第2話 占い師

どうやら学校に占い師が出没するらしい。


俺がその話を聞いたのはつい最近のことだ。もう夏が間近と言う時期に怪しげな袖丈の長い服を羽織り、放課後科学室にその人物は居るらしい。何でも実際に占って貰ったと言っている人には本当に当たったと言っている人も存在している。

だが逆に全く当たらなかったと言っている例もあったり、そもそも占いなんかではなく宗教の勧誘だったなんて話も飛び交っていた。そんなふうに話が流れているものの校内では多少噂になっている程度で収まっているのだから凄い。

だがそれでもいささか話が広まりすぎたのを恐れたのだろうか、科学室から占い師は消えたらしい。


俺が占い師が出没すると聞いたその日にはもう、科学室から占い師は消えていた。

消えていたはずだった。


放課後俺は自転車のカギを失くしていることに気付いて慌てていた。よほど大事に見えたのか普段あまりしゃべったことのないクラスメイトの一人が「旧美術室に忘れてきたんじゃないの?」と初めて台本を読み上げた大根役者の様に言ってきた。不審に思ったものも確かに今日はたまたまそこで授業があったなと思い旧美術室に当たりをつけて失くした自転車のカギを取りに向かっていた。そして教室の扉を開けるとそこには怪しげな袖丈の長い黒い服を全身に纏っており、教室はさながら面接のような位置取りで椅子が並べられていた。そこで占い師は立っていた。


「あー、ごめんね。今日はもう終わりだから」

 戸惑っていた俺に占い師が申し訳なさそうに告げる。

 そもそも俺は占いをしてもらうためにここに来たわけじゃないが……そんな表情が顔に出ていたのか占い師は首をかしげる。

「もしかして人生相談に来たわけじゃないの?」

「人生相談?」

 不意を突かれて素っ頓狂な声が出る。

「そう、人生相談」

「占いじゃないのか?」

「……とおしできてない人かぁ……」

 よく意味が分からず今度は俺が首をかしげる番だった。


「こっちの話だから。……でもとおしで来てなくて占いの事は知ってるってことは……分かった、新聞部でしょ!さてはまた懲りずにあの、私の事を記事にしようとしているな!」

「もし俺が新聞部だったら最初にあんたを見付けた時点でカメラを構えるなり質問攻めにするはずだろ。そもそも俺は新聞部じゃない」

「だったら何でこんなところにいるんだよぉ……」

本人にとっては会心の推理だったのか、恨めしそうに俺のことを見ている。

「授業で忘れ物したから取りに来ただけだよ」

「……つまんない」

まるで遊び道具を取られた子供みたいな言い方だった。


「まさかとは思うが暇つぶしで“人生相談”なんてものをやっているのか?だとしたら相当なもの好きだな」

「あー、別にそういう訳でもないんだけど、いやでもそういうもんかな。うん。そんな感じ、そんな感じ」

いまいち要領がはっきりしないものいいだが、人には人の事情があるんものだしそんなに詮索するほどでもないか。だがせっかく“占い師”にあえたんだからここで終わらせるのは少し勿体ない気がした。俺も多少は気になっていたのだ。


「だったら、暇つぶしで俺の人生占ってくれよ」

挑戦的な物言いで占い師が怯む。

「………私占いやってる訳じゃないし」

「じゃあ人生相談やってくれよ」

「……分かったよ。今回だけだからね」

しぶしぶと言った感じで占い師改め人生相談師は了承してくれた。人生相談師は面接官が座るポジションに座ったため、俺は椅子だけおいてある就活生ポジションに腰を下ろした。本人には何か考えがあって、このやり方をしているのかもしれないがどうしても気になったため人生相談師に聞いてみた。


「これ何だか面接みたいで落ち着かないし、人生相談やるならもっと違う感じにした方がいいんじゃないか?」

「人が苦手だから近い距離だとダメなんだよ」

「人生相談なんてやってるのに人が苦手なのかよ……」

本当に大丈夫なんだろうか。

「不安そうな顔してるけど大丈夫。距離が近いのが苦手なだけで人の悩みを聞くのは得意なんだから」

フードで顔はあまり見えないが、へへへと顔がほころんで得意げな感じに見えた。

「どっちかっていうと悩みを聞くってよりは喋り倒す方が得意そうだけどな」

図星を吐かれたと言った感じで人生相談師は体をビクッとさせる。

「そ、そんなことないんだから」


声が震えていた。ダメダメじゃないか、こんなのでどうやって人生相談なんてやってきたんだか。……………ちょっと待て、そういえば人生相談が行われてるなんてうわさは聞いたことがないぞ。いくら何でも普通にやっていて一つも流れてこない事なんてことがあるのか?

 ましてこんなやる前から明らかにダメそうな人生相談師じゃ文句の一つや二つでも出て当然なんじゃないのか。そういやさっき通しがどうの言っていたが、この人生相談最初から一見さんお断りって奴なのか?だったらよっぽど重い悩みを抱えている奴だけを選んで、その悩みの種だけを聞き出したりしているなんてこともあるんじゃないのか。そしてその悩みの種を使い脅して金を奪い取る悪徳人生相談師なんじゃないのか!?

 なんてな……脅して金を奪い取るなんて真似少なくともこの女にはできないだろうな。この女がオスカーを取る名女優でもなければ。


 だが裏で糸を引いている奴は別だ。情報の統制、そして明らかに人を選んでこの人生相談をやっているのは裏で糸を引いている奴だろう。人生相談師は通しで来る人間とそうじゃない人間を分かっていなかったからな。そうなってくると人生相談師も大概怪しいがその裏にいる人間は本当に怪しい。そいつがどういう人物なのか知らないし、正直そういうことを絶対にやっていないとは言えない。

 もし本当に人の悩みを聞き出して脅しに使って金を奪い取っているなんてことがあれば俺はそれを許せない。


 ぱちっと自分の中でスイッチが入るのが分かる。すると目の前に上下に動くものが見える。それは手だった。

「おーい、いつまで無視してるんだー。自分から人生相談してくれって頼んどいてそんな態度なんだったら私もう帰っちゃうよー」

人生相談師が俺の顔の前で手を振りながら妙に間延びした声で語りかける。少し思索にふけりすぎてしまっていたらしい。

 「悪いな、無視するつもりじゃなかったんだが……」

 「結局やるの?やらないの?」

 「それなんだが、一つやる前に質問させてくれないか?」

 「いいけど、えっちなのはだめだからね」

茶化すように言う人生相談師。俺はそれを一刀両断するように鋭く言葉を尖らせる。


 「────お前の裏にいる人間は誰だ」


人生相談師は何の反応も見せずただ沈黙していた。こちらも反応を見せずにいると、人生相談師はいきなり深くかぶっていたフードを脱いだ。

 端的に言って驚くほどの美形だった。客観的に見るならかわいいと美人どちらでも通りそうな顔立ちだとは思うが、俺には美人の方がより強く印象が残った。それは彼女の喋り方とのギャップがそういう風に見せたのかもしれない。強烈なギャップは本当は彼女は人生相談師としてものすごく有能なんじゃないかと俺に思わせるほどだった。

「見とれてるけど大丈夫?」

ニヤニヤと俺を挑発するような言い方に思わず顔が熱くなるのが分かる。

「見とれてない。いきなりフードを脱いだから驚いただけだ。そんなことより俺の質問に答えろよ」

赤くなってるくせに、彼女がボソっと言ったが俺はそれを無視して質問の答えを待つ。


「……質問に質問で返して悪いけど、何で私一人でやってないって気付いたの?それに急にそんなこと聞き出そうとしてるのも何で?」

「まず一人でやってないってのは少し考えれば誰だって分かることだ。最初こそ面食らってあんたの言っている意味が分からなかったが通しできてないってあんたのセリフは他の人間を中継してあんたにつなげる人間がいるって事になる。それが何人いるのかは知らないがな。これが裏に人間がいることに気付いた理由。そして俺が急に気になった理由はあんた達が人生相談と称して、他人の秘密を握り脅している可能性を捨てきれなかったからだ」

正確には人生相談師の裏にいる人間を疑っているんだがそれは言わなくてもいいだろう。こういう風に言えば相手が引っかかる可能性もなくはないからな。


「朝ちゃんはそんなことしないよ!!」

「…………」

「…………」


まさか本当に引っかかる奴がいるのかよ……簡単なひっかけに引っかかったのがよほど恥ずかしいのか彼女はフードを深くかぶって下を向いている。……あざとい。

 そんなことよりだ。これで彼女は限りなく白と見ていいだろう。問題は“朝ちゃん”だ。ちゃんづけだし多分女だろう。男か女か絞れて朝の付く人物まで特定できれば上等だ。問題はうちの学校はそれなりに人数がいて一学年15クラスほどあるって事だが……一人だけ同学年で心当たりのある人物がいた。


「もしかして朝ちゃんって朝日瑠衣か?」

彼女はビクッと体を分かりやすいぐらいに反応してみせた。本当にやりやすくて助かるがここまで明け透けだと少し普段の生活が心配になってくるレベルだ。

 「し、知らない」

 「……………別にお前から聞かなくても直接本人に聞くだけだからいいけど」

「君ちょっと意地悪じゃない?」

彼女はフードを脱いで俺にしかめっ面を向ける。

「俺が意地悪なんじゃなくてそっちが分かりやすいだけだ。それで、認めるのか?認めないのか?どっちにしろ本人に話は聞くつもりだが」

「というか、君は一体朝ちゃんのなんなのさ。朝ちゃんにこんなカッコいい男の子の知り合いがいるなんて聞いてないぞ」

「いるんじゃねぇの、普通に」

いや、別に自分の容姿をそこまで評価している訳じゃないが、あいつなら顔の良い男の知り合いぐらいいない方がおかしい。


「あなたの事は知らないよ。朝ちゃんとは中学校からの仲だけどさ」

「あー、そういう意味ね。そりゃ知らなくても普通だろ。そもそも朝日とはバイト先が一緒で二か月ほどの仲ってだけだし」

 朝日瑠衣、俺と同じカフェでバイトをしている同じ学校の生徒だ。たまたまバイト先が一緒だったというだけでそこまでも深い仲でもない。バイト先だと規模の狭さもあって働いている人数が少ないため必然的に喋ることは多い方だとは思うが。だがその程度の関係だから人生相談師が俺の事を知らないと言うのはおかしな話ではなく、普通の事だろう。人生相談師はうーんと首をひねっていたが何を思い至ったのか急に怪しげなローブを脱いでどこにでもいる女学生に戻り鞄を持ち出した。


 「君が私たちを疑ってるのは分かった。でも朝ちゃんはそんなことしないし、勿論私もしていない。───だから朝ちゃんに会いに行こう。会って話そう」

 絶対に誤解を解くと言った強い意志を感じる目をしていた。だからだろうか。

 「分かった。行こう」

 彼女の言葉に即答してしまったのは。


 正直な所朝日瑠衣の名前が出た時点で元々そこまで強く疑ってなかったものが限りなく現実的な可能性として無いものに思えていた。一つとして付き合いが長いわけではないが朝日が他人を脅してお金を奪い取るなんて真似をする人物には思えないからだ。そして一番重要な点として朝日の家はかなりのお金持ちだ。親が超が付くほどの有名人で、その親も政治家として有名な人物だ。そんな家計に育った朝日瑠衣がお金に困っているという事はないだろう。前に一度何でバイトなんてしてんの、と聞いたことがあるがその時に朝日は暇つぶしだと言っていた。そんな朝日だからこそ俺は彼女への疑いをもう持ってはいなかった。

 だが人生相談師はどうなのだろう。彼女だって朝日の家の事情は知っているはずだ。だったらそれを言ってしまえば終わる話なのに、それを言わないのはそれだけ朝日自身の事を信頼している証なのだろう。


 そういう風に思える相手がいることを羨ましいと、そう思った。


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