんだが耳元で大きな声を出すのはやめてくれ」

切実に。

 ごめんといって落ち込む夏井。少し言い方が強かっただろうか。フォローしたほうがいいんだろうかと悩んでいるとそれを見た店長がにやにやと笑っていた。

 「なんだよ」

 「いやぁ、瑛太くんもなかなかに青春してるもんなんだなぁと思ってね」

 「………」


 このまま話していても相手のペースを覆すことが出来ないのは知っているので、店長を無視して俺は一番奥のテーブル席に腰を下ろした。

 「ありゃりゃ、茶化しすぎたかな。夏井ちゃんだっけ?アイツ結構子供っぽいところあるけど悪い奴じゃないからさ」

 夏井は少し恥ずかしそうにぺこりとお辞儀をして俺の座っている席の方に来た。

「意外だな、夏井って結構人見知りする方なんだな」

 知り合ったばかりではあるがどうにも俺と店長の対応が違いすぎる。もしかしたら舐められているのかもしれない。だったらどうと言う訳ではないが……

「……ちょっとね」

気のせいかもしれないが夏井の表情に少し陰りが見えた。俺はそれに対してふーんと、さも何でもないような態度を取る。訳ありげな気もしたが殊更知り合ったばかりの人間が踏み込んでいい領域の話でもないだろうしそんなに聞きたいわけでもなかった。


「それにしてもさ、面白い店長さんだね。こんな職場で働いてたら退屈しなそうだし朝ちゃんにはあってるのかも」

「店長は朝日に大体あしらわれてるけどな。退屈はしないと言えばそうだろうが」

「そ、そうなんだ」

「そんなにあしらってはないでしょう。五回に一回ぐらいはちゃんとかまってるわよ」

「朝ちゃん!!」

「うん、いらっしゃい。由香」

「まだ仕事終わってなかったのかよ」


サロンエプロンを身に着けたカフェ店員である朝日瑠衣に話しかける。余談だがサロンエプロンと言うのは造語で文明開化が起こった明治時代に欧州から入ってきたエプロンをサロンと呼ばれていたのが起源だと考えられているらしい。


「あんた達の注文取ったら終わるから少しぐらい待ってなさいよ」

「分かりましたよ。お嬢様」

「分かったならさっさと注文しなさい。庶民」

朝日はやり返してやったと自慢げな表情を浮かべている。少し言い返してやりたい気持ちもなかったが普通にアイスコーヒーを注文した。

「由香は何にする」

「うーん、じゃ私もアイスコーヒーで」

「了解。すぐ持ってくるからちょっと待ってて」

 朝日は少し急ぎ足でカウンターの方に戻っていった。それから数分してアイスコーヒーを持ってきて着替えにすぐ戻っていった。行ったり来たりそそっかしくしている朝日を見ていると少なくともお嬢様の行動ではないなと思った。

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太陽が眩しかったから ぽてち @kyougokukazusuke268

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